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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第一章 田中天狼のシリアスな煩悶・再開編
3/45

田中天狼のシリアスな放課後

 「……失礼しました-」


 職員室のドアの前で、大きく頭を下げてから、引き戸を閉める。閉じきったドアの前で、俺は大きな溜息を吐く。

 ――疲れた。

 放課後、深村先生に言われた通りに、職員室に出頭した俺だが、そこからが長かった……。

 深村のグチグチと重箱の隅をつつく細々とした説教。時たま挟まれる痛烈な皮肉。そんな精神攻撃に晒され続けて一時間……。

 もうね、何度途中で話を遮って、「先生、暇っすね」と嫌味の一つでもぶちかましてやろうと思った事か……。

 だが、そんな事をしたら最後、説教のロスタイムがどんどん伸びていく一方だ。そう思って、唇を噛み締めながら、何とかタイムアップまで耐えきった。

 俺は、艱難辛苦の結果、やっとの思いで取り戻せたスマホの革ケースを愛おしげに撫でながら、職員室を後にする。


「――あ、田中さん! スマホ返してもらえたんですね。良かった……」

「あ……黒木さん」


 俺の姿を見かけた、クラスメートの黒木さんが、声をかけてきた。左右に分けた黒髪を三つ編みに結い、大きめの黒縁メガネをかけた、地味目の女子生徒だ。

 彼女は、俺にニコリと笑いかけると、俺の手に握られたスマホを指差した。


「でも、知らなかったです。田中さん、スマホをお持ちだったんですね……」

「あ……いや。実は、昨日買ってもらったばっかりで、今日初めて学校に持ってきたんだけど。――まさか初日からいきなり没収されるとは思わなかった……」

「あ……そうだったんですか。――それは、運が悪かったですね……でも」


 黒木さんは苦笑して肩を竦めると、一転して、厳しい顔になった。


「――授業中に、スマホを弄っちゃ駄目です! そりゃ、深村先生も怒りますよ!」

「……あ、はい! す、スミマセンでした!」


 彼女の迫力に圧されて、思わず直立不動になって素直に謝る俺。……そういえば、彼女は生徒会の書記でもあるんだった。彼女の立場なら、俺を叱るのは当然だ。

 と、黒木さんは、俺の直立不動っぷりを見て、口に手を当てて笑い出した。


「ウフフフ……分かればよろしいっ! ……なんて、冗談ですよ」

「あ……そうなんだ。これから説教第二ラウンドが始まるのかと思って、覚悟しちゃったよ……」

「うふふふ……」


 黒木さんは、そんなに俺のリアクションが可笑しかったのか、口に手を当ててクスクス笑っていた。

 ――ふと、笑いの止まった黒木さんは、心なしか顔を赤くしながら、


「……それで、あの……その……」


 今度はモジモジしながら言い淀む。


「え……? 何? どうしたの、黒木さん?」

「あの! もし、もし宜しければ……なんですけど……。た、田中さんの、れ……レーンID……教えて……くだ……さい!」

「へ? れーんあいでぃー? ……て?」


 俺は、聞き慣れない言葉にキョトンとして首を傾げた。

 黒木さんは、ハッとした様子で、目を見開いた。


「あ……? もしかして、『レーン』って知らないんですか?」

「れーん……あー、はいはい! レーンねレーン!」


 それなら知ってる……名前だけ。

 確か――。何か、色んな相手とメッセージのやり取りをしたり、複数の人が見れる掲示板みたいのを作れるスマホのアプリだ。

 風の噂では、ウチのクラスにも専用のグループがあるとか無いとか……。というか、それに参加しないとと思って、買ってもらったんだった……スマホ。


「――レーンIDっていうのは、メールアドレスみたいなもので……それを教え合う事で、レーンを使って、連絡を取ったり、通話したりも出来るんです。……あ、もしかして……」


 黒木さんは、メガネの奥の目を大きくして言った。


「……その様子だと……レーンを、まだインストールしてない……ですね」

「あー……そうみたい。いやぁ……何せ昨日買ったばっかりなんで、全然いじってないんだよね……」

「あ……ゴメンなさい。私ったら、そんな事にも気付かないで……」


 そう小さな声で言うと、黒木さんはしょんぼりして下を向いてしまった。

 ……何となく、これはマズい気がする。

 廊下を行き交う他の生徒達が、怪訝な顔をして通り過ぎていくのが、視界の端に認められる。……もしかしなくても、この絵面は、『気弱そうな女の子を泣かせる鬼畜男子の図』にしか見えないのではないだろうか……?


「あ、あの……。レーンは、今日帰ったらすぐに入れとくから……明日、黒木さんに教えるよ。今日は……そう! 電話番号なら教えられるから……それで――」

「――電話番号……? いいんですか!」


 『電話番号』という単語に反応した黒木さんが顔を上げて、食い気味に詰め寄ってきた。心なしか、瞳がギラギラと輝いている。

 俺は、彼女の勢いに気圧(けお)されながら頷く。


「う――うん。……俺なんかので良けれ――」

「ありがとうございます!」


 またも、俺の返事を食い気味に、感謝の言葉を述べながら、黒木さんはスカートのポケットからスマホを取り出す。

 彼女のスマホは、女の子のスマホ……らしくない、漆黒のスマホケースに包まれていた。

 ……! いや、違う……これは!


「……か、棺桶……?」

「――あ、気付いちゃいました? これは、パニックホラー映画の傑作『ドラキュラ伯 最期の聖戦リターンズ』の主人公が、ラストで封印された聖なる棺桶をモチーフにしたスマホケースなんです! でも、日本では売ってなくて、海外のサイトから直輸入したんです! カッコイイでしょ!」

「へ? あ……ああ。そうだね……」


 黒地の革の中央に大きな十字架が打たれて、まるで血しぶきのような赤いワンポイントが所々に施されている、おどろおどろしいスマホケースを誇らしげに見せながら、熱狂的オカルトマニアの黒木さんは、嬉々として早口で捲し立てる。

 そのマシンガントークに、俺は完全に飲まれて、まるでおもちゃの水差し鳥の様に、機械的に首を上下させるだけだった……。

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