田中天狼のシリアスな内野席
――結局、俺たちは二手に別れて席を取る事にした。
俺と春夏秋冬、そして秋原は三塁側――つまり、北武ライオネルズ側の内野席。
矢的先輩と撫子先輩は、一塁側――ロッチシーガルズ側の外野席。
そんな感じで、別行動を取る事にしたのだ。
因みに、勝手に合流してきた生徒会の面々も、俺たちの“監視”の為に、行方会長と武杉副会長が一塁側外野席、黒木さんが俺たちと同じ三塁側内野席へとついて来る事になったらしい……。
「うーん……ちょっと遠いねぇ」
球場の中に入り、傾斜の激しい内野席の階段を昇り降りしながら、やっとの事でチケットに示された席を見つけた春夏秋冬が、やや失望の混じった声を上げた。
確かに彼女の言う通り、俺たちが購入したのは『三塁側内野席C』の席で、観客席の傾斜の真ん中くらいの所に位置しており、グラウンドからは大分離れていた。
というか、内野席と言いつつ、三塁ベースのやや後ろ――どちらかというとレフトの守備範囲に近い。
――これは、実質的な外野席なのではないだろうか……?
そんな哲学チックな思考が頭を過ぎりつつ、俺は春夏秋冬に言う。
「いや……しょうがないよ。矢的先輩から渡された金で三人分の席ってなると、C席が限界だったから……」
「そっかぁ……。確かに、奇名部は元々部費が少ないから、そんなに贅沢も出来ないよねぇ」
「す……すみません……」
春夏秋冬の言葉に、何故かシュンとして頭を下げたのは、生徒会書記である黒木さんだ。
そんな彼女に、俺と春夏秋冬は、慌てて首を横に振る。
「あ! べ、別に、生徒会に文句言ってる訳じゃないんだよ! 何せ、奇名部は文化部だし、部員も少ないから、部費の支給額が少ないのは当然だと納得してるし……」
「そうそう! ルナちゃんが謝る事なんて無いんだよ~。ゴメン、あたしが変な事言っちゃって……」
「そ……そうですか……」
俺と春夏秋冬の言葉に、黒木さんの顔に安堵の色が浮かぶ。
と、その隣から、皮肉げに鼻を鳴らす音が聴こえた。
「ふーん。……だから、部員が増えれば部費も増えるからって、お前らと同じヘンテコな名前の私を部に引きずり込もうとしてるんだな、お前らは」
「あ……いやぁ……」
秋原にジト目で睨まれた俺は、苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頭を掻く。
「むしろ、部費が減っちゃうからなんだよなぁ……今のまんまだと」
「……ごめんなさい! 私達生徒会が決定した事で、田中さんたちにご迷惑をおかけしてしまって……」
「あ……だから、黒木さんが謝る事じゃないって……」
再び沈痛な表情を浮かべて、深々と頭を下げる黒木さんに、俺は辟易としながら声をかけた。
――と、
「ま――でも、この席もいいと思うよ! 位置が高くて見晴らしが良いし、こんなに離れてたら、ボールが飛んできたりする事も無いし!」
屈託の無い笑みを浮かべた春夏秋冬が、気を取り直すように言った。
……しかし、
「……いや、そうとも限らねえぞ」
そんな彼女の楽観視に水を差したのは、秋原の一言だった。
秋原は、ここからだと豆粒以下の大きさにしか見えない、グラウンドのホームベースを指さしながら言った。
「まあ……このくらいまで離れてれば、滅多には無いと思うけど、打球の角度と高さによっては、あそこからここまでファールボールが飛んでくる可能性はゼロじゃねえよ。ちゃんと打球の行方を見てないと危ないからな」
「え~、怖いぃ」
「ほ、本当ですか?」
秋原の言葉に、春夏秋冬と黒木さんが怯えた声を上げる。
「た……田中さん、危なくないんですか? や、野球のボールって、物凄く硬いんですよね? 何せ、硬球って言うくらいですし……」
「当たったら痛そうだよね……大丈夫なの?」
「あ……まあ、うん……」
不安そうな表情を浮かべて、俺に縋るような目を向けてくるふたりに、俺はたじろぎながらも答える。
「まあ、確かに当たると大変だけど。……でも、この高さだったら、飛んでくるとしてもライナーじゃなくてフライだろうし、飛んでくるまでの時間もかかるから、避けるのは簡単だと思うよ、うん」
「へぇ……そうなんだ」
「な、なら、大丈夫ですね……」
俺の説明に、ふたりの不安は多少なりとも和らいだようだ。
と、
「まあ、いざとなったら、コイツが身を張って私たちを守ってくれると思うからよ。安心しな」
ニヤリと笑った秋原が、そう言いながら、俺の肩をポンと叩いてきた。
「――ふぁ、ファッ?」
突然の無茶ぶりに、俺は思わず声を裏返す。
「い、いや! 俺だって、痛いのはイヤな――!」
……と、首を横に振ろうとした俺だったが――、
「わぁ! さっすがシリウスくん!」
「た……田中さん、さすがです。ありがとうございます……!」
「え? あ……え?」
目を輝かせる春夏秋冬と黒木さんを前にして、そんなヘタレた事を言えようはずも無かった……。
なので、俺はかぶりを振る代わりに、大して厚くもない胸を張り、
「お……おう! も、もちろんだとも! いざとなったら、俺が身を楯にしてふたりを守るから、大船に乗った気でいたまえ! ――ドンと来い、ファールボール!」
と啖呵を切ってみせるのだった。
――と、俺は肩をちょんちょんと叩かれたのに気付いた。
振り返ると、笑いをこらえた様な秋原の顔。
「私の事もちゃあんと守れよ、た・な・か♪」
「……」
――コイツの所にファールボールが飛んで来たら、直前の所で身を捩って避けてやる……。
と、俺は固く誓うのだった。




