矢的杏途龍のシリアスな提案
今回の更新にあたって、前回の『矢的杏途龍のシリアスな挑戦』の後半を変更しております。
大変お手数ですが、既読の方はご確認を宜しくお願い致します。
「ま……まあ、それはともかく、だ」
春夏秋冬の剣幕に辟易しながら、矢的先輩はゴホンと咳払いをして話を戻す。
「とにかく、お前の中で燻っている、北武ライオネルズに対するコンプレックスだ憎悪だ何だを、どうにかしてやらなきゃ、だろう?」
そう言うと、矢的先輩は、先程までとは打って変わった真剣な表情を浮かべて、秋原の顔を凝視する。
「……っ!」
さっきみたいに、激しく罵ろうと息を吸った秋原が、その鋭い視線に射すくめられて、息を止めたのが分かった。
俺たちも固唾を呑んで、矢的先輩の次の言葉を待つ。
――たまに、こんなマジなモードになるから、矢的先輩は侮れないんだ……。本当に、ごくごくたまに、なんだけどね……。
と、矢的先輩は、自分の鞄をゴソゴソと漁り、スマホを取りだした。
そして、液晶画面に指を滑らせながら、何かを調べている様子だったが、
「お。……ちょうどいいじゃん」
と独り言ちて顔を上げると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
そして、秋原にスマホの画面を突きつけ、声高に叫ぶ。
「よーし! 秋原獅子!」
「な……何だよっ?」
「あーんどっ! お前達もっ!」
「は?」
「ふぇっ?」
「……」
突然、矢的先輩に声をかけられて驚く、俺たち奇名部メンバー……あ、撫子先輩はそこまで驚いてなかったな……。
矢的先輩は、したり顔でスマホの画面を指さしながら言った。
「取り敢えず、来週の日曜、予定を空けておけ! ここ行くからなっ!」
「は――はあ?」
突然の話に理解が追いつかず、呆気に取られる俺と春夏秋冬、そして秋原。
とにかく、矢的先輩の指し示すスマホの画面を凝視し、更に首を傾げた。
「こ……これって――幕有コーストスタジアムのプロ野球公式戦……ロッチ―北武戦?」
「そ♪」
俺の呟きに、矢的先輩はコクンと頷く。
「丁度、今週の金曜日から三連戦だ。渡りに船とはこの事よ! いや~、さすがオレ! 持ってるねぇ~♪」
「――い、いやいや、何で?」
俺は、脳天気に笑う矢的先輩にツッコんだ。
「な……何で、秋原が奇名部に入るか水泳部に入るかって話をしている時に、野球観戦しに行くって話になるんですか? 関連が――」
「関連はあるさ。大アリだ」
俺の言葉を遮って、放った矢的先輩の言葉には、これ以上無い自信が漲っていた。
彼は、再び秋原の方に向き直ると、確認するかの様に、静かに尋ねた。
「ライオネルさあ……。話を聞いた限りだと、十年前の黒獅子事件から、北武の試合とか観た事ないだろう?」
「と……当然だろ! あんな非道い不正をしやがったクソみたいな野球チームなんて、観る気になんかならねえよ!」
秋原は、眉を吊り上げて、怒りと嫌悪を露わにする。
と、矢的先輩は、大きな溜息を吐いて言った。
「……確かにさ。十年前の事件は非道かったよ。――でも、今の北武ライオネルズは随分変わったんだぜ?」
「……変わった?」
「ああ」
僅かに目を丸くする秋原に頷くと、矢的先輩は言葉を続ける。
「あの件に関わってた球団関係者は、殆どが辞職したり、関係無い部署に異動したりして、今は殆ど残ってない。球団内にコンプライアンス機関を設置して厳しく監視してるし、選手だって、今の主力の殆どは、最近真っ当なドラフトで入団した選手が中心だしな。最多安打記録持ちの芦山とか、ホームラン王の天川とか、去年新人王取った弦田とか。――分かる?」
そこまで言うと、矢的先輩は一旦言葉を止め、じっと秋原の顔を見ると、再び口を開いた。
「――お前が毛嫌いしてた北武ライオネルズは、もう無いんだ。今は、名前が同じなだけの、全く違うチームがあるだけだって事」
「そ……そうは言ってもよぉ!」
秋原は、矢的先輩の言葉に、激しく抵抗するかの様に、首を横に振る。
「そんな事を言ったところで、どうせみんな、肚の中では『不正している』とか『優勝をカネで買う意地汚い球団』とか思ってるに違いないし、実際そういうチームなんだよ、絶対! それで、同じ名前の私もとばっちりで……!」
「だから……そういう事は、実際に試合や選手を観てから判断しろって言ってんだよ」
「……っ」
矢的先輩の圧し殺した声に、秋原は表情を変えて押し黙った。
そんな彼女に、矢的先輩は噛んで含める様に言葉をかける。
「いいか……? この際、奇名部に入るのか、それとも水泳部か、はたまた全然別の部なのかは関係無い。とにかく、今のお前が胸に抱えてるモヤモヤした感情をハッキリさせる為にも、一回北武の試合を観るんだ。――結論は、その後に出しゃあいい」
「……」
「ねえ、ししょー! 行こうよ、一緒に!」
ふたりの間に割って入ったのは、春夏秋冬だった。
彼女は、無垢な笑みを浮かべながら、秋原に訴えかける。
「何だか、ししょーの言う事も良く分かるけど、アンディ先輩の言う事も良く分かるんだ! ほら、良く言うでしょ? 『ひゃっぷんはいっぷんにしかず』って!」
「……それを言うなら、『百聞は一見にしかず』ね、アクアちゃん」
撫子先輩が、やんわりと春夏秋冬の間違いを訂正する。
そして、秋原に向かって、その顔に穏やかな笑みを湛えながら、静かに言った。
「……でも、本当にその通りよ。実際に見て、初めて気付く事もあると思うから……」
「……」
撫子先輩の言葉に、困った顔をして俯く秋原。
……しょうがない。ここはひとつ、俺も背中を押してやるとするか。
そう思って、俺は一歩前に出て、秋原に声をかける。
「――まあ、行ってみようぜ。結構、野球観戦って面白いんだよ。球場の中に売店があって、結構美味かったり、チャンスの時には、球場の皆で声を合わせてチャンステーマを歌ったり、小さな傘を差して、太鼓に合わせて振ってみたり……」
「……いや、それはちょっと内容がずれてるだろ」
「……え?」
矢的先輩の冷めた声に、俺の言葉は中途で途切れた。
と、春夏秋冬も、困った様な苦笑いを浮かべつつ、首を傾げる。
「そうだねぇ……。ごはんがどうとか、応援がどうとかは、ちょっと違うよねぇ」
「……えと……」
「うん、違うわね。……今は、秋原さんが北武ナントカって野球チームに抱いてる負の感情をどうにかしようって話してたのに、野球観戦の面白さを滔々と語られてもね……」
「……」
撫子先輩の容赦ないダメ出しに、俺はぐうの音も出ない。
そして、矢的先輩がジト目で俺を見ながら言う。
「まったく……これだからコミュ障は。日頃、会話のキャッチボールを怠っているから、そんな全然トンチンカンな事を口走るんだよ、シリウスは!」
「……スミマセン……」
「傘差して江戸音頭は、北武じゃなくて神宮スパローズの応援だろ? 全然関係無いじゃん」
「ハイ、ソウデスネ……。――って! そのツッコミも、全然論点が違くねぇっ?」
矢的先輩がドヤ顔でかましてきたピントのズレまくった指摘に、俺は思わず全力でツッコミ返した。




