表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな煩悶・観戦編
24/45

田中天狼のシリアスなキャップ

 目的地の幕有コーストスタジアムは、最寄りの海浜幕有駅から徒歩で15分ほどした所にある広い公園の中にある。


「……暑っちぃ……」


 俺は、被っていたキャップを取ると、額に浮かんだ汗を腕で拭いながら、眼前に見えてきた幕有コーストスタジアムの外壁と、真っ青な空を仰いだ。

 たったの十数分で、すっかり汗だくだ。

 梅雨の合間の晴れとはいえ、今まさに中天に輝いている太陽は、もうすっかり夏の顔をしている。

 地表に照りつける太陽光線は、殺意を感じるまでに熱く、鋭く、俺たちの肌を刺しまくっていた。


「……ふぅ」


 俺の横を歩いている春夏秋冬(ひととせ)も、さすがに辟易した様子で、手で仰いで風を送ろうとしているが、正に“焼け石に水”だった。

 ――と、


「……おい、お前。これ使え」

「え……?」


 突然、目の前に濃紺色のうちわを差し出され、キョトンとした表情を浮かべる春夏秋冬(ひととせ)

 彼女は、驚いた表情のまま、うちわを差し出した秋原に問い返した。


「……いいの、ししょー? っていうか、ししょーも暑いんじゃ……」

「私は平気だ。ちゃんと、暑さ対策はしてあるから。……っつーか、お前の格好、野外球場で観戦する格好じゃねえぞ。そんな肩出した服なんかじゃ、日焼けになって、風呂に入る時に地獄を見るぞ」

「そう……? ちゃんと日焼け止めは塗ってきたよ?」

「そういう事じゃ無くてよ……」


 そう言うと、秋原は困ったように春夏秋冬(ひととせ)の格好を見て、彼女の頭に自分の掌を載せた。


「……熱っ! お前、帽子持ってきてねえのかよ?」

「帽子? そういえば、被ってくるの忘れちゃったぁ。えへへ……」

「えへへじゃねえよ! お前、夏の直射日光ナメんなよ! 熱射病になっちまうぞ!」


 真顔で春夏秋冬(ひととせ)に怒鳴る秋原を見て、俺もハッとした。

 俺は慌てて、被り直していた自分のキャップを脱いで、春夏秋冬(ひととせ)に向けて差し出した。


「――ほら、春夏秋冬(ひととせ)! これ被って!」

「え? ――でも、それって、シリウスくんのじゃ……」

「いいっていいって! 俺は男だから平気だよ!」


 戸惑う様子の春夏秋冬(ひととせ)に、半ば強引にキャップを押し付けた。

 春夏秋冬(ひととせ)は、キョトンとした顔をして、手元のキャップと俺の顔を交互に見る。

 俺は、内心でドギマギしながら、言葉を付け加えた。


「……ま、まあ、俺のが嫌だって言うのなら、アレなんだけど……」

「――ううん! 全然嫌じゃないよ~! じゃあシリウスくん、ちょっと借りるね!」


 そう言って、彼女はニッコリと笑うと、俺から受け取ったキャップを頭に乗せてみせた。


「えへへ……似合うかな、シリウスくん?」


 ……似合うも似合わないもない。

 ちょっとぶかぶかのキャップを被ってはにかみ笑いを浮かべた、ワンピース姿の春夏秋冬(ひととせ)は、いかにも女の子らしくて……可愛かった。

 俺は、やにわに心臓が跳ねるのを感じながら、それを気取られぬように目を逸らして、大きく頷いてみせる。


「う――うん! すごく……いい――あ、いや……似合ってる! 似合ってるよ! うん!」

「そう? ありがと!」


 幸い、春夏秋冬(ひととせ)には、俺の心の動揺は悟られなかったようだ。彼女は、いかにも嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。

 その屈託のない笑顔を前に、俺の顔にも自然と笑みが零れる。


「か――っ、あっちいなぁ! 今にも人体発火を起こして、あした○ジョーみたいに真っ白な灰になっちまいそうだぜ、チクショウめー!」


 ……春夏秋冬(ひととせ)の様子にすっかり和んでいた俺だったが、背後から聞こえた、飲み屋の酔っ払いのような下品な悪態に、その気分はぶち壊された。

 俺は、思わずムッとして振り返る。

 ――と、次の瞬間、唖然とした。


「……矢的先輩、『トイレ行ってくる』って言ってましたけど……。何すか、その格好は……?」

「あ? 見て分からねえのかよ、シリウス? レプリカユニフォームにキャップ、そして手にはメガホン! 野球観戦の正装だろ?」


 俺の問いかけに、矢的先輩は口を尖らせた。

 そんな先輩に、俺はジト目をしつつ言い返す。


「いや……、それは見りゃ分かるんですけど……。それって――()()()()()()()()()グッズじゃないですか?」

「ん? そーだけど?」


 俺の問いに、ケロッとした顔であっさりと頷いた矢的先輩。俺は、そのあっけらかんとした態度に戸惑う。


「いや……『そーだけど』じゃなくって……。俺たちは、秋原に北武ライオネルズ(・・・・・・・・)の試合を観てもらう為に、ここまで来たんですよね? ……何で、敵側のロッチのユニフォームを着てるんですか、アンタ……」

「は?」


 矢的先輩は、眉を顰めて首を傾げる。……何か、絶妙にムカつくな、その表情……。


敵側(・・)ぁ? いつ、オレがロッチが敵だなんて言ったよ?」

「……はい?」


 矢的先輩の物言いに、俺は唖然とした。


「え? ……そ、それって――」

「だからさぁ。ロッチファンが、ロッチのユニフォーム着て、ロッチの応援して、どこが悪いんだよ?」

「……ていうか、矢的先輩、ロッチファンだったんですか?」

「あ? トーゼンだろ?」


 俺の問いに、矢的先輩は胸を張って答える。


「そりゃ、地元のチームだもんよ、ここの県民は、みんなロッチを応援しなきゃならねえだろ、常考! ……て、あ」

「……」


 矢的先輩の目が、春夏秋冬(ひととせ)の頭の上に乗った俺のキャップに移り、その口元に、嫌な笑みが浮かんだ。


「――そういうお前こそ何だよ。そのキャップ、よく見たら、神宮スパローズのキャップじゃねえかよ」

「……う、そ、それは……」


 痛いところを衝かれて、しどろもどろになる俺。


「……これは別に……他意はなくって……ウチには、他にキャップが無くて……しょうがなく……」

「ふーん、パリーグの試合でセリーグのキャップ被ってくるような奴が、ロッチの本拠地に、ロッテのユニフォームを着てきたオレに何か意見するんですかぁ? へーッ!」

「……ぐぬぬ……」


 嫌みったらしく、大袈裟に肩を竦める矢的先輩を前に、俺はぐうの音も出ずに、歯ぎしりするしかなかったのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ