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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな煩悶・応援編
36/45

秋原獅子のシリアスな真意

 中浦剛矢――。

 北武ライオネルズの誇るスラッガーであり、天川が台頭してくる前まで、長らく北武の四番を務めていた選手である。

 彼が本塁打王を獲得したのは、何と六回。通算本塁打数は400本を超えている。

 もう三十代半ばを過ぎたベテランであり、その長打力には些か翳りが現れてはいたが、衰えたパワーを円熟味を増したテクニックで補い、未だに一線級の戦力として活躍していた……去年までは。


「ふ……ふん! ここで中浦が出て来たって、点差はひっくり返せねえよ! つか、むしろこれで終わりだよッ!」


 そう、言葉を荒げたのは秋原だった。

 そんな彼女の顔を、春夏秋冬(ひととせ)が不思議な表情を浮かべながら覗き込む。


「え? ししょー、どうして? だって、シリウスくんが言ってたよ、あの人が『満塁神』だって。満塁の時に絶対打つ人なんだって……」

「……いや、さすがに絶対とは言ってない……」


 春夏秋冬(ひととせ)の言葉に少し顔を引き攣らせながら、俺は口を挟んだ。


「まあ……でも、満塁に強いのは確かだから、この場面での代打としては最高の――」

「はっ! お前、アレを見てもそれが言えるのかよッ?」


 俺の言葉の途中で声を荒げた秋原は、バックスクリーンに向けて指を突きつけた。

 そこには、中浦の今季成績が表示されていた。


「見ろよ! 打率2割0分8厘、3本塁打、15打点だぜ! あんなグロい数字に、どう期待しろって言うんだよッ!」

「うっ……」


 秋原の鋭い指摘に、俺は思わず言葉に詰まった。

 ……確かに、彼女の言う通りである。

 今季の中浦は、シーズン当初から絶不調が続いており、最近ではベンチスタートに甘んじ、代打として出場する事が多かった。

 そして、代打で登場しても凡退してチャンスを潰す事が多く、北武ファンの間では『中浦不要論』が囁かれつつあるとか……。


「で……でも――」


 それでも、何とか反論しようと、俺が口を開きかけた瞬間――、


「「「「「……お~おぅお~、うぉーうぉうぉおおおお――ッ!」」」」」


 おもむろに、レフトスタンドから息の合った拍手と、リズミカルな太鼓とトランペットの音、そして、息の合った歌声が聴こえてきた。

 それに合わせて、内野席の北武ファンも一斉にメガホンを打ち鳴らし、声を張り上げ始める。


「「「「「♪歓声背中に 受けていざ打て 空の彼方に らーららららーらー 頼むぞ、なっかっうっらッ!」」」」」


「え……? こ、これって何ですか?」


 突然、三塁側スタンドで巻き起こった合唱の歌声に、驚いて思わず耳を押さえながら、黒木さんが尋ねてきた。


「これは――北武のチャンテ4! ここぞというチャンスの時に、北武の応援団が演奏するチャンステーマ曲だよ!」


 俺も、初めて生で聴く、噂に名高い『北武のチャンテ4』に興奮しながら、その歌声に負けないように声を張り上げて答える。


「うわ~! すごい音だね! みんなでいっしょに歌ってて……迫力があるよぉ!」


 春夏秋冬(ひととせ)は興奮した顔で叫ぶと、周りのファンたちがメガホンを叩く音に合わせて、体を揺らしながら自分の手を打ち鳴らし始める。

 ……『北武のチャンテはヤバい』――そう、かねてから噂には聞いていたが、実際に自分がそのただ中に居ると、想像以上の迫力と圧力を感じた。

 そんな異様な雰囲気に包まれた中、マウンドに立つロッチのクローザー幕田が、中浦に対して初球を投じる。


「あ――ッ!」


 瞬間、スタンドから悲鳴と歓声が入り混じった叫びが上がる。

 幕田の投じたボールはすっぽ抜けて、伸び上がったキャッチャーのミットの上を通り過ぎていったからだ。


「暴投だ――!」


 ボールに頭を越されたキャッチャーが、慌てて背中を向けてボールを追いかけ、三塁ランナーはすかさず本塁を狙おうとダッシュを――!

 ――が、ボールはバックネットフェンスにダイレクトに当たると、そのままキャッチャーの手元まで勢いよく跳ね返ってきた。

 それを捕ったキャッチャーが向き直り、三塁に向けてボールを投げる。

 一方、本塁へ向かってスタートを切りかけていた三塁ランナー殿崎が、慌てて三塁に帰塁する。


「――セーフッ!」


 殿崎が頭から三塁ベースに滑り込み、間一髪で間に合った。大きく腕を横に広げた三塁線審を見て、北武ファンは一様に胸を撫で下ろした。


「うわわ……危なかったですね」

「うん……運が悪かったなぁ。もう少し、球が違う方向にバウンドしてくれれば、三塁ランナーが帰ってこられたんだけど……」


 安堵した様子の黒木さんに頷き返しながら、俺は呟いた。

 ――再び、三塁側スタンドにチャンテ4の歌声が、高らかに響き渡り始めた。

 その時、


「……ん?」


 俺は、奇妙な振動を感じた。……どうも、チャンテ4のリズムに合わせて、ごくごく近い位置から振動が伝わってきているようだ。

 俺は何気なく横に視線を向け――、


「あ……ぷっ」


 そこで目にした光景に驚き、そして思わず噴き出しかけた。


「……ノリノリじゃないっすか、秋原獅子(ライオネル)さん」

「……あ? んだよ、田中てめ……あっ」


 俺がかけた言葉に、あからさまな敵意を見せながら文句を言いかけた秋原だったが、俺の言葉の意味――自分がチャンテ4に合わせて足踏みをしていた事に気が付くと、間の抜けた声を上げた。

 そして、ぱっと顔を真っ赤にすると、ついさっきまでの威勢がどこかに行ってしまった様子で俯いた。そして、ぶつぶつと弁解の言葉を呟く。


「い……いや、これは……その……そうじゃなくてだな……」

「――いやいや、もういいって」


 モジモジしている秋原の様子に苦笑しながら、俺は言った。


「もう、正直になんなよ。自分でも気が付いてんだろ、秋原……」

「き……気が付いてるって……何がだ――」

「決まってんじゃん」


 俺は、秋原の着ている北武のレプリカユニフォームを指さしながら、言葉を継いだ。


「お前さ……ホントは今でも北武ライオネルズの事が大好きなんだろ?」


 ――と。

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