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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな煩悶・観戦編
28/45

田中天狼のシリアスな注文聞き

 「田中ァ、ジュース買ってこいよ」

「……はぁ?」


 唐突にかけられた、いかにもガラの悪い不良が言いそうなセリフに、俺は眉を顰めながら横を見た。


「んだよ、スケバン(秋原)。俺はお前のパシリじゃねーよ」

「違ぇよ。私にじゃない」


 不機嫌丸出しで答えた俺にそう返して、秋原が心配げな表情を浮かべながら、自分の隣に向けて顎をしゃくった。


「コイツ……ヒトトセが、かなり暑がってるからさ。脱水症状を起こす前に、水分補給した方がいいと思ってよ。――でも、さっきから通る売り子は、どいつもこいつもビールとかハイボールしか売ってないから……」

「だ……大丈夫だよ、ししょー。あたし、我慢できるから」


 気遣う秋原にそう言った│春夏秋冬ひととせだったが、確かにその顔色は優れない。

 そんな│春夏秋冬ひととせに、秋原は怒ったような声で言う。


「そういう事は、我慢なんかしちゃいけねえんだよ! 熱中症になったりしたら、マジでやべえんだぞ!」

「う、うぅ……ごめんなさい」

「……ったく、しょうがねえな」


 叱られてショボンとする春夏秋冬(ひととせ)に溜息を吐くと、秋原が椅子から腰を浮かした。

 そして、座ったまま、ぼんやりとふたりを見ていた俺に向けて、しっしっと手を振る。


「田中、そこどけ。私が売店で飲み物買ってくるから」

「あ……い、いや! 俺が行くよ!」


 秋原の言葉に我に返った俺は、慌てて立ち上がった。

 そして、訝しげに眉間に皺を寄せる秋原に向けて、言葉を継ぐ。


「き、奇名部の部費を持ってるのは俺だし、秋原は一応奇名部(ウチ)のゲスト扱いだからさ。お前に行かせる訳にはいかないよ」


 そう言って、「で、何が飲みたいの?」と、オーダーを聞く。

 春夏秋冬(ひととせ)は、うーんと唸って、真剣な顔で悩んでから、パッと顔を輝かせて言った。


「――じゃあ、いちご牛乳で!」

「……ごめん。さすがに球場の売店には、いちご牛乳は置いてないと思うんだ」

「えー、そうなのぉ?」


 俺の答えに、春夏秋冬(ひととせ)はあからさまにガッカリし、不承不承といった顔で、「……じゃあ、リンゴジュースで」と言った。


「おっけー。あっちゃんアップルだったらあると思うから、それでいい?」

「あ、うん。お願いします」

「ラジャっす」


 春夏秋冬(ひととせ)のオーダーに頷いた俺は、今度は秋原に顔を向ける。


「じゃ、秋原は何がいい?」

「……え? 私?」


 突然訊かれて、秋原は驚いた顔をする。

 そして、躊躇いがちに首を横に振る。


「いや……私は良いよ。別に喉乾いてねえし」

「いやいや、遠慮すんなよ」


 遠慮する秋原に、俺は苦笑しながら言った。


「さっきも言ったろ? お前は一応ゲストなんだよ。これは、おもてなしってヤツ。……それに、水分補給を怠って、お前の方が熱中症になったらヤバいだろ?」

「う……ま、まあ、そうだけど……」


 俺の言葉に、秋原は一本取られたという様な、悔しげな表情を浮かべ、それから「じゃあ……」と、何故か声を潜ませる。


「じゃあ……ま、マキシマムコーヒーで……」

「ま、マキシマムコーヒー?」


 秋原の答えに、俺は思わず声を裏返した。


「ま、マキシマムコーヒーって、あれか? あの、コーヒー牛乳よりも甘ったるい、あの!」

「そ……そうだよ! わ、悪ぃかよっ!」


 驚愕する俺を睨みつけながら、秋原は声を荒げる。――が、その顔は茹でダコよりも真っ赤だった。

 ――“マキシマムコーヒー”とは、ウチの県限定で発売されている、黄色いパッケージが印象的なコーヒー飲料である。

 ……いや、違うな。

 どっちかと言うと、『コーヒーを混ぜた糖分マシマシ牛乳飲料』と言った方が正しいか……。

 その味の特徴は――とにかく甘い。

 コーヒーの名を冠しているとはとても思えないほど、めちゃくちゃに甘いのだ。まあ、美味しい事は美味しいのだが、コーヒーと思って飲んだら、思わず噴き出してしまいそうになるほどだ。

 だが、それでも地元民の支持は篤く、我が県のソウルフード……もとい、“ソウルドリンク”と呼ぶものもいる程である……。


 そんな、下手するとコーヒー牛乳よりも糖度の高い飲み物を、派手派手な金髪の同級生からリクエストされるとは思わなかった俺は、目を丸くした。


「いや……おま、よりによって、こんな所に来て、マキシマムコーヒーを飲みたいとか……」

「な、何だよ! べ、別にいいじゃねえかよ!」


 俺のツッコミに、秋原は頬を膨らませながら反論する。


「飲みたいんだからしょうがねえだろうが! あ……でも」


 そこまで言った秋原だったが、何かに気付いたような表情を浮かべた。


「も、もしかすると……ここには売ってない可能性もあるのか……?」

「う、うーん……どうだろ? 一応、ウチの県の名産……いや、()産品だからな」


 俺は苦笑しながら首を傾げ、それから頷いた。


「――分かったよ。マキシマムコーヒー、あったら買ってくるから。でも……無かったら、普通のアイスコーヒーでいいな?」

「お、おう。それでいい」


 俺の言葉に、秋原はコクンと頷き、それからぼそりと呟く。


「……ンキュ……」

「……ん? 何か言った?」

「な……んでもねえよ!」


 聞き返した俺に怒鳴ると、秋原はぷいっと顔を背けた。

 突然怒鳴られた俺は、口を尖らせながら首を傾げ――残る一人に向けて声をかける。


「――で、黒木さんは何がいい?」

「ふぇ、フェッ?」


 俺が訊いた瞬間、それまで微笑みを浮かべながら俺たちのやり取りを見ていた黒木さんが、目を真ん丸くしながら素っ頓狂な声を上げた。

 そんな黒木さんの反応(リアクション)に、自分も驚きながら、俺はおずおずと訊き直す。


「あ……く、黒木さんは、何が飲みたいのかなぁ……って、訊いたんだけど……」

「あ、わ、私ですかっ?」


 俺の問いかけに、黒木さんはあわあわしながら、激しくかぶりを振った。


「あ! わ、私は大丈夫です! ――というか、私は奇名部のゲストという訳では無くて、生徒会の人間ですから、奇名部さんのお金で飲み物を買ってもらうのはちょっと……」

「え~? 大丈夫だよぉ、ルナちゃん。ジュース一杯くらい」


 黒木さんの言葉に口を挟んだのは春夏秋冬(ひととせ)だった。

 にへらあと笑った春夏秋冬(ひととせ)は、俺の方に顔を向けて訊いてきた。


「ね、シリウスくん? 大丈夫だよねえ?」

「あ、う、うん。もちろん」


 春夏秋冬(ひととせ)に問いかけられた俺は、小刻みに首を縦に振り、黒木さんに言う。


「――確かに、黒木さんの言う事も分かるけど、そんな堅苦しい事考えなくても全然大丈夫だよ。ジュース一杯分くらいは、ウチの部費から出せるし、黙ってれば問題無い――」

「そ、そういう訳にはいきません!」


 だが、黒木さんは、俺の提案に首を縦に振らない。


「ま、万が一発覚してしまったら、もしかすると、田中さん――奇名部が生徒会役員をジュースで買収したと言われかねません! そうなったら、田中さんと奇名部の皆さんにご迷惑が……」

「い……いやぁ、たかがジュース一本で、そんな大げさな……」

「いえ! 『瓜田に履を納れず李下に冠を正さず』です!」

「へ? な、何……?」


 黒木さんの口から飛び出した長い諺に、春夏秋冬(ひととせ)は戸惑った。


「か……『家電に靴を入れず。理科にカンブリア宮殿』……?」

「……『瓜田に履を納れず李下に冠を正さず』だ」


 混乱する春夏秋冬(ひととせ)に助け舟を出したのは、意外にも秋原だった。


「瓜の畑の中で靴ひもを結んだり、桃の木の中で冠を被り直してたりしたら、遠目から見たら瓜や桃を盗もうとしているように見えるだろ? 要するに、『疑われそうな紛らわしい事は、はじめからしないようにしましょう』っていう意味の、中国のコトワザだよ」

「へ~……そうなんだぁ」


 分かりやすい解説に、春夏秋冬(ひととせ)は深く頷きつつ、尊敬のまなざしを秋原に向ける。


「さすがししょー。物知りなんだねぇ」

「た……確かに、ちょっと意外でした……」

「人は、見かけによらないって、この事かぁ……」


 春夏秋冬(ひととせ)と同じように、驚きで目を丸くする俺と黒木さん。


「て、テメエら……ッ!」


 そんな俺たち三人の視線を一身に受けた秋原は、その顔をまるで仁王の様に真っ赤にして唸るのだった。

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