黒木瑠奈のシリアスな動機
「あ……ああああのっ! わ、私の格好、おおおおかしくないですか、たた田中さんッ?」
部室棟へと向かう道すがら、黒木さんが緊張のあまり、処理落ちしたアクションゲームのプレイヤーキャラみたいな動きで歩きながら訊いてきた。
「え……? あ、ああまあ……格好は、別におかしくないと思うよ。つうか、制服だし……」
どっちかと言うと、おかしいのは、その挙動の方なんだけど……。ふと、そう思ったが、そんな事を黒木さんに伝えたら、更にカクカクさに拍車がかかるのが目に見えたので、口を噤んで曖昧な微笑を浮かべるに留める。
「あ! そ、そうですか! よ、良かった……」
黒木さんは、そんな俺の心の中を知る由もない様子で、安堵の表情を浮かべた。
それを見た俺は、彼女の緊張を少しでも和らげてあげようと、軽い口調で口を開く。
「ていうか、そんなに緊張する事も無いよ。他の部は知らないけど、ウチに関しては、そこら辺の部よりもユルッユルだからさ。何せ、部長が部長だから……」
「い、いえ、でも……やっぱり緊張します」
俺の言葉に、黒木さんは少しだけ表情を和らげたが、それでもやっぱり、不安は拭い切れない様子だ。
そんな彼女の表情を横目で見ながら、俺は首を傾げ、ぼそりと呟いた。
「それにしても……何で――」
「――え?」
「あ、いや……」
ひとり言のつもりで吐いた言葉だったが、黒木さんに聞き留められてしまった。
何となくバツが悪くなった俺は、頬っぺたを指で掻きながら答える。
「いやあ……何であの時、黒木さんがあんな事を言ったのかなぁ、と思ってさ。――『自分が奇名部に入ります!』――って」
「え? だって……」
俺の問いに対し、黒木さんは眼鏡の奥の目を大きく見開いて、言葉を継ぐ。
「あのままだと、奇名部さんは人数不足で准部に落とされるところだったじゃないですか? だから、私なりに何とかしようと思って――あ!」
そこまで口にして、黒木さんはハッとした様子で、両手で口元を押さえた。
そして、立ち止まって力無く俯いてしまった。
「あ……あの、黒木さん? どうしたの――」
「……ひょっとして、ご迷惑でしたか? 私なんかが、奇名部に入ったら……」
「え? い、いやいや! そ、そんな事無い!」
黒木さんの言葉に、俺は慌てて首を左右に振る。
「く、黒木さんが奇名部に入ってくれたおかげで、准部に落とされちゃうのを免れたし、同級生の部員が増えて嬉しいよ。うん、マジで!」
「……そ、そうなんです……か?」
不安そうな顔で、おずおずと顔を上げる黒木さんに、俺は力強く頷く。
「うん! もちろん!」
「……良かった、です。えへへ……」
俺の答えを聞いた黒木さんが、ようやく微笑ってくれて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
◆ ◆ ◆ ◆
――あの時、
武杉副会長が、声高らかに奇名部の准部降格を宣しようとした時、それを妨げるように声を上げたのが黒木さんだった。
そして、黒木さんは『自分が奇名部に入部します!』と言ってくれた。
突然の申し出に、俺たち奇名部員は呆気にとられ、武杉副会長は驚きながらも、その申し出は認め難い旨を伝えた。
……だが、黒木さんは、
『私にも、奇名部への入部資格があります! 瑠奈……ルナって、英語で“月”って意味ですから、『黒き月』っていう、中二病みたいな“奇名”に読めますから!』
と主張して、入部への強い意志を示すが、それでも、武杉副会長は頑なに首を縦に振ろうとしなかった。
『だが……黒木くん、君は生徒会の人間だ。生徒会の激務に加えて、部活動もこなすとなると、君の負担が――』
『いや、何とかなるんじゃないか?』
だが、武杉副会長の言葉を遮り、黒木さんと奇名部に助け舟を出してくれたのは、それまで沈黙を保っていた行方会長だった。
彼女は、優雅な所作で紅茶を一啜りすると、魅力的な微笑みを浮かべながら言った。
『別に、生徒会と部活動を両立できないという規約も無いし、第一……私だって、しょっちゅう空手部や柔道部や剣道部に遊び……顔を出しているじゃないか。私は構わなくて、瑠奈君は駄目だといっては、平仄が合わん』
『そ……それは、会長が出鱈目なんです! 常人では、とても両立なんて――』
『あ、それはダイジョーブっ!』
行方会長の言葉にも、まだ反論しようとした武杉副会長だったが、今度は軽薄な声が、彼の言葉を遮った。
その声を聞いた副会長の目が吊り上がる。
『う、うるさいっ! 貴様は黙っていろ、矢的!』
『いやいや……他ならぬ、我が愛しの奇名部存続のターニングポイントなんだから、部長のオレとしては口を挟まずにはいられまいて♪』
と、ヘラヘラしながら、矢的先輩は言葉を続けた。
『お前がやたらと気にしてる両立がどうのこうのだけどさ。ウチに関しては、そこんところは無問題だぜ。――何せ、何にもやる事無いからな』
『なっ……!』
『ぶっちゃけ、目標も目的も無いからさ。もし、生徒会の仕事が忙しいってんだったら、ずっとそっちに居てくれても全然構わねえぜ。奇名部に籍だけ置いておいてもらえばさ!』
『うわぁ……身もブタも無いよ、アンディ先輩……』
『……せめて、もう少し言葉を選びなさいよ、矢的くん……』
オブラートに包む気全く無しの矢的先輩の言葉に呆れ顔を浮かべつつ、春夏秋冬と撫子先輩はコクンと頷いた。
――もちろん、俺も。
そして……、『なら、問題無いだろう?』という行方会長の鶴の一声によって、黒木さんの奇名部入部は認められ、同時に、奇名部の准部への降格も無しになったのだった――。
◆ ◆ ◆ ◆
「……でも、あの時の黒木さん、妙に必死だったよね?」
「……え?」
あの時の事を思い出しながら、首を傾げた俺に、黒木さんはキョトンとした顔で訊き返した。
怪訝な表情を浮かべる黒木さんに、俺は正直な疑問をぶつけてみた。
「いや、正直黒木さんって、もっと大人しそうなイメージだったからさ。それが、あの時に限って、あんなに副会長に食い下がってて……何か意外だなぁって」
「え? え……ええと……」
「でも、黒木さんと奇名部って、そんなに縁が深くないじゃん。――だから、何が黒木さんをそこまでさせたのかなぁって、少し気になって――ね」
「え……えと、そ……れは……」
俺の疑問を聞いた黒木さんは、何やらモジモジし出す。
すると、彼女は三つ編みに編んだ自分の髪をいじりつつ、目をキョロキョロと忙しなく動かしながら、ボソボソと喋り始めた。
「その……それは……き、奇名部で……い、いっしょに……その……」
「ん? いっしょに? 何が?」
「そ……それは……やややっぱり、た、たたたた……」
「た?」
「たた……た――ッ!」
「ぶべらっ!」
彼女の言葉をキチンと聞き取ろうと、彼女の顔に耳を近付けた俺は、突然頬をカバンでシバかれて吹っ飛んだ。
「な……なぜ……? いきなり……」
「な……なぜも何も! た、たた田中さんが悪いんですっ!」
「え……えぇ~……?」
尻餅をついたまま、何故いきなり黒木さんにブッ叩かれたのかがトンと解らずに、目を白黒させている俺にそう言い捨てると、黒木さんは真っ赤に染まった顔を背けて、くるりと踵を返して大股で歩き出していった。
「……あ、黒木さん! ま、待って!」
俺は、慌てて立ち上がって、黒木さんの後を追いかけながら、ひたすら首を傾げ続けるのだった……。




