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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな煩悶・応援編
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田中天狼のシリアスな疑惑

 初回の攻撃で、先頭バッターの芦山がスリーベースを打ち、三番バッターの母里(もり)が堅実に犠牲フライを打って先制した北武ライオンズだったが、その後は、ロッチの先発・鮒木(ふなき)を打ちあぐね、アウトの山を築いた。

 一方のロッチ打線は、北武の先発・新外国人選手ファイブを攻め立て、再三チャンスを作るが、肝心な所で打ち損じたり、走塁ミスがあったり、北武の好守備に阻まれたりして、悉く得点の機会を逸していた。

 スコアボードには、右上の『1』以降、『0』が並び続け、ゲームは投手戦の様相を呈してきたかに思われたが――五回の裏のロッチの攻撃で、戦況は大きく動く事になる。



 「何か……地味な試合だねぇ」


 試合前に売店で買ってきたポテトフライを頬張りながら、春夏秋冬(ひととせ)はポツリと呟いた。


「何か……もっとポンポンホームランとか打って、点を取り合う感じになるのかと思ってたんだけどなぁ」


 そんな彼女の言葉を聞いた俺は、思わず顔を引き攣らせる。


「いやぁ、確かにそうだけどさ……。そこは、『緊迫した投手戦』と言ってほしいなぁ……」

「……言うほど投手戦か、コレ?」


 俺の苦しい擁護にツッコミを入れてきたのは、秋原だった。

 秋原は、左手を伸ばし、センター後方のバックスクリーンを指さしながら言う。


「ほら……見てみろよ。確かにスコアは1-0だけどよぉ。ヒットの数が……」

「う……」


 秋原の指摘に、俺は返す言葉を失い、喉の奥で唸った。

 彼女が指さしたオーロラビジョンのスコア表示――その『H』と表示された枠には、上から『2』と『10』の数字が入っていた。

 『H』とは、ヒット数を示す。

 つまり、五回表終了時点で、北武はヒット2本、ロッチはヒット10本を打っているという事だ。


「北武は、まだ四回なのに、ヒットを10本も打たれてるんだぜ。あの外人のピッチャー、フルボッコじゃねえかよ」

「で……でも、何だかんだで0点に抑えてるし……」

「それは、ロッチ側が勝手に自滅したり、ラッキーが重なったりしてるだけじゃねえかよ」

「ぐ、ぐむぅ……」


 秋原の反論の前に、俺はぐうの音も出ない。

 ……確かに、彼女の言う通りだ。

 二回裏の1アウト1・2塁のチャンスでの本塁死は、ライト志村の̩好返球(レーザービーム)によるものだったが、三回裏にあった無死満塁からのスクイズ失敗と四回裏の三振ゲッツーは、完全にサインミスによるものだった。

 そんなこんなで、北武の先発・ファイブは、ロッチ打線のちぐはぐな攻撃にかなり助けられていた。

 要するに、結果的に0点に抑えられているだけで、「好投している」とは、口が裂けても言えないような出来だったのだ。

 それを、秋原は鋭く看破し、


「こういうのってよぉ……『投手戦』って言うより、『泥仕合』って言うんじゃねえのか?」

「……ソウトモ言ウ……」


 俺は反論も出来ずに、ぎこちなく首を縦に振るだけ――。

 と、その時、俺たちの周囲――三塁側のスタンドから、悲鳴の様な、溜息のような声が上がった。


「あー、また……ふぉ、ふぉろわーぼーるだよー」

春夏秋冬(ひととせ)さん……それを言うなら、フォアボールです……」


 あからさまにガッカリした声を上げる春夏秋冬(ひととせ)に、黒木さんがおずおずと訂正した。


「うわぁ……また歩かせたのか……」


 グラウンドに目を落とし、打席に入っていたロッチの5番バッターが、腕につけたプロテクターを外しながら、ゆっくりと一塁に向かって歩く姿を見た俺は、思わず顔を顰めた。

 ファイブ、本日三個目のフォアボール献上である。


「まーた先頭バッター出したのかよ……クソダセえな」


 秋原も、チッと舌打ちしながら不機嫌そうに呟く。


「でもさ! 今までも0点に抑えられてるんだから、今度も大丈夫じゃない?」


 そう、楽観的に訊いてくる春夏秋冬(ひととせ)に向けて、俺は躊躇いがちに頷きながら答える。


「ま……まあ、そうだな。多分――」

「いやぁ、そろそろヤベえだろ」


 肯定しようとする俺の言葉を途中で遮ったのは、秋原だった。

 秋原は、ペットボトルに残ったマキシマムコーヒーをラッパ飲みしてから、口を開く。


「先頭フォアボールの後って、結構点が入りやすいんだよ。あの外人も、もういっぱいいっぱいっぽいから、この回、ビッグイニングになっちまうかもな」

「へ~、そんなものなんですか……」

「……いや、つうかさ……」


 秋原の解説に、感心の声を上げる黒木さんを遮り、俺は訝しげな声を上げた。

 ――何だか、変じゃないか?


 秋原(こいつ)は、自分の名前の由来である北武ライオネルズが10年前に起こした不祥事が元で、北武ライオネルズはもちろん、プロ野球の事自体嫌いになったはずじゃなかったのか?

 なのに、初回の攻撃で三塁打を打った芦山の足が速い事や、『先頭四球は、点が入りやすい』っていう、野球あるあるネタの事を知ってるんだ?


 ……ひょっとして、こいつは――。


 ふと、ある仮説が浮かんだ俺は、秋原の顔をジト目で見据えながら、言葉を継ぐ。


「秋原……お前さ……」

「……んだよ、田中。そんな気色悪ぃ目で私の事を見つめやがって」


 しかし、秋原は問いかけた俺に向けて、まるで変質者を見るような視線を浴びせかけた。

 問いかけの出鼻を挫かれたのみならず、面と向かって『気色悪ぃ』と、どストレートな悪態を吐かれた俺は、思わずムキになる。


「な、何だよ! 人の事をいきなり気色悪いとか――!」

「だって、気色悪いモンは気色悪い……って、ひょっとしてお前……」


 俺の抗議も馬耳東風な様子だった秋原だが、俺をからかう言葉の途中で、突然何かに気付いたかのように目を見開き――激しく首と手を横に振った。


「あ――悪い! それ無理だから! ゴメンな?」

「は? いきなり何言ってんだ、お前?」


 秋原の奇妙なリアクションに、俺は思わず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 そんな俺に、秋原は「そ、そりゃあ……」と言い淀んだが、意を決したような顔になると、一気に言い切る。


「そ、そんな食い入るように私を見つめてくるって事はさ……実はお前、私の事が好きなんだろう? だから、そんな真剣な目で――」

「は、はぁ~ッ?」

「きゃーっ! そうだったの、シリウスくんッ?」

「ふぇええええええっ?」


 秋原のとんでもない世迷言に、俺はもちろん、春夏秋冬(ひととせ)や黒木さんも仰天した。黒木さんなんか、驚きのあまり、椅子から跳び上がっている。

 あまりの事に、俺は咄嗟に返す言葉も失って、まるで池の鯉みたいに、口をパクパクさせるだけしかできなかった。

 そんな俺の肩にポンと手を置き、真剣な表情で俺の顔を見つめた秋原は――小刻みに首を横に振った。


「でも……ゴメンな、田中。私はお前の事、全然タイプじゃないから、付き合うとかは……ゴメン」

「……ちょ」

「ま、気を落とすなよな! 世の中には物好きな女も多いから、お前みたいな奴が好きだっていう女も、どこかに居るはずだからな! そんな絶望する事は無いからなっ!」

「ちょっと待てえええい! 何、勝手に俺がお前なんかに惚れて秒でフラれた感じにしてんだよテメエええ!」


 勝手にトンチキな設定をでっちあげる秋原に向かって、俺は怒りの絶叫を上げるのだった。

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