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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな煩悶・応援編
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撫子先輩のシリアスな問いかけ

 「――ところで」


 と、撫子先輩は、口元を押さえながらテーブルの上をのたうち回っている俺の事を、いっそ清々しい程に放置すると、唐突に、誰かに向かって声をかけた。


「――え?」


 急に話しかけられた秋原が、間の抜けた声を上げる。


「……!」


 その声を聞いた俺は、悶絶するのも忘れて、口を押さえたまま顔を上げる。

 テーブルスレスレのところにある俺の視点から、いつも通りの落ち着いた顔で自分の席に座る撫子先輩と、ストローを咥えたまま、キョトンとしている秋原の顔が見えた。


「な……何だ――スか?」


 警戒を露わにした声で、秋原が撫子先輩に尋ねる。

 撫子先輩は、その問いにすぐには答えなかった。

 彼女は、持っていたグラスのストローを咥えると、中に入っていた、さっき俺が飲んでしまったのと同じ鼠色の液体(ダークマター)を涼しい顔で一口啜ると、静かに口を開いた。


「秋原さん――、野球観戦はどうだったかしら?」

「……え?」


 撫子先輩の問いかけに、秋原は虚を衝かれた様な声を上げる。

 彼女は無言で、持っていたグラスをテーブルの上に置くと、金髪の間に指を突っ込んでガシガシと搔きながら、目を泳がせつつ口を開いた。


「ま……まあ、その、何だ……。お、思ったよりは、その……お、面白か――」


 そこまで言いかけた秋原だったが、テーブルを囲む全員が、固唾を飲んで自分の一挙手一投足に注目している事に気付くと、その顔を真っ赤に染めた。

 秋原は、まるで蚊を追い払うように両手をブンブンと振りながら、声を荒げる。


「な……何だよ、てめーら! ど、どいつもこいつも気色悪い目で私を見やがって!」

「いやぁ、気になるよぉ」


 と、ひときわ興味深そうに秋原を見つめていた春夏秋冬(ひととせ)が答える。

 その言葉に、矢的先輩も力強く頷いた。


「そうだそうだ! つか、気にならない訳が無いだろうが!」


 矢的先輩はそう言い放つと、秋原の胸元に指を突きつけ、言葉を継ぐ。


「そもそも! 何でオレ達が、わざわざこんなクソ暑い日曜日に、あんなクソ試合を観に来たと思ってんだよ!」

「……でも、楽しかったですよね? 試合も盛り上がったし」

「そうだよねー、ルナちゃん。満塁ホームランを二本も見れたし!」

「応援歌を歌ったり、ジャンプしたりするのも、なかなか面白かったぞ、矢的」

「……僕は、贔屓のチームが負けたお前が、悔しさのあまりに発狂する様を見るのが、心の底から愉しかったぞ」

「おいゴラぁっ!」


 みんなの言葉に、矢的先輩は激昂し、言葉の通りに、とっても嬉しそうにニヤニヤと薄笑いを浮かべている武杉副会長に向かって身を乗り出した。


「おいスギぃっ! テメエ、傷心に打ちひしがれるオレの姿を見て『愉しかった』は無ぇだろうがッ!」

「いやぁ……愉しかったのは真実なのだから、しょうがないだろう? くくく……」

「スギィィィィッ! てめえの血は、何色だあああッ!」


 涼しい顔で言い放った武杉副会長に対し、完全に頭にきた矢的先輩は、テーブル越しにその胸倉を掴もうと手を伸ばす。

 ――と、その時、


「……少し静かにしていてくれるかしら? ふたりとも……」

「う……ッ!」

「な……撫子く――!」


 静かな口調で紡がれた撫子先輩の一言で、矢的先輩の身体と武杉副会長の表情、そして場の空気自体がたちまち凍りついた。

 一瞬にして、冥界の如く静まり返ったテーブル席に、撫子先輩が持っていたグラスを置いた音が、やけに大きく響き渡る。

 そして、


「ふぅ……」


 と、小さく息を吐いた撫子先輩は、再び秋原に目を向ける。

 そして、思わず背筋を伸ばす秋原に向けて、穏やかな口調でもう一度問いかけた。


「……で、どうだったの? 面白かった? ――それとも、やっぱり、嫌いな北武ライオネルズの試合なんて観ててもつまらなかった?」

「そ……それは……」


 撫子先輩の問いかけに、秋原は言葉を探すように視線を泳がせるが、すぐにキッと口を結ぶと――小さく頷いて答えた。


「……ぶっちゃけ……面白かった――です」

「そう……」


 撫子先輩は、秋原の答えを聞くと、満足げに微笑み、静かに頷いた。


「それは良かったわ。元々、今回の野球観戦は、秋原さんにプロ野球アレルギーを少しでも克服してもらおうと思って企画したものだったから、ね」


 撫子先輩はそう言うと、少し上目遣いになって、秋原の顔をじっと見つめながら、更に言葉を継ぐ。


「……じゃあ、あなたの北武ライオネルズに対する感情はどうかしら?」

「……」

「やっぱり、自分の名前の元になったのに、十年前に不正をした北武ライオネルズは、相変わらず嫌い? その感情は、今日の試合を観ても変わらなかった?」

「……それは――」


 撫子先輩の問いかけに、秋原は一瞬言葉に詰まったが、ぐっと顔を引き締めると、


「……いや」


 ――首を横に振った。

 そして、頬を指で掻きながら、ぽつぽつと話し始める。


「その……ええと、あれだ。今日の試合の……北武の選手たちのプレイ――特に9回の攻撃とか、そういうのを見ている内に気付いたというか、何というか……」

「気付いたって……何を?」


 秋原の話が気になった俺は、ついつい問いを挟んでしまった。

 だが秋原は、話の途中に割り込んだ事に怒る事も無く、俺の事を指さして答える。


「つうか……試合の途中でお前が言ってたじゃねえかよ、田中。――『今でも北武ライオネルズの事が大好きなんだろ?』って」

「あ……ああ、そういえば……言ってたな」

「……あれで気付いた――っていうか、とっくに気付いている事を思い知らされたって言った方がいいか」


 秋原はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべた。


「――『ああ、私は今でも、子供(ガキ)の頃と変わらない、北武ライオネルズのファンだったんだな』……って、さ」

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