北武ライオネルズのシリアスな9回表
猪上にホームランを打たれたファイブは、その直後マウンドを降りた。
その後を受け、マウンドに上がった多比良が、ロッチ打線を0点で抑え、何とか1-4で5回を終えたものの、その後の中継ぎ陣が点を取られてしまう。
一方の北武打線は、相変わらずロッチのピッチャー鮒木を崩し切れぬまま残塁の山を築き続けていた。
気が付けば、8回終了時点で1-6……。残すは9回の攻防を残すのみとなった。
……もっとも、9回表の内にロッチに追いつかねば、“防”は無いのだが……。
「え~! じゃあ、この回の攻撃で5点以上取らないと、試合が終わっちゃうのぉ?」
その事を知った春夏秋冬は、ビックリした顔をしていた。――まあ、全然野球を知らない人が聞いたら、戸惑うよなぁ……。
「あ、そっか。表の方のチームが負けてたら、裏の守りをする意味が無いですもんね。0点に抑えても勝てないんですから……」
一方、黒木さんは裏の守りが無くなる理由にいち早く気付き、小さく頷いた。さすがに生徒会書記。理解が早くて助かります。
「……」
そんな俺たちに挟まれた秋原は、さっきからずっと不機嫌なままだ。相変わらず俺たちと言葉を交わす事もせずに、口をへの字に曲げ、5杯目のマキシマムコーヒーのペットボトルをラッパ飲みしている。
彼女の足元には、空になったペットボトルが転がっていて、まるで酒乱のオッサンがグダ巻いてるみたいである……。
さすがに心配になった俺は、恐る恐る秋原に声をかける。
「お……おい……。さすがに飲み過ぎじゃないか? 腹壊すぞお前……」
「あぁん?」
俺の言葉を聞いた秋原は、しり上がりに声を上げながら、俺の顔にガンをつけてくる。……うん、その声のトーンとガンの飛ばし方、完全にチンピラのそれである。
彼女は、すっかりコーヒー臭くなった息を吐きながら、俺を睨みつけながら声を荒げる。
「うるっせえなぁ! こんなクソみてえに退屈な試合を見せられて、飲まずにやってられっかってんだ! チクショーめぇ!」
「お……畏れ入りますが、総統……」
秋原の剣幕に、思わず姿勢を正しながら、俺はおずおずと言った。
「や……『野球は9回ツーアウトから』という言葉もございますし、ここはまだ諦めるには早いかと……」
「早くねーよ、このボケがぁ!」
丁重な俺の言葉に、怒声で返した秋原は、苛立ちながら5本目のマキシマムコーヒーを空にし、更に言葉を継ぐ。
「5点差だぞ、5点差! 満塁ホームラン打っても追いつかない点数を、ここまでケチョンケチョンにされてる打線でどうやって入れるってんだよ!」
「そ……それは――」
秋原の問いかけに、俺が言葉に詰まった時……
――カコンッ
グラウンドの方から、気の抜けた様な打撃音が響いてきた。
同時に、三塁側から失望の声が上がる。
「あ……ダメだぁ……」
春夏秋冬のガッカリした声につられ、俺と秋原は、グラウンドに目を向ける。
「あちゃあ……ボテボテのピッチャーゴロ……」
「ほら見ろ! もう1アウトじゃねえかよ!」
頭を抱える俺に、怒声を浴びせる秋原。
グラウンドでは、力無く転がるボールと、マウンドから降りて捕球に向かうピッチャーの鮒木、そして、バットを投げ捨てて必死に一塁へと走る三番バッター母里の姿があった。
――と、ポンポンと跳ねていたボールのバウンドが微妙に変わり、三塁側へと逸れる。
その事に、鮒木は少し慌てた様子を見せたが、すぐに追いついてグラブにボールを収めた。
そして振り返り、一塁に向かってボールを放る――。
「あ――ッ!」
スタンドがどよめく。
鮒木の手を離れたボールは、やや山なりに飛び、巨漢のファースト猪上が慌てて伸び上がった。
そして、バッター母里は、躊躇なくファーストベースに向かって頭から突っ込む――!
送球を取った猪上の足がベースを踏むのと、ヘッドスライディングした母里の手がベースに触れるのが、遠目から見ると殆ど同時に見えた。
「――!」
球場に居る全ての人が、一塁線審の腕の動きに注目する。横に振られるか、それとも真上に挙げられるか――!
「――セ――フ!」
「「「「「「オオオオオオオオオッ!」」」」」
線審の両手が横に広げられた瞬間、球場全体が大きくどよめく。
それは、俺たちが座っている三塁側内野席も同様だった。
「わあっ! ルナちゃん、セーフだって!」
「はいっ! あの打つ人、物凄い執念でしたね! 頭から飛び込むなんて……!」
春夏秋冬も黒木さんも、分からないなりに興奮して、喜んでいた。
そして、興奮したまま、傍らの秋原に笑みかける。
「ね! すごかったよね、ししょー! なんか……あたし、今のだけでカンドーしちゃったよぉ」
「私もです! 何だか……カッコ良かったです!」
「……ふ、フンッ!」
だが、秋原は二人の感動をせせら笑うように鼻を鳴らした。
「……どうせ、5点差ついてるんだから、今更出塁してももう遅いんだよ! どうせ、後続が凡退して負けるんだから、意味ねえよ!」
「お……おい、秋原!」
秋原のあまりに投げやりな言い草に、俺は堪りかねて口を挟む。
「そんな事言うなよ! 次は四番の天川なんだから、まだまだ分からねえだろうが!」
「分かるわ!」
俺の言葉に秋原は声を荒げて、右打席に立つ恰幅の良い打者の背中を指さした。
「今日の天川は、5タコだぞ! 鮒木に全然合ってないんだから、この打席も打てねえに決まってる!」
「だからって、まだ分からないだろ? 鮒木だって9回で疲れてるんだから、コースが甘くなって――」
「コースが甘くても打てねえよ! 何せ、北武のバッターなんだからよ!」
秋原は目を剥き、憎悪に満ちた声でがなり立てる。
「十年前にとんでもないインチキして、制裁食らったクソ球団の四番なんて、どうせロクでもねえんだよ! 不様に三振するか、注文通りのゲッツー打つかして、そこで終いだ!」
「秋原! お前、いくら何でも言っていい事と悪い事が――!」
カ――――ンッ!
秋原の暴言に、思わずカッとした俺が発した怒声は、乾いた快音に遮られた。
「え――?」
「――!」
スタンドの観客が、そして、俺と秋原が思わず空を見上げた。
青い空に高々と上がった白球は、グングンと飛距離を伸ばし、
レフトスタンドの最上段に突き刺さった――!




