生徒会のシリアスな最終宣告
「……は?」
秋原が、喉から押し出すように言った言葉を聞いた矢的先輩は、まるでザ・〇ールドを掛けられた〇太郎のように、体を硬直させた。
そして、潤滑油の切れたロボットの様にぎこちなく首を傾げながら、
「……パードゥン?」
と、秋原に尋ねかけた。……つか、何故に英語?
一方、その矢的先輩の問いかけに対し、秋原は申し訳なそうな顔でもじもじしながら、いつもの威勢の良い口ぶりとは一変した、今にも消え入りそうな声で答える。
「あの……だから……わたしは、アンタ達の部には……入りません……って言っ――」
「ちょっとちょっとちょっとオオオオオッ?」
どこかのお笑いトリオの定番ギャグみたいな声を上げて、秋原の言葉を途中で遮った矢的先輩は、テーブル越しに秋原の胸倉を掴まんばかりの勢いで叫ぶ。
「ちょ、おまっ! 話が違えぞ! お前は――『北武の試合を観て、自分の名前のコンプレックスが無くなったら、奇名部に入る』って約束したじゃねえかよ! 忘れたのかよッ?」
「い……いや……」
秋原は、矢的先輩の剣幕に圧されながらも、ふるふると首を横に振る。
「そ、そもそも私は、別にそんな約束はしてない……」
「いーや! 確かに言いました! この前、ウチの部室で!」
困ったように否定する秋原に対し、自信満々で言う矢的先輩――だったが、
「……ううん、ししょーはそんな事約束してないよ、アンディ先輩!」
と声を上げて、先輩の言葉を打ち砕いたのは、春夏秋冬だった。
「……へ?」
意外な方向からの秋原擁護に、矢的先輩は唖然とした表情を浮かべる。が、すぐに顔を引き締めると、ブンブンと高速で頭を左右に振る。
「い……いや! そんな訳無いって! オレぁ確かに聞いたもん!」
「……ううん、言ってないわよ、彼女は」
「……ふぇ?」
駄々っ子の様に激しく捲し立てる矢的先輩に、落ち着いた声が浴びせかけられると同時に、矢的先輩の動きがピタリと止まる。
そして、ゆっくりと、今の発言をした撫子先輩の方に頭を廻らせた。
「い……いや、そんな事は……」
「あの時、秋原さんはそんな事は言ってないわ。――それ以前に」
撫子先輩はそう言いながら、矢的先輩の鼻頭に指を突きつけた。
「矢的くん自体も、さっきみたいな事は口にしてなかったわよ。あの時、あなたが言っていたのは、『奇名部に入るか、それとも水泳部に入るかの結論は、北武の試合を観てから決めればいい』――それだけよ」
「……あ、確かに」
あの時の詳しい状況をようやく思い出した俺も、撫子先輩の言葉に大きく頷いた。
「へ……? い、いや……え、ウソ? えぇ~?」
一方の矢的先輩は、目をキョロキョロと泳がせながら、首をグルグルと忙しなく動かしている。……明らかな挙動不審。
――ていうか、自分でも言ってない事に気付いたな、こりゃ。
と、
「――で、じゃあ、君はどの部活に入るつもりなんだい、秋原獅子くん?」
そう、爽やかで優しい声で尋ねかけたのは、行方会長だ。つか、紅茶で満たされたティーカップを静かに揺らしているだけの所作なのに、この人がそれをすると、満開の薔薇の花が背景に浮かぶのは何でなんだろうか?
――閑話休題。
行方会長に問いかけられた秋原は、ピンと背筋を伸ばすと、僅かに頬を赤らめながら答える。
「や……やっぱり、水泳部に……入りたいな……って」
「そうだよねー! ししょー、泳ぐのスゴく速いもんねぇ! 水泳部ならピッタリだよ!」
秋原の言葉に、ウンウンと深く頷いたのは春夏秋冬だった。
そして、撫子先輩も、春夏秋冬に小さく頷く。
「そうね……。この前、私たちに捕まった時も、水泳部の体験入部に行こうとしたところだったしね。いいんじゃないかしら」
「そ……そうか――そうっス、か……」
春夏秋冬と撫子先輩の言葉に、顔を綻ばせる秋原だったが、不満面でブツブツ呟いている若干一名の方を一瞥すると、その表情を曇らせた。
「……で、でも、そうなったら、アンタ達のキミョー部が――」
「……ははっ。そんな心配なんかする必要は無いよ、秋原」
逡巡する様子を見せた秋原に、俺は苦笑しながら言ってやった。
「俺たち奇名部の事を、考えてくれるのは嬉しいけどさ。気にしなくて構わないよ。お前は、自分が入りたいと思った部活に入ればいい。誰も、それを咎めやしないって――」
「いや! オレは咎める! 咎めまくるぞぉっ! 七代先まで恨んでやムググゥ……ッ!」
「はいはい。少し静かにしましょうね、矢的くん」
どこかの『八つ〇村』に出てきた殺人鬼キャラみたいな形相で絶叫した矢的先輩の口に、諏訪先輩は無理矢理おしぼりを押し込む。
そして、唖然としている秋原に向かって優しげな口調で声をかけた。
「ごめんなさいね。この人には後でキチンと言っておくから。――秋原さんは、水泳部で頑張ってね」
「あ……は、はい。ありがとう……ございます……」
撫子先輩の言葉に、秋原は顔を引き攣らせながら頷いた。
――と、
「よーし、そういう事なら、話は決まったな!」
唐突に声を上げたのは、武杉副会長だった。
彼は、満面の笑みを浮かべながら、口におしぼりを詰め込まれてウンウン唸っている矢的先輩を一瞥した。
そして、愉しくて仕方がないといった顔をしながら、高らかに叫ぶ。
「秋原獅子が、水泳部に入部するという事は、裏を返せば奇名部の部員数が増えないという事! であれば、先だっての部長会議で採択された『部活動ガイドライン細則』変更案に従い、奇名部を“准部”に落とす事とする――!」
「モガ! モガガガッ!」
武杉副会長の宣言に、矢的先輩は憤慨した様子で何やら叫んでいるが、口に詰め込まれたおしぼりのせいで、何を言っているのか、まるで分からない……。
とはいえ、俺たちも矢的先輩の気持ちに近い。あとひとり部員がいれば、奇名部の降格は免れるのだ。……だが、頼みの秋原は、水泳部への入部を決めてしまった。
――かといって、これから新しい部員候補を探そうと思っても難しい。
何せ奇名部は、その名の通り『奇妙な名前を持つ者が所属する部』なのである。
今から、“どこの部活にも所属しておらず”かつ“珍しい名前を持つ”生徒が存在する可能性は――限りなく低いと言わざるを得ない……。
「……」
俺は、途方に暮れた顔で他の部員たちの顔を見回す。
俺以上に困った顔をしている春夏秋冬、口に押し込まれたままのおしぼりを取ろうと四苦八苦している矢的先輩、――そして、あきらめ顔で小さく首を横に振る撫子先輩……。
――手詰まりか……。
俺は微かに唇を噛み、思わず天井を見上げた。
「――よって!」
そんな俺たちをよそに、武杉副会長は得意げな顔で、奇名部に対する決定的な一言を紡ぎ出そうと息を吸う――。
「それに伴い、奇名部の部費を准部相当の支給額へと減額し――」
と、その時――、
「まっ! 待って下さい、副会長ッ!」
武杉副会長の声を遮るようにして、ひとつの声が上がったのだった――。




