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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな煩悶・観戦編
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田中天狼のシリアスな鈍感

 「な――何をやってるんすか、き……気色悪い!」


 したり顔の矢的先輩を前に、俺は背筋に寒気が走るのを感じ、思わず声を荒げる。

 だが、矢的先輩のニヤニヤ笑いは治まらない。


「ふ~ん……“気色悪い”ねえ。お前の方こそ、目隠ししてるのがオレだって気付く寸前まで、だらしない声を出していたよなぁ。アレだって、大概気色悪かったぜ」

「ぐ――! そ……それは……!」


 矢的先輩の言葉に、俺は言葉を詰まらせるが――ふと、俺の脳裏にある疑問が浮かぶ。


「で……でも、さっき、春夏秋冬(ひととせ)のレーンから、『シリウスくん、みーっけ!』ってメッセージが……。それで俺は、てっきり春夏秋冬(ひととせ)に目隠しされてるんじゃないかと……」


 そして、首を傾げながら、矢的先輩に尋ねる。


「な……何で、アンタが春夏秋冬(ひととせ)のメッセージのすぐ後に……?」

「は? そんなの決まってんじゃん」


 矢的先輩は、呆れた様に言うと、後ろに向けて顎をしゃくった。


「――オレもアクアも、ついでにナデシコも、お前と一緒の電車に乗って来てたんだよ。電車下りる時の混雑で、お前の背中を見失ったけどな」

「い――一緒の電車ぁ?」

「そうなんだよー、シリウスくん!」


 驚く俺に答えたのは、矢的先輩の後方から現れた春夏秋冬(ひととせ)だった。

 彼女の姿を一目見た俺は、左胸の奥で心臓が跳ねるのを感じた。

 春夏秋冬(ひととせ)は、肩を出した水色のワンピースに、ヒールの低いサンダル履きという出で立ちだった。正直、野球観戦に行くファッションでは無かったが、ドチャクソ可愛いので良しとする。

 ――『可愛いは正義』。正にソレだ。

 彼女は、思わず俺が見惚れてしまっているのにも気が付かず、いつもと同じ様にニコニコと笑いながら、言葉を継いだ。


「シリウスくんが乗ってた隣の車両に、あたしたちも乗ってたんだよー! シリウスくん、全然気が付いてなかったけどね」

「と……隣? マジで?」


 春夏秋冬(ひととせ)の言葉に、俺は驚いた。彼女の言う通り、俺は全然気付いていなかった。


「だ……だったら、すぐに声をかけてくれればいいのに……」

「ごめんなさいね、田中くん」


 咎める様に言った俺に謝ってきたのは、撫子先輩だった。

 彼女は、長い髪を後ろで束ね、ゆったりとした白いシャツに、確かスキニーとかいうGパンを穿き、歩きやすそうなスニーカーという格好だった。

 ピッタリとフィットしたGパンによって、撫子先輩のスラリと伸びた脚線美が強調され、制服姿の時よりも背が高く、せくすぃーに見える。

 ……こうして見ると、奇名部(ウチ)の女子部員ってレベルが高いな。……中身はアレだけど。


「……悪かったわね。外面(そとづら)ばっかり良くって」

「フ……ファッ? な……何で分かっ……そう思うんですか? て、違うッ! そ……そんな事、思ってる訳ななな無いじゃないですか! は、ははは、ハハ!」


 心の中を見透かされ、背中から冷や汗が吹き出すのを感じながら、俺は慌てて首を横に振った。

 撫子先輩は、冬眠を妨げられたドラゴンの様な冷たい目で俺の顔をジロリと一瞥して、「……そうかしら?」と呟くと、気を取り直す様に咳払いをした。


「……まあいいわ。話を戻すわね」

「はい! そうして下さいお願いします!」

「……電車の中で、貴方に声をかけなかったのは、貴方が気付かなかったから」

「俺が……気付かなかったから?」

「そうそう! そうなんだよチミィ!」


 撫子先輩の答えに、キョトンとする俺に、ニタニタ笑いを浮かべながら、そう言ってきたのは矢的先輩だ。

 彼は、馴れ馴れしく俺の肩に手を載せながら言った。


「お前さぁ、吊革に掴まったまま、イヤホンかけてずーっとスマホ見てただろ! あんまり集中してスマホ見てるから、どのくらいで気が付くかなぁって、オレやアクアがわざと後ろを歩いてみたり、隣に立ってみたりしてんのに、全然気が付かないでやんのな!」

「……え、マジっすか……?」

「アンディ先輩なんか、シリウスくんの頭の後ろで変顔したりなんかしててねぇ。それでも気付かれないのがおかしくって、笑いを堪えるのが大変だったんだよぉ、あたし」

「……そ、そうなの……?」


 ふたりの話に驚く俺。……いや、ホントマジで気付かなかったんですけど……。


「……本当、田中くんは暗殺者には向いてないわよ。いくらイヤホンしてるって言っても、あんなに背後(うしろ)で色々やられてるのに、あそこまで気付かないなんて。……命狙われたら、すぐに頸動脈掻き切られて殺されてるわよ」

「……いや、別に暗殺者になる気も、命を狙われる様な身分になる気もないんですけど……。怖い例えするの止めてくれませんか、撫子先輩……」


 そう言って、俺は顔を引き攣らせるが、ふと気になって、周りをキョロキョロと見回した。


「……って、そういえば、肝心の秋原は一緒じゃ無かったんですか?」

「――いやぁ?」


 俺の問いかけに、三人は同時に首を横に振る。


「ううん? ししょーは見てないよー」

「現地集合だしね。後の電車で来るんじゃないかしら?」

「でも……」


 俺は、言葉を濁らせて、駅の天井から吊り下がっている電光掲示板を見上げた。


「次の電車って、12時8分着ですよ。12時集合なのに……」

「どーせ、乗り遅れたんじゃねえの?」


 首を傾げる俺の言葉をバッサリと切り捨てる矢的先輩。

 だが、俺はもうひとつの可能性に思い当たって、顔を曇らせた。


「それか……ドタキャンした――とか」

「ドタキャン? ししょーが? でも……」

「……可能性はあるだろ?」


 信じられない、といった表情を浮かべる春夏秋冬(ひととせ)に、俺は言った。


「……別に、せっかくの日曜日を、ついこの間知り合ったばかりの俺たちといっしょに過ごさなきゃならない理由は無いんだから」

「「「……あ」」」

「――しかも、それが、大嫌いな北武ライオネルズ戦の野球観戦だって言うのなら尚更だ」

「……シリウスくん」

「この前は、矢的先輩の勢いに圧されて『行く』って言ったかもしれないけれど、その後考え直して、『やっぱ止めた』って心が変わったのかも……」

「おーい……シリウス~、後ろ後ろ~……」

「そうだよ、きっと!」

「……いや、全然ちげーから」

「いいや、多分絶対そうだ――って、アレ?」


 漸く俺は、誰かが後ろに立っている気配を感じた。というか、目の前の三人が、さっきから一生懸命俺の後ろを指さしている事にやっと気が付いた。

 俺は慌てて振り返り、至近距離に人の顔がある事に度肝を抜かれた。


「う――うわっ! あ……」

「……『多分絶対そうだ』じゃねえよ。本人が言う事(・・・・・・)を信じねえのかよ、お前……」

「あ――秋原……!」


 俺の背後に立って、ずっとジト目を送っていたのは、他でもない、秋原獅子(ライオネル)その人だった。


「な……い、いつの間に……」

「私は、三十分前に着いて、ずっとお前らを待ってたんだよ! まったく……人と待ち合わせする時は、三十分前行動が基本だろうが」


 秋原は、そう言って頬を膨らませる。

 彼女は……白で『L』の文字が刺繍された濃紺のキャップを被り、同じ濃紺の配色で、胸に『HOKUBU』と染め抜かれた大きめのレプリカユニフォームを羽織っていた。

 それを見た俺は愕然としながら、思わず呟いた。


「いや……秋原、お前……ガチファンじゃん、その格好……」

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