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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第一章 田中天狼のシリアスな煩悶・再開編
4/45

奇名部のシリアスな部員

 「ちーす……」


 電話番号を交換した後、やたらウキウキしていた黒木さんと別れて、俺は部室棟の213号室――俺が(不本意ながら)所属している「奇名部」部室の扉をガラガラと開けた。


「あー! シリウスくん、やっほー!」


 部室に入るやいなや、俺に向けて元気な声が飛んできた。


「おー、お疲れ、春夏秋冬(ひととせ)……って、何やってんの?」


 俺は、部室の中に入って、室内を見るなり、目を丸くした。

 俺と同じ、奇名部部員の春夏秋冬 水(ひととせ あくあ)が、部屋の中央に据えられている長机の上で腹這いに寝そべって、伸ばした手を交互に回転させていたからだ。

 春夏秋冬(ひととせ)は、俺の顔を見ると、眉を八の字にして、にへらぁと締まらない笑いを浮かべて言った。


「あー、コレはねぇ……トックンだよー」

「トックン……て、特訓?」

「あ、そんな事よりさ!」

「お、シリウス。お前、スマホ買ったんだろ? 見せて見せてー」


 長机の上に、ムクリと小柄な身体を起こした春夏秋冬(ひととせ)が、何やら聞こうとするのを遮って、奥に座っていた、メガネをかけた茶髪の男がズカズカと近寄って――。

 ――こようとした瞬間、ハッとした顔をする。


「あ……そういえば、お前、よりによって"ホワイトチョーカー奥村"の授業中にスマホイジってるのがバレて、職員室に呼び出し食らってたんだっけ?」

「さすが、学年違うのに、呆れる程に耳が早いですね……矢的先輩」

「アハハ、そんなに褒めんなよ〜」

「……褒めてないんですけど……」


 俺は、ジト目で目の前の軽薄なメガネ面を睨んでから、カバンをパイプ椅子の背に掛ける。

 矢的杏途龍(やまとあんどりゅう)先輩は、俺の『呆れた』アピールには気付きもしなかったのか、ヘラヘラとしながら、俺に絡んでくる。


「奥村さぁ、説教長かっただろう」

「……長かったですねぇ……一時間くらいっすかね?」

「フフン、まだまだだな」


 ……何がだよ。


「この前、オレが説教食らった時は、二時間近かったぜ」

「それ、胸を張る事じゃないでしょう。……何やらかしたんですか?」

「えー、大した事じゃないぜ。ちょっと微睡(まどろ)んでたら、ついデッカい鼾をかいちゃって、揺り起こしてきた奥村の顔見たら、寝惚けて『わー、妖怪アブラギッシュンだぁ〜!』って叫んだだけよ」

「……良く二時間で済みましたね、ソレ……」


 俺は、心の底から呆れ果て、軽蔑の眼差しを彼に送ったが、矢的先輩は、一向に意に介さない。……何となく、奥村先生が彼を二時間で解放した理由が分かった。

 いや、……というか、こんな奴(・・・・)相手に二時間も説教し続けられる奥村先生の忍耐力、スゲえな……!


「……で、スマホはどうしたんだ? ボッシュートされたまんま?」


 俺は、矢的先輩の問いに答える代わりに、カバンの中をまさぐって、黒い手帳型ケースを取り出す。


「……ちゃんと無事に返してもらいましたよ。ご期待に沿えなくて、申し訳ありま――」

「おおー! 見して見してー!」


 早速手を伸ばしてくる矢的先輩だが、こちとら、そのムーブは既に読んでいる。

 俺は、スマホを掴んだ手を素早く上げて、矢的先輩の手を巧みに避けた。


「嫌です。絶対余計な事しようとするでしょ、アンタ」

「……そんな事しないヨー。信じてくれヨー」


 ……目を泳がせながら、あからさまな棒読みで喋っといて、よく言いやがる……。

 と、次の瞬間、俺の指が感じていたスマホの感触が、消えた。


「あ……れ?」

「……これが、田中くんのスマホね。ふうん、私のより画面が大きいのね……」


 な……何、だと……?

 音も無く俺の背後に忍び寄り、刹那の速さで俺の指の間からスマホを掏り取った、長い黒髪の清楚な美人……「奇名部」の二年生・撫子先輩が、興味深げに、俺のスマホを観察していた。


「あー、なでしこセンパイ、あたしにも見せて!」

「ちょ……待てよ……!」


 勝手にスマホを奪い取られた俺は、抗議の声を上げようとしたが、


「田中くん、ちょっと見せてもらってもいいかしら?」

「……あ、ハイ。ドウゾ」


 ニッコリと微笑った撫子先輩の殺気……迫力に気圧されて、アッサリと折れた。俺の喪われたはずの野生の本能が「逆らうな」と、最大級の警鐘を鳴らしていたからだ……。

 撫子先輩が電源ボタンを押すと、すぐにホーム画面が表示されてしまう。……しまった、こんな事なら、買ってすぐにパスコード設定しておけば良かった……!


「ええと……電話帳……と」


 撫子先輩が手早く操作すると、彼女のポケットからオルゴールの音が鳴る。

 ――どうやら、スマホを鳴らして、俺の電話番号を自分のスマホに登録したようだ。

 ――つまり彼女は、俺の電話帳のデータを見た、という事。

 ……俺は、その事実に気付くと、心の底から深く深〜く安堵したのだった。


(……撫子先輩の登録を、本名(・・)でなくて、『撫子先輩』にしておいて、本ッ当〜に良かった……!)

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