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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第一章 田中天狼のシリアスな煩悶・再開編
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田中天狼のシリアスな予定

 「そういえばさ、春夏秋冬(ひととせ)……」


 俺は、撫子先輩に続いて、俺のスマホの電話番号を自分のスマホに登録している春夏秋冬(ひととせ)の顔を見て、先程の奇妙な光景を思い出した。


「ん~、何~?」


 春夏秋冬(ひととせ)は、今度は、スマホを掲げて、画面に向かってピースしながら返事した。

 カシャリと、シャッター音が鳴り、表示された画像を確認して、満足そうに頷く。


「……何やってんの?」

「写真撮ってるの~」

「……いや、それは分かるんだけど……何で、わざわざ俺のスマホで……?」


 首を傾げる俺に、春夏秋冬(ひととせ)はニコリと笑って、スマホの画面を俺に見せた。


「ん? 電話帳がどうした……て、これって?」

「あたしのアドレスデータに、今の画像を登録したの。あたしからの着信だって、すぐ分かるようにね!」


 確かに、『春夏秋冬水』のページに、ピースサインして、片目ウインクしながらニッコリ笑う春夏秋冬(ひととせ)の写真が、登録されていた。


「あ、勝手に登録しちゃってゴメンね。もし嫌だったら、すぐ消しちゃっていいから……」

「い……いや、消さない消さない!」


 俺は、ブンブンと(かぶり)を振る。――消すなんてとんでもない! 寧ろ、マジで家宝にするわ。

 間違って消さないように、キチンとロックとバックアップをしとかないと……!

 と、一瞬、脳内が幸福物質で満たされたが、さっき浮かんでいた疑問の事を思い出した。


「……あ、そうそう。春夏秋冬(ひととせ)さあ……さっき長机の上で、何やってたの?」

「あー……あれねぇ、さっきも言ったけど、特訓だよ~」

「いや……それは分かったけど、一体何の特訓なの?」

「あ、そうそう! シリウスさぁ、今度の土曜日、何か予定ある?」


 俺と春夏秋冬(ひととせ)の会話に、不躾に割り込んできた矢的先輩にムッとして、俺はジロリと睨んだ。

 ――土曜日? ふふん、この俺を舐めないでほしいものだ。

 俺のスケジュール帳にはギッシリと――まっさらな白紙(・・・・・・・)が詰まっているに決まっているだろう!

 言わせんな恥ずかしい(本当に恥ずかしい)!


「……いやあ、すみませんね。生憎その日は、外せない予定がありまして……」


 しかし、目が泳がないように注意しながら、俺はしれっと嘘をつく。

 ――大体、矢的先輩の話の流れは想像がつく。

 俺が、馬鹿正直に『予定なんかありません』と言おうものなら、『お! じゃあ、オレたちと遊びに行こうぜ!』という話に発展するに決まっている。

 何が悲しくて、せっかくの休日にまで矢的先輩(コイツ)の奇行に付き合わなきゃならんのか……。

 ここは“三十六計逃げるにしかず”だ。


「え~、マジかよぉ。何だよ、予定ってさぁ~?」


 明らかにガックリした様子で、それでも諦めきれないのか、矢的先輩は俺に詰め寄る。俺は、ジリジリと後ずさりながら、必死で言い訳を考える。


「……いや、午前中は……その、歯医者があって……午後からは、……その……あ! そう、先祖の墓参りに――!」

「……先祖の墓参りぃ? こんな時期にぃ?」


 あからさまに不審そうな顔で、矢的先輩は追及してくる。

 しまった……さすがに、彼岸でもお盆でもない、6月下旬に『先祖の墓参り』は無理があったか……。


「……あの……その……ええとですね」

「――矢的くん。ご家庭の事情に、あまり、首を突っ込ま、ないほうが、いいわよ」


 返答に詰まって窮地に陥る俺に助けを差しのべてくれたのは、撫子先輩だった。

 彼女は、嫌がる(おむすび)を締め上……抱きしめながら、俺のスマホで写真を撮ろうと四苦八苦しながら言った。


「予定が、あるの、なら……しょうが、ないでしょッ……ハイ、チー……ッズ!」


 カシャッとシャッター音が鳴って、無事に写真は撮れたようだ。


「――はい。私も画像登録したから……。良かったら使ってね」

「あ……はい。ありがとうございます……」


 撫子先輩から受け取ったスマホの『撫子先輩』のアドレスの画像には、ぎこちなく微笑む撫子先輩と、必死の形相で目と牙を剥くおむすびが映っていた。

 ……何となく、『あばら屋で怪しげな薬を作る魔女と使い魔』の自撮りに見え……(自主規制)。


「えー。シリウスくん、来られないの~? 残念だなぁ……」

「まったく、間が悪い奴だな!」


 ガッカリする春夏秋冬(ひととせ)と矢的先輩。……矢的先輩の方はともかく、春夏秋冬(ひととせ)をガッカリさせてしまうのは心が痛む……。

 そんなふたりを前にして、撫子先輩は慰めるように言う。


「まあ、しょうがないわ。土曜日は、三人で行きましょう――市民プール(・・・・・)に」


 …………ちょっと待て。――今、何て言った……?


「うん。ふたりともゴメンねぇ。あたしの特訓に付き合ってもらって――」

「気にしないで。今度の水泳の授業までに、少しでも出来るようにしておきたいもんね、クロール」

「意外だよなぁ。(アクア)って名前なのに、カナヅチだなんてさ」

「もー! 名前は関係無いじゃん!」

「まあ、オレに任せておきな! この『カッパの矢的』にな!」


 ……また、新しい異名が――って、それどころじゃない!


「市民プール……! 市民プールに行くんすか、土曜日……」

「おう。アクアがクロールの特訓したいんだと。それで、この『サブマリンの矢的』に教えを乞いたいんだってさ」

「へ……へえ~。……撫子先輩も行かれるんですか?」

「ええ。私は泳げないって訳ではないけどね」

「……へえ~……」


 俺は……ハッと気付いた感で、ポンと手を叩いた。


「あ……ああ~、そういえばぁ」

「ん……? どうした、シリウス?」

「いやあ、うっかりしてました! 歯医者は来週でしたぁ! ――何という事だぁ。今度の土曜日の予定はスッカラカンだったなぁ。ヒマになってしまった……どうしようかなぁあ?」


 そう、わざとらしく呟きながら、チラチラと矢的先輩に視線を送る。――ほら、察してくれ! 矢的先輩っ!

 ――俺の願いは、天に、そして矢的先輩に通じたらしい。彼は、やれやれといった風情で、肩を竦めながら言った。


「――んだよ。しゃあないなぁ。……お前も行くk――」

「ハイッ! ……いや、しょ、しょうがないですねぇ……。何せヒマですからねえ……つ、付き合ってあげなくも……ないで――」

「あら、無理しなくていいわよ。せっかくのお休みですもの。のんびりしてなさいな、田中くん」

「いえいえいえいえ! お供します! 喜んでぇ!」


 撫子先輩の、慈悲に溢れた無慈悲な言葉に、俺は大慌てで首を振る。


「あ! シリウスくんも来れるんだねぇ! 良かったぁ……楽しみ!」


 無邪気に、純真に喜ぶ春夏秋冬(ひととせ)を前に、密かに胸を痛める俺……。

 と、肩をちょんちょんと叩かれ、後ろを振り返ると、ゲス顔の矢的先輩が背後に立っていた。

 彼は、“にたぁり”という擬音がピッタリな薄笑いを浮かべると、口を俺の耳元に近づけ、女子ふたりに聞こえないように、そっと囁きかけた。


「……あのさあ、市民プールに行こうって提案したの、オレなんだけどさぁ。……お前、何かオレに言うべき事――あるよね?」

「…………」


 俺は、無言でサムズアップして、矢的先輩に力強く頷いて答えた。


「…………これからもついて行きます、矢的大センパイ……!」

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