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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな煩悶・応援編
30/45

秋原獅子のシリアスな観戦

 「あ! シリウスくん、ルナちゃん! おっかえり~!」


 売店で買った軽食類とジュースをトレイに乗せ、自分の席に戻ってきた俺と黒木さんを、春夏秋冬(ひととせ)の元気な声が迎えた。


「……遅かったな。迷子にでもなったのかと思ったぜ」


 その横で、秋原がジト目で俺を睨む。


「ま……まあ、色々あったんだよ」

「あ……はい……色々……」


 秋原の言葉に、ぎこちなく笑いながら答える俺と黒木さん。


「……どうしたの? 何か、ふたりとも変だよ~?」


 そんな俺たちの様子に目敏く気付いた春夏秋冬(ひととせ)は、小首を傾げながら無邪気に訊いてきた。

 彼女の問いかけに、俺たちの引き攣り笑いは更に引き攣る。


「い、いや……べ別に、何も変じゃないよ……ね、黒木さん?」

「あ、ははははい! そ、そそそうですよ!」

「……顔が真っ赤だぞ、ふたりとも」


 ぎくり。


「い、いやいやいやいや! こ……これは――暑いからだよ! ほ、ほら、もう六月だし……」

「そ、そそそうですね! もう、半分以上夏みたいなもんですもんねっ! あ~暑い暑いッ!」

「……やっぱり、何か変だよねぇ、ししょー」

「「……」」


 全力で暑がる芝居を打つ俺たちだったが、春夏秋冬(ひととせ)の疑念を更に増しただけだった。

 隣に座る秋原に至っては、確実に感付いている様子で、眉間に皺を寄せながら、まるで昭和のヤンキーの様に、俺にメンチをキリ続けている。――つか、何で俺ばっかりにガン飛ばしてんだよ、コイツ……。

 ……とはいえ、さっきのコンコースでの――ラッキースケベの件をふたりに話すのは何か……嫌だ。

 つか、恥ずかしい……。


「そ、それより! ほら!」


 なので、全力で話を逸らすべく、俺は持っていたトレイを差し出した。


「お望みのマキシマムコーヒーだ! 普通に売っててびっくりだわ!」

「お、マジであったのかよ! やった!」

「さあ、秋原、受け取れい! ……トレイだけに!」

「……」

「……」

「……」


 ……初夏の強い陽射しの照りつけるスタンドに、季節外れの寒風が吹きすさぶ。


「……さ、サンキュー。あの……何か、ゴメン……」

「いや、せめてツッコんでよぉ!」


 心底悪い事をしたと言わんばかりの顔をして、殊勝に頭を下げる秋原に対し、俺は()()()()()()()()()()顔を赤くしながら絶叫した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 俺と黒木さんが席についてから間もなく、グラウンドではプレイボールの声がかかった。

 先攻は、北武ライオネルズ。

 一番バッターにして、シーズン最多安打記録保持者の芦山が左打席に入る。


「かっ飛ばせ! かっ飛ばせ! あっしっやっまっ!」


 外野席に陣取る応援団の掛け声とともに、トランペットが吹き鳴らされる。

 そして、トランペットと太鼓の奏でるリズムに合わせて、三塁側に詰めた北武ファンがメガホンを打ち鳴らしながら、応援歌を歌い始める。

 それを聴いた春夏秋冬(ひととせ)は、あまりの大音声に思わず耳を塞ぎながら、目を丸くした。


「うわぁ~! 凄い音だねぇ。でも、何だか面白い~♪」

「そうですね! 何だか、お祭りみたいです!」


 春夏秋冬(ひととせ)と黒木さんは、初めて感じる球場の雰囲気に驚きながらも、楽しそうに笑っている。

 ……だが、


「……どうした? お前は、応援しないのか?」

「は? う……うっせーな!」


 憮然とした顔をしながら、ペットボトルのマキシマムコーヒーをがぶ飲みしている秋原に声をかけると、彼女は俺を睨みつけた。


「別に私は、北武なんかの応援に来たわけじゃねーんだよ。する訳ねえだろが!」

「……そんな気合十分な格好をしといて、そんな事言っちゃうのかよ」


 秋原の言葉に、俺は白け顔でその姿を見やった。――北武のキャップを被り、北武のレプリカユニフォームに身を包んだその姿を。

 俺の視線に気が付いた秋原は、顔を真っ赤にしながら、その目を吊り上げる。


「う……うっせえよ! さっきも言っただろっ? これは、ウチのパ……お、親父がどうしても着ていけって言って無理矢理着せられたやつだってよ!」

「あーはいはい、そうでしたねー」


 必死で言い訳する秋原の言葉に、俺は棒読みで相槌を打つ。

 ――と、その時、


 カ――ンッ!


 乾いた心地よい音が聴こえ、同時に三塁側スタンドから歓声が巻き起こった。


「わーッ! 打ったよ!」

「お――!」


 春夏秋冬(ひととせ)が上げた歓喜の声に、思わず俺はグラウンドに目を移す。

 ライトとセンターが、上空を見上げながら全力疾走している姿と、その真ん中に白いボールが落ちたのが見えた。


「右中間真っ二つだ!」


 ライトとセンターの中間に落ちたボールは大きく跳ねて、2バウンドで青いフェンスまで届いた。跳ね返ったボールは、捕ろうと駆け寄ってきたセンターの頭上を越し、今度は左中間方向に点々と転がる。


「芦山! 三つ行け――ッ!」

「回れ回れ――!」


 俺の後ろの席に座っていたオッサン二人が、興奮した様子で声を張り上げた。

 その声に背中を押された訳では無いだろうが、二塁を回った芦山は、その勢いを殺さぬまま、躊躇なくスピードを上げる。


「え――! あ、アウトになっちゃいますよっ!」


 黒木さんが、悲鳴に近い声を上げ、三塁側スタンドからも驚きと期待と応援の混ざったどよめきが上がった。

 と、その時、


「いや……芦山は足が速いから――」

「……え?」


 隣から聴こえてきた呟きが耳に入り、俺は驚いて声の方に目を遣った。

 秋原が、正に“固唾を飲んで”という比喩そのままな表情を浮かべながら、グラウンドを走る芦山の姿を目で追っていた。


「秋原……おま――」

「「「「ワ――――ッ!」」」」


 思わず彼女にかけた俺の声は、爆発的に上がった歓声に掻き消された。

 その声につられてグラウンドを見ると、三塁塁審が大きく両手を横に広げる姿と、土埃を上げながら三塁ベースに滑り込んだ芦山の姿が目に飛び込む。


「すごい! 間に合いましたよ!」

「わぁ! あの打つ人、カッコいいねぇ~!」


 はしゃぎ合う黒木さんと春夏秋冬(ひととせ)。その隣に座る秋原の横顔は、一見無表情だったが――少しだけ口角が上がったように見えた。

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