奇名部のシリアスな部員
「ちーす……」
電話番号を交換した後、やたらウキウキしていた黒木さんと別れて、俺は部室棟の213号室――俺が(不本意ながら)所属している「奇名部」部室の扉をガラガラと開けた。
「あー! シリウスくん、やっほー!」
部室に入るやいなや、俺に向けて元気な声が飛んできた。
「おー、お疲れ、春夏秋冬……って、何やってんの?」
俺は、部室の中に入って、室内を見るなり、目を丸くした。
俺と同じ、奇名部部員の春夏秋冬 水が、部屋の中央に据えられている長机の上で腹這いに寝そべって、伸ばした手を交互に回転させていたからだ。
春夏秋冬は、俺の顔を見ると、眉を八の字にして、にへらぁと締まらない笑いを浮かべて言った。
「あー、コレはねぇ……トックンだよー」
「トックン……て、特訓?」
「あ、そんな事よりさ!」
「お、シリウス。お前、スマホ買ったんだろ? 見せて見せてー」
長机の上に、ムクリと小柄な身体を起こした春夏秋冬が、何やら聞こうとするのを遮って、奥に座っていた、メガネをかけた茶髪の男がズカズカと近寄って――。
――こようとした瞬間、ハッとした顔をする。
「あ……そういえば、お前、よりによって"ホワイトチョーカー奥村"の授業中にスマホイジってるのがバレて、職員室に呼び出し食らってたんだっけ?」
「さすが、学年違うのに、呆れる程に耳が早いですね……矢的先輩」
「アハハ、そんなに褒めんなよ〜」
「……褒めてないんですけど……」
俺は、ジト目で目の前の軽薄なメガネ面を睨んでから、カバンをパイプ椅子の背に掛ける。
矢的杏途龍先輩は、俺の『呆れた』アピールには気付きもしなかったのか、ヘラヘラとしながら、俺に絡んでくる。
「奥村さぁ、説教長かっただろう」
「……長かったですねぇ……一時間くらいっすかね?」
「フフン、まだまだだな」
……何がだよ。
「この前、オレが説教食らった時は、二時間近かったぜ」
「それ、胸を張る事じゃないでしょう。……何やらかしたんですか?」
「えー、大した事じゃないぜ。ちょっと微睡んでたら、ついデッカい鼾をかいちゃって、揺り起こしてきた奥村の顔見たら、寝惚けて『わー、妖怪アブラギッシュンだぁ〜!』って叫んだだけよ」
「……良く二時間で済みましたね、ソレ……」
俺は、心の底から呆れ果て、軽蔑の眼差しを彼に送ったが、矢的先輩は、一向に意に介さない。……何となく、奥村先生が彼を二時間で解放した理由が分かった。
いや、……というか、こんな奴相手に二時間も説教し続けられる奥村先生の忍耐力、スゲえな……!
「……で、スマホはどうしたんだ? ボッシュートされたまんま?」
俺は、矢的先輩の問いに答える代わりに、カバンの中をまさぐって、黒い手帳型ケースを取り出す。
「……ちゃんと無事に返してもらいましたよ。ご期待に沿えなくて、申し訳ありま――」
「おおー! 見して見してー!」
早速手を伸ばしてくる矢的先輩だが、こちとら、そのムーブは既に読んでいる。
俺は、スマホを掴んだ手を素早く上げて、矢的先輩の手を巧みに避けた。
「嫌です。絶対余計な事しようとするでしょ、アンタ」
「……そんな事しないヨー。信じてくれヨー」
……目を泳がせながら、あからさまな棒読みで喋っといて、よく言いやがる……。
と、次の瞬間、俺の指が感じていたスマホの感触が、消えた。
「あ……れ?」
「……これが、田中くんのスマホね。ふうん、私のより画面が大きいのね……」
な……何、だと……?
音も無く俺の背後に忍び寄り、刹那の速さで俺の指の間からスマホを掏り取った、長い黒髪の清楚な美人……「奇名部」の二年生・撫子先輩が、興味深げに、俺のスマホを観察していた。
「あー、なでしこセンパイ、あたしにも見せて!」
「ちょ……待てよ……!」
勝手にスマホを奪い取られた俺は、抗議の声を上げようとしたが、
「田中くん、ちょっと見せてもらってもいいかしら?」
「……あ、ハイ。ドウゾ」
ニッコリと微笑った撫子先輩の殺気……迫力に気圧されて、アッサリと折れた。俺の喪われたはずの野生の本能が「逆らうな」と、最大級の警鐘を鳴らしていたからだ……。
撫子先輩が電源ボタンを押すと、すぐにホーム画面が表示されてしまう。……しまった、こんな事なら、買ってすぐにパスコード設定しておけば良かった……!
「ええと……電話帳……と」
撫子先輩が手早く操作すると、彼女のポケットからオルゴールの音が鳴る。
――どうやら、スマホを鳴らして、俺の電話番号を自分のスマホに登録したようだ。
――つまり彼女は、俺の電話帳のデータを見た、という事。
……俺は、その事実に気付くと、心の底から深く深〜く安堵したのだった。
(……撫子先輩の登録を、本名でなくて、『撫子先輩』にしておいて、本ッ当〜に良かった……!)