田中天狼のシリアスな予定
「そういえばさ、春夏秋冬……」
俺は、撫子先輩に続いて、俺のスマホの電話番号を自分のスマホに登録している春夏秋冬の顔を見て、先程の奇妙な光景を思い出した。
「ん~、何~?」
春夏秋冬は、今度は、スマホを掲げて、画面に向かってピースしながら返事した。
カシャリと、シャッター音が鳴り、表示された画像を確認して、満足そうに頷く。
「……何やってんの?」
「写真撮ってるの~」
「……いや、それは分かるんだけど……何で、わざわざ俺のスマホで……?」
首を傾げる俺に、春夏秋冬はニコリと笑って、スマホの画面を俺に見せた。
「ん? 電話帳がどうした……て、これって?」
「あたしのアドレスデータに、今の画像を登録したの。あたしからの着信だって、すぐ分かるようにね!」
確かに、『春夏秋冬水』のページに、ピースサインして、片目ウインクしながらニッコリ笑う春夏秋冬の写真が、登録されていた。
「あ、勝手に登録しちゃってゴメンね。もし嫌だったら、すぐ消しちゃっていいから……」
「い……いや、消さない消さない!」
俺は、ブンブンと頭を振る。――消すなんてとんでもない! 寧ろ、マジで家宝にするわ。
間違って消さないように、キチンとロックとバックアップをしとかないと……!
と、一瞬、脳内が幸福物質で満たされたが、さっき浮かんでいた疑問の事を思い出した。
「……あ、そうそう。春夏秋冬さあ……さっき長机の上で、何やってたの?」
「あー……あれねぇ、さっきも言ったけど、特訓だよ~」
「いや……それは分かったけど、一体何の特訓なの?」
「あ、そうそう! シリウスさぁ、今度の土曜日、何か予定ある?」
俺と春夏秋冬の会話に、不躾に割り込んできた矢的先輩にムッとして、俺はジロリと睨んだ。
――土曜日? ふふん、この俺を舐めないでほしいものだ。
俺のスケジュール帳にはギッシリと――まっさらな白紙が詰まっているに決まっているだろう!
言わせんな恥ずかしい(本当に恥ずかしい)!
「……いやあ、すみませんね。生憎その日は、外せない予定がありまして……」
しかし、目が泳がないように注意しながら、俺はしれっと嘘をつく。
――大体、矢的先輩の話の流れは想像がつく。
俺が、馬鹿正直に『予定なんかありません』と言おうものなら、『お! じゃあ、オレたちと遊びに行こうぜ!』という話に発展するに決まっている。
何が悲しくて、せっかくの休日にまで矢的先輩の奇行に付き合わなきゃならんのか……。
ここは“三十六計逃げるにしかず”だ。
「え~、マジかよぉ。何だよ、予定ってさぁ~?」
明らかにガックリした様子で、それでも諦めきれないのか、矢的先輩は俺に詰め寄る。俺は、ジリジリと後ずさりながら、必死で言い訳を考える。
「……いや、午前中は……その、歯医者があって……午後からは、……その……あ! そう、先祖の墓参りに――!」
「……先祖の墓参りぃ? こんな時期にぃ?」
あからさまに不審そうな顔で、矢的先輩は追及してくる。
しまった……さすがに、彼岸でもお盆でもない、6月下旬に『先祖の墓参り』は無理があったか……。
「……あの……その……ええとですね」
「――矢的くん。ご家庭の事情に、あまり、首を突っ込ま、ないほうが、いいわよ」
返答に詰まって窮地に陥る俺に助けを差しのべてくれたのは、撫子先輩だった。
彼女は、嫌がる猫を締め上……抱きしめながら、俺のスマホで写真を撮ろうと四苦八苦しながら言った。
「予定が、あるの、なら……しょうが、ないでしょッ……ハイ、チー……ッズ!」
カシャッとシャッター音が鳴って、無事に写真は撮れたようだ。
「――はい。私も画像登録したから……。良かったら使ってね」
「あ……はい。ありがとうございます……」
撫子先輩から受け取ったスマホの『撫子先輩』のアドレスの画像には、ぎこちなく微笑む撫子先輩と、必死の形相で目と牙を剥くおむすびが映っていた。
……何となく、『あばら屋で怪しげな薬を作る魔女と使い魔』の自撮りに見え……(自主規制)。
「えー。シリウスくん、来られないの~? 残念だなぁ……」
「まったく、間が悪い奴だな!」
ガッカリする春夏秋冬と矢的先輩。……矢的先輩の方はともかく、春夏秋冬をガッカリさせてしまうのは心が痛む……。
そんなふたりを前にして、撫子先輩は慰めるように言う。
「まあ、しょうがないわ。土曜日は、三人で行きましょう――市民プールに」
…………ちょっと待て。――今、何て言った……?
「うん。ふたりともゴメンねぇ。あたしの特訓に付き合ってもらって――」
「気にしないで。今度の水泳の授業までに、少しでも出来るようにしておきたいもんね、クロール」
「意外だよなぁ。水って名前なのに、カナヅチだなんてさ」
「もー! 名前は関係無いじゃん!」
「まあ、オレに任せておきな! この『カッパの矢的』にな!」
……また、新しい異名が――って、それどころじゃない!
「市民プール……! 市民プールに行くんすか、土曜日……」
「おう。アクアがクロールの特訓したいんだと。それで、この『サブマリンの矢的』に教えを乞いたいんだってさ」
「へ……へえ~。……撫子先輩も行かれるんですか?」
「ええ。私は泳げないって訳ではないけどね」
「……へえ~……」
俺は……ハッと気付いた感で、ポンと手を叩いた。
「あ……ああ~、そういえばぁ」
「ん……? どうした、シリウス?」
「いやあ、うっかりしてました! 歯医者は来週でしたぁ! ――何という事だぁ。今度の土曜日の予定はスッカラカンだったなぁ。ヒマになってしまった……どうしようかなぁあ?」
そう、わざとらしく呟きながら、チラチラと矢的先輩に視線を送る。――ほら、察してくれ! 矢的先輩っ!
――俺の願いは、天に、そして矢的先輩に通じたらしい。彼は、やれやれといった風情で、肩を竦めながら言った。
「――んだよ。しゃあないなぁ。……お前も行くk――」
「ハイッ! ……いや、しょ、しょうがないですねぇ……。何せヒマですからねえ……つ、付き合ってあげなくも……ないで――」
「あら、無理しなくていいわよ。せっかくのお休みですもの。のんびりしてなさいな、田中くん」
「いえいえいえいえ! お供します! 喜んでぇ!」
撫子先輩の、慈悲に溢れた無慈悲な言葉に、俺は大慌てで首を振る。
「あ! シリウスくんも来れるんだねぇ! 良かったぁ……楽しみ!」
無邪気に、純真に喜ぶ春夏秋冬を前に、密かに胸を痛める俺……。
と、肩をちょんちょんと叩かれ、後ろを振り返ると、ゲス顔の矢的先輩が背後に立っていた。
彼は、“にたぁり”という擬音がピッタリな薄笑いを浮かべると、口を俺の耳元に近づけ、女子ふたりに聞こえないように、そっと囁きかけた。
「……あのさあ、市民プールに行こうって提案したの、オレなんだけどさぁ。……お前、何かオレに言うべき事――あるよね?」
「…………」
俺は、無言でサムズアップして、矢的先輩に力強く頷いて答えた。
「…………これからもついて行きます、矢的大センパイ……!」