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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな煩悶・観戦編
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行方彩女のシリアスな魅力

 「やあ、田中天狼(シリウス)君。今日はいい天気だね」


 そう言いながら、爽やかな笑みを向けたのは、白いTシャツの上に黒いジャケットを羽織り、細身のベージュのスラックスを穿いた行方彩女(なめかたあやめ)生徒会長だった。

 ……つか、なんつーイケメンな格好をしているんだ、この女性(ひと)。まるで、ジャ〇ーズアイドルか、宝〇歌劇団の男役スターだ。いつも見ている制服のスカート姿より、よっぽど似合っている――って言ったら怒られそうだけど、素直にそう思った。


「おい、矢的。貴様……また騒ぎを起こして、撫子君に迷惑をかけてはいないだろうな?」


 そんな会長の脇に、腹心の部下の様に控えた武杉大輔生徒会副会長は、そう言うと、ギロリとウチの部長の事を睨みつけた。

 因みに、武杉副会長は、黒いシャツに黒いズボンという出で立ち。まるで隠密だ。……つか、初夏の陽射しが照りつける中、暑くないのか?


「な……何だよ、スギ! か……“監視”って?」


 突然現れた生徒会ツートップを前に、矢的先輩は当惑の表情で尋ねた。

 それに対して、武杉副会長は仏頂面を崩さぬまま、淡々と答える。


「何だよも何も……監視は監視だ。奇名部――というより、()()が妙な事をやらかして、我が東総倉高校の評判を落とすような不祥事を起こさぬように、とな」

「ま、それはあくまで建前で、面白そうだから混ぜてもらおうと思ってな」

「か……会長ぉっ?」


 上司(行方会長)に、あっさりと前言を覆された格好の武杉副会長が、悲痛な叫び声を上げる。

 と、


「あの……田中さん」


 そう、おずおずと俺に声をかけてきたのは、白いワンピース姿に大きな麦わら帽を被った黒木さんだった。

 ……うん、なかなか似合っている。地味めな黒木さんの顔と、清楚な白ワンピ。……でも、大きく膨らみ、存在を主張しているおっぱ……胸部が、その清楚な格好にそぐわぬアンバランスさを醸し出しているものの、それが逆にこの上ないアクセントに――。


「ご、ごめんなさい。今日の事を黙っていて……」

「あ、ヒャイっ? ご、ごめんなさい!」


 黒木さんの一部分を注視していて、彼女の言葉をロクに聞いていなかった俺は、慌てて声を裏返しながら、脊椎反射的に謝った。

 俺の反応に、黒木さんの眼鏡の下の目が丸くなる。


「え……ええと? な……何で、田中さんの方が謝るんですか?」

「え? あ……いや……」


 怪訝な顔をして、身を乗り出してきながら尋ねてくる黒木さんから――特に胸元から――目を逸らしながら、俺は答えに窮する。

 ――と、


「うーん? どうしたのシリウスくん? 何だか、顔が赤いよ?」

「ファッ?」


 ちょ! 春夏秋冬(ひととせ)まで、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる!


「大丈夫? あんまり暑いから、のぼせちゃったのかなぁ?」

「え……大変! そういえば、確かにさっきから、何だか視線が定まっていなかった気が――」

「あ……い、いや……だ、大丈夫……!」


 気遣う様子で、俺の方に近付こうとする春夏秋冬(ひととせ)と黒木さんに向かって、ブンブンと手を振る俺。

 顔が赤い理由や、視線が泳いでいた理由を訊き出されたら、俺の株はストップ安確実だ。

 ど、どうしよう――!


「――ヤダよッ! 何でオレが、アンタら生徒会と一緒に野球観戦なんかしなきゃならないんすかっ!」


 と、突然、矢的先輩が発した激しい拒絶の声に、黒木さんと春夏秋冬(ひととせ)の注意がそちらに向き、俺への追及は中断される。


 ――正直、助かった。


 ナイスタイミングです。小指の爪の先くらいは感謝してあげますよ、矢的先輩……!

 ほっと胸を撫で下ろす俺をよそに、矢的先輩は更に声を荒げる。


「つか、たかだか一文化部の校外活動ごときに、生徒会役員が混ざろうとしてくるなんておかしいっすよっ! せっかく、奇名部員一同水入らずで、仲良く野球観戦しようっていうのにさぁ!」

「いや……アンタついさっき、ひとり離れてロッチ側に行こうとしてたよな……?」


 白々しい矢的先輩の言葉に、思わず俺はツッコミを入れる。

 一方、矢的先輩の抗議を、眉間に皺を寄せながら聞いていた武杉副会長は、大きな溜息を吐くと、首を大きく横に振った。


「……ダメだ。さっき会長はああ仰っていたが、僕の勘が、お前を野放しにしてはいけないと告げている。生徒会副会長たるこの僕には、我が校の品位を落とさぬ為に、お前の暴走を何が何でも止めなきゃならん義務があるのだ」

「何だよ、スギ! 人の事を、まるで汎用人型決戦兵器みたいに――」

「タチの悪さは似たようなものだ」

「ぐぬぬぬぬぅ!」


 副会長にバッサリ切り捨てられた格好の矢的先輩は、いかにも悔しそうな顔をして、ギリギリと歯ぎしりする。――うん、確かに初号機だわ。

 と、その時、


「矢的くん、もう諦めなさい」


 暴走寸前の矢的先輩(エ〇ァ初号機)を一気にクールダウンさせたのは、穏やかな表情を浮かべた撫子先輩だった。

 一見、慈母の微笑みの様に見えるが、そういう表情を浮かべる時の撫子先輩には逆らわない方がいい事は、俺たち奇名部部員には周知の事だった。

 その中でも、彼女との付き合いが一番長くて、その事を骨身に沁みて思い知っているのは、他ならぬ矢的先輩。


「で……でもさぁ、ナデシコ……」


 それでも、矢的先輩は諦めきれないのか、縋るような目をして、撫子先輩に訴えかけるが、


「抗っても無駄よ、矢的くん。彩女さんが一度言い出したら、決して退かないって事は、あなたも知ってるでしょ?」

「ぐ……ぐぬぬ……」


 撫子先輩はあっさりと首を横に振り、矢的先輩はがくりと肩を落とす

 それを見ていた行方会長は、満足げに頷くと一歩進み出て、それまでのやり取りを呆気にとられて傍観していた秋原に向けて手を差し出した。


「――やあ、初めまして、秋原獅子(ライオネル)さん。改めて自己紹介させてもらおう。私は、君が通う東総倉高校の生徒会長を務めている、行方彩女という者だ。よろしく」

「え――? な、何でアンタ……せ、先輩は、私の名前を――?」


 初対面の相手に、名前を正しく呼ばれた経験が無かったのだろう。秋原は驚いた顔をして、目をパチクリさせる。

 そんな彼女に行方会長は、傍で見ていてもドキッとするような微笑みを向けると、魅惑的なアルトボイスで答えた。


「何でって……そりゃ、私は生徒会長だからね。在籍する全生徒の名前と顔くらいは把握しておかなければおかしいだろう? たとえ、転校してきたばかりの生徒であってもね」

「――ッ!」


 行方会長の言葉を聞いた瞬間、秋原の目が驚愕で見開かれる。

 ――ああ、分かるよ、秋原。つい2ヶ月ほど前の俺も、今のお前と同じ顔をしていたからな。

 俺やお前みたいな、初見殺しの名前を持つ人間にとっちゃ、『初対面で正確に名を呼ばれる』なんて事は激レアイベントだもんな。


「あ……あの、な……ナメカタ先輩っ!」


 秋原が声を上ずらせながら、行方会長が差し出した手を、両手で包み込むようにして握り締めた。


「こ……こちらこそ、宜しくお願いします! つ……ついていきます、ずっと!」

「あ……(察し)」


 俺は、熱に浮かされた様な表情で、行方会長に対して永久(とこしえ)の帰依を誓う秋原の姿を見ながら、近いうちに、『行方彩女非公認ファンクラブ』に新たな会員が増えるであろう事を確信したのだった。

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