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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第二章 田中天狼のシリアスな煩悶・勧誘編
18/45

秋原獅子のシリアスな嫌悪

 「……シャーラップッ! ビークワイエット! アイキャントスピークイングリーッシュ! メルシーボクゥッ!」


 そのまま、和気藹々と『炎愛の極星』談議に花を咲かそうとし始めた女性陣を、無駄に発音のいい英語で制したのは、まだぐっしょりと身体を濡らしたままの矢的先輩だった。

 ……つうか、後半なんだよ……。『私は英語が喋れません』をそんな流暢に……そして、最後が何故に謎にフランス語? ――意味が解らないよ、Andrew(アンドリュー)……。

 しかし、女子たちは、矢的先輩の勢いに圧されたように、息を呑んで、一斉に彼の方を見た。

 仁王立ちの矢的先輩は、胸を反らしながら秋原を指さし、声高に叫ぶ。


「ライオネエ~ルッ! いいじゃあないか、とっても個性的な名前で! 何を恥ずかしがる事があるのか? 獅子と書いてライオネルと読ませる……それは、アレだろ? プロ野球の“北武ライオネルズ”から取った――」

「ウ……ウワアアアアアア~ッ!」


 矢的先輩の言葉を遮って、秋原が絶叫した。……あれ? このリアクション、どっかで見たような気がする……。

 彼女は、座っていたパイプ椅子を尻で弾き飛ばす勢いで立ち上がり、目を血走らせながら、腕を伸ばして矢的先輩の胸倉を掴んだ。


「て……テメッ! そ――それ以上言うんじゃねえ!」

「お……おお~? ちょ、ぼ、暴力反対! ラ~ヴアンドピ~ス! ラァ~ビュア~ンドピイイィスでいこうよ……な、な?」


 胸倉を掴まれて、身体を引き寄せられそうになった矢的先輩は、慌てて両手をばたつかせながら、必死に愛と平和を訴える。……にしても、なんか腹立つ発音だな……。

 秋原、二発までだったら殴っていいぞ。


「だ、ダメぇ~! 乱暴はダメだよ! 手を下ろして!」


 春夏秋冬(ひととせ)が、珍しく緊迫した声を上げる。……いや、まだ、秋原は手を出してない。もうちょっと待ってから――。


「ダメダメ! なでしこ先輩がぶったら、本当に洒落にならない事になっちゃうから……落ち着こう、ね?」


 ――って、止めてるのは撫子先輩(そっち)の方かい!

 俺は、視線を廻らし、据わった目で秋原を睨みつけ、腰を落として拳を振り上げようとしている撫子先輩と、必死でその腕に縋り付いている春夏秋冬(ひととせ)の姿を見止め、慌てて彼女の助太刀に回る。

 ……矢的先輩(アホ)ならともかく、(外見はヤンキースケバンだが)一般的な女子高生でしかない秋原に、古流武術の目録持ちの撫子先輩が攻撃を加えるとなると、春夏秋冬(ひととせ)の言う通り、洒落にならない凄惨な事態に……。

 せっかく、幽霊部室疑惑を払拭したこの部屋が、本当の事故物件になってしまう――!

 俺は、撫子先輩と秋原の間に、自分の身体を滑り込ませながら、秋原に向けて叫んだ。


「おい、秋原! 頭冷やして! 暴力は良くないよッ!」

「…………チッ!」


 俺の絶叫が彼女の耳に届いたのか、秋原は舌打ちをして、忌々しげに、矢的先輩の襟から手を放した。

 そして、荒い息を吐きながら、先程自分の尻で弾き飛ばして横倒しになったパイプを立て直して、どっかりと腰を落とした。

 そして、上目遣いで――まるでガンを飛ばすように、俺たちの顔を見回し、最後に締められた首元を押さえる矢的先輩に顎をしゃくると、


「……どうせ、あしらっても、コイツ(矢的)はしつこく訊こうとしそうだから、正直に言ってやるよ」


 と、深く溜息を吐いた。そして、俯いたまま、ポツポツと語り出す。


「……そうだよ。私が、自分の名前が大嫌いな理由は……、よりによって、あの北武ライオネルズから付けられた名前だからだよ」

「……」


 俺と春夏秋冬(ひととせ)は、顔を見合わせた。“北武ライオネルズ”といえば、プロ野球球団のひとつだ。二十年前くらい前は、日本シリーズを五連覇したりと、“黄金時代”と呼ばれる程の強さを誇っていたが、最近では、その強さは見る影もなく、ペナントレースでBクラスに甘んじる事も多い……らしい。――俺の知っている北武ライオネルズの概要は、そのくらいだ。

 生憎と、俺はセンチネル・リーグに所属する、神宮スパローズのファンなので、パラダイス・リーグ所属の北武の事はよく分からない。

 俺でさえ、その程度の知識しか無いのだから、春夏秋冬(ひととせ)や撫子先輩には、尚更分からないようだ。

 ――そこまで秋原が、自分の名前の由来である北武ライオネルズを嫌っている、その理由が。

 そして、そんな俺たちを前に、秋原はポツポツと語り出す。


「知ってるか? 十年前の“裏金買収事件”って」


 挑むような目で俺たちを見据えながら、秋原が紡ぎ出した言葉には、どこかで聞いた事があるような気がしたが、俺はそれが何なのか思い出す事は出来なかった。

 だが、矢的先輩は、その一言だけでピンときたらしい。彼は眉根を顰めながら呟いた。


「……“黒獅子事件”か……」

「へえ、知ってるんだ」


 矢的先輩の呟きを耳にした秋原が、目を丸くして嗤った。


「……何なの、矢的くん? ……その、“黒獅子事件”――って?」


 未だに、話が見えていない他の三人を代表して、撫子先輩が矢的先輩に尋ねる。

 矢的先輩は、小さく頷いて言った。


「黒獅子事件……ちょうど十年前のプロ野球ドラフト会議の直前に発覚して、球界を揺るがした大事件の事だよ」

「……大事件? ドラフト会議……? それって、なあに?」


 首を傾げる春夏秋冬(ひととせ)に、俺が小声で囁いてあげる。


「ドラフト会議っていうのは、甲子園大会とか大学野球とかで活躍した、高校生や大学生、それに社会人を球団が順番に選んでいってスカウトするっていう会議だよ。ドラフト会議で選ばれないと、プロ野球選手にはなれないんだ」

「へ~……、そうなんだぁ」


 と、俺の説明に大きく頷いた春夏秋冬(ひととせ)だったが、再び首を傾げた。


「……あれ? でも、それとししょーの“獅子(ライオネル)”っていう名前に、どんな関係があるのかな……?」

「さあ……」


 春夏秋冬(ひととせ)の疑問は、俺も同じく抱いていたものだった。プロ野球ファン歴が浅い俺も、十年前の球界の事件とやらはよく知らない。

 秋原は、春夏秋冬(ひととせ)の言葉に唇を歪めると、皮肉気な笑みを浮かべて言った。


「関係……大アリなんだよ。――あの事件のせいで、私の人生は……大きく歪んだんだ」

 本文中に出てくる「北武ライオネルズ」のモチーフは、言うまでもなく埼玉西武ライオンズです。「神宮スパローズ」はヤクルトスワローズですね。

 もちろん、この物語はフィクションなので、実在の団体・人物は一切関係がございません。悪しからず!

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