春夏秋冬水のシリアスな師匠
ブブー……ブブー……ブブー……。
俺と矢的先輩が、熱い激論を戦わせている最中、俺のズボンの尻ポケットが細かく振動した。――いや、俺だけではない。長机の上に置いてあった矢的先輩のスマホも、撫子先輩のカバンの中も、同様に規則的な振動を繰り返した。
「……ひゃんっ?」
俺は、初めて感じるこそばゆい感覚に、思わず変な声を上げてしまった。「ブッ!」と、スマホに手を伸ばした矢的先輩が噴き出すのが視界に入った。
何も、笑う事ないだろうが……と、ムッとして矢的先輩の顔を睨みつけようとするが、その横で俯いた撫子先輩の肩までもが細かく震えているのに気が付いて、大きく溜息を吐くだけに止めた。
「レーンのグループライン……アクアちゃんからね」
撫子先輩が、そう呟きながら、白魚の様な細く白い指で、スマホの画面をタッチしていく。俺も、尻ポケットから取り出したスマホのロックを解除して、レーンのアプリアイコンを押す。――確かに、『奇名部グループ(4)』のアイコンに、新着メッセージありのランプが灯っている。……というか、グループアイコンに、『炎愛の極星』の耽美なイラストを使うのは、マジメに止めてほしいのだが……。
まあ、その事は置いておいて……と、俺は辿々しい手つきで、グループのトーク画面を開く。
開いた画面には――、
あくあ『みんな、しゅうごー!』
――とだけ、メッセージが入っていた。
「……何だ、こりゃ?」
俺は、メッセージの意味が掴めずに、キョトンとして首を傾げる。もっとも、それは俺ひとりでは無かったようだ。矢的先輩と撫子先輩も、当惑を隠せない顔で、お互いの顔を見合わせている。
と――、
ブブー……ブブー……ブブー……。
再び、三人のスマホが同時に振動した。そして、開いているグループメッセージに新しい表示が浮かぶ。
「ん? ここって……プールか?」
矢的先輩の呟きの通り、新しく表示されたのは、太陽の光を反射してキラキラと輝くプールの水面の画像。そして、画像の左端には、自撮りの格好で、にへらあという擬音が似合いそうな笑みを浮かべる春夏秋冬と――、迷惑そうな表情で顔を逸らしている、金髪の少女が映っていた。
「おーい! みんな~! こっちだよ~!」
階段を上って、屋上のプールに現れた俺たちに、喜色満面で手をブンブンと振る春夏秋冬。その傍らで、膨れた面をして立ち尽くす、スケバンの格好をした長身の女生徒――秋原獅子。
「――お! さっすがアクア~! オレが話をする前に、対象を確保してくれるなんて! どっかの誰かさんと違って、ほんまに出来る子や~!」
矢的先輩は、階段を一段飛ばしで上りきると、上機嫌で叫んだ。……ハイハイ、出来ない子で済みませんでしたね!
だが、当の出来る子は、矢的先輩の言葉にキョトンとした顔をする。
「んー? なになに? 何の事~?」
「へ?」
春夏秋冬と矢的先輩は、同じように首を傾げる。
後から来た撫子先輩が、春夏秋冬に対して、先程の矢的先輩の言葉を補足する。
「……ちょうど、私たちも、その子を探そうとしていたのよ。その、秋原さんを」
「あ、アキハラさんって言うんだ、ししょーは!」
「……ししょー?」
今度は、撫子先輩と矢的先輩が首を傾げた。
俺は、ハッとして言った。
「ああ……。春夏秋冬は気付いたのか。秋原が、一昨日のプールで――」
「そうそう! あたしにクロールを教えてくれたから、ししょーなの!」
そう言うと、春夏秋冬は顔を輝かせて、傍らの秋原の腕に抱きついた。
が、当の師匠の方は、至極迷惑そうな顔だ。
「……いや、それは別にいいって言ってんだろ? ――それよりも、お仲間へのご紹介が終わったんなら、私はもう行ってもいいだろ?」
秋原はそう言うと、春夏秋冬の腕を振り解く。つれなくされた春夏秋冬は、ぷうと頬を膨らませる。
「え~! これからみんなと一緒にお話ししようよー。せっかく、また逢えたんだから~」
「ヤだよ。私は色々忙しいんだよ。今から――」
そう言って、彼女は背後のプールを指さす。
「ここで、水泳部の見学をするんだから」
彼女の指の先では、ウチの水泳部の練習がウォーミングアップを済ませて、これから泳ぎ始めようと準備を進めている。
屋上プールは、俺と春夏秋冬が奇名部に勧誘される前に、一緒に弁当を食べていた四月の頃とは打って変わって、綺麗に清掃され、その湛える水も透明で、キラキラと輝いていた。
……そういえば、俺たちを勧誘する為に、清掃前の濁ったプールに浸かり続けていた矢的先輩が、その後に体調を崩して、一時、生死の世界を彷徨ってたんだっけ……。
あれから、もう二ヶ月か。月日の経つのは早いなぁ……。
――閑話休題。
「――じゃ、そういう訳で」
秋原は、そう言い捨てると、くるりと踵を返して、プールサイドの方へと向かおうとする――。
「――ちょっと待ったァアアアアアッ!」
そんな彼女を、大喝して引き止めたのは――矢的先輩! 彼は、両腕で大きなバッテンを作りながら、メガネの奥の目をひん剥いて叫んだ。
「秋原ライラライラミラライラァァァアアアアッ! 我々奇名部は、貴様ほどの逸材を逃しはしなギャアアアッー!」
「誰だそれはぁあああっ!」
矢的先輩の絶叫は、秋原のドロップキックにより、途中から悲鳴に変わった。




