田中天狼のシリアスな待ち合わせ
本作品はフィクションです。
作中に登場するロッチシーガルズ及び幕有コーストスタジアムに関しては、架空のものであり、
実在の団体や施設とは関係ありません。
(言っておかなければいけない気がした)
幕有コーストスタジアム――それは、東京湾の沿岸に位置し、プロ野球球団のロッチシーガルズが本拠地とする屋外球場である。
海のすぐ側という立地の為、沖合から吹きつけてくる強い風が球場内で暴れ回る事から、付いた仇名が『狂風スタジアム』。
その猛風の影響はとても大きく、ホームラン確実の大飛球が、風に押し流されてショートフライになったり、ピッチャーの投げたストレートが、凄まじい落差のフォークボールと化したりと、その猛威は、時に勝敗さえ覆す。
風という、実力以外の要素にプレーが左右されてしまう事から、それを嫌うプロ野球ファンの間で、しばしば『欠陥球場』と揶揄され、嫌悪の対象ともなっている。
だが、その風の気まぐれに最も翻弄されているのが、他ならぬロッチシーガルズなのは、皮肉というか何というか……。
ロッチは、決して実力が劣っているという訳では無いのだが、かれこれ十数年優勝から遠ざかっている。
その一番の原因は、本拠地の環境によるものだという認識は、ロッチファンを含めたプロ野球ファン達の間で、最早常識となりつつある――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ふう……あっちいな……」
幕有コーストスタジアムの最寄り駅である海浜幕有駅の改札を出た俺は、むわっと押し寄せた熱気に、思わず顔を歪めた。
六月最終週の日曜日は、梅雨の合間の晴れとなった。真っ青な青空の真ん中で、燦々と輝く太陽の熱は遠慮会釈もなく地表に降り注ぎ、梅雨の湿った空気を温め、俺は立っているだけで茹でダコになってしまいそうだった。
――いや、太陽だけじゃないな。
俺は、ウンザリとした顔をして、目の前の光景を眺めた。
――人、人、人、人、人、人……!
駅の南口出口を埋め尽くす、文字通りの“黒山の人だかり”が、ゆるゆると蠢いていた。
黒い野球帽を被ったおっさん達や、縦縞のストライプ――ロッチシーガルズのレプリカユニフォームを着て、キャピキャピとはしゃいでいる若い女性の一団。
ロッチのロゴマークがプリントされたリュックサックから、何処かの機動戦士みたいに、フラッグを二本差している、サングラスを額にかけた若い男……。
もちろん、北武ライオネルズの濃紺ベースのキャップやレプリカユニフォームを身につけている人たちも、黒山の人だかりの中に見受けられるが、ロッチのそれに比べると、良くて二割といったところか。
地元の総倉市の人口よりも多いのではないかと思われる、人の群れを前に、俺はただただ圧倒されていた。
俺は、大きく両手を広げ、薄ら笑みを浮かべながら呟く。
「見たまえ……人が、ゴミの様だ……!」
――うん、一度言ってみたかった。
俺は、某国民的アニメ映画の一幕の再現が出来た事に大いに満足し、 ごほんと咳払いをすると、キョロキョロと辺りを見回した。
「さて……みんな、どこに居るのかな?」
あの日、部室で、秋原獅子の為に、みんなで野球観戦に行く事になった奇名部は、12時丁度にここ、海浜幕有駅の南口改札前で落ち合う事にしていた。
……だが、これだけ密集した人混みの中では、みんなを見付ける事は容易ではない。
「しくじったなぁ……。改札前なんかで待ち合わせするんじゃ無かった……」
今更悔やんでも、後の祭りだ。
俺は、胸ポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押した。
明るくなった液晶画面の中央に、大きく“11:49”という数字が並んでいる。
「10分前か……。さすがに、みんな駅に着いてる頃だと思うけど……矢的先輩以外は」
他の三人ならともかく、あの矢的先輩がキチンと時間を守るイメージが、全く湧かない。
そもそもの言い出しっぺなので、普通だったら真っ先に現地に到着しているべきなのだが、あの男にそんな甲斐性は期待できない。
――と、
ブーッ ブーッ ブーッ
「う――うわっ!」
手に持っていたスマホが突然震え始めて、俺は驚きの声を上げた。俺の悲鳴を耳にした周囲の人たちが、何事かと一斉に振り返る。
「あ……あう、スミマセン!」
望まぬ注目を浴びてしまった俺は、顔面が燃え上がる錯覚を覚えながら、ペコペコと頭を下げまくった。
……うう、何か、綺麗なお姉さんに笑われちった……。
俺は、心に地味なダメージを負いながら、スマホの画面に目を落とす。
画面中央に、ついさっきまでは無かったウインドウが浮かび、その枠内には『新着メッセージがあります』というメッセージが表示されている。
「……あ、そうか。わざわざ探し回らなくても、レーンでメッセージを送ればいいんだ」
ついこの前まで、スマホどころかガラケーも持っていなかった超アナログ人間だった俺には、目から鱗の発見だった。
俺は、科学の進化に感動を覚えつつ、レーンを起ち上げ、“新着メッセージ”が表示されるのを待つ。
「……お、春夏秋冬からか……」
俺は、微かに胸が高まるのを感じつつ、白抜きの“1”が記された赤丸が点いている春夏秋冬のアイコンをクリックした。
一瞬のタイムラグの後に開く春夏秋冬のトーク画面。
そこには、
『シリウスくん、みーっけ!』
というメッセージと、どこか見覚えのある男の後ろ姿を映した画像が載っていた。
「あれ……? この画像の背中って……俺?」
――という事は……、今後ろに?
俺は慌てて後ろを振り返ろうとしたが、突然視界が真っ暗になった。
「う――うわっ?」
「――動くな! 命が惜しかったら、両手を上げろ!」
驚いて身体を硬直させる俺の耳元で、押し殺した声が囁きかけた。
一瞬驚いた俺だったが、すぐに状況を理解して、口元をだらしなく綻ばせる。
「……だ、誰だろう? 分からないなぁ~……」
俺はしらばっくれる。――誰がなんて解りきっているのにな。
こうやってからかわれていても、春夏秋冬の仕業だというのならば、悪い気はしない……。
力強く大きな手のひらで目隠しをされ、仄かに餃子の残り香がする吐息が耳にかかり――、
……ん?
「んんんんっ?」
違和感を覚えた俺は、慌てて目隠しをし続ける手を振り払った。
くるりと振り返った俺の目に映ったのは、
「あらぁ~、そんな乱暴に拒絶するなんて、シリウスくんの、い・け・ずぅ~♪」
ニタニタと気持ちの悪い笑いを浮かべた、矢的先輩の顔面だった……。




