田中天狼のシリアスな特命
「……何ですか、コレ?」
俺は、『部活動ガイドライン細則変更案』から目を離して、眉根を寄せて矢的先輩に訊いた。
いや、書いてある内容は理解した。要するに、部員が四名以下の部は、『准部』というグレードに堕とされて、支給される部費が40パーセント削減されるという事だ。
――この奇名部にとっては一大事である。
現在『奇名部』の部員は、矢的先輩・撫子先輩・春夏秋冬、そして俺の……四名である。このままでは、間違いなく部費削減の対象になる――。
矢的先輩は、忌々しげに舌打ちをすると、吐き捨てるように言った。
「だから、先週の生徒会から一方的に通達されたんだよ。やり方が汚えよな、全く!」
「――でも、話自体は『提案』として、先々週の部長会議で取り上げられたんでしょ? でも、そこで特に異議が出なかったから、生徒会で稟議を通して、先週通達した……って、彩女さんが言っていたわよ」
は? じゃあ……。
「……何で部長会議の時点で異議を唱えなかったんですか? 部長会議に出席していたのは、矢的先輩ですよね?」
俺の問いに、矢的先輩は、バツが悪そうに目を逸らす。
「いやぁ……あの日は珍しく晴れてて、丁度オレの席の後ろがい~い感じの日だまりになっててさ……つい、ウトウトと……」
「寝てる間に、この准部制度の提案が、まんまと通っちゃった……って事ですかぁ?」
呆れた……と、俺は大きく溜息を吐いた。
「……というかさ、あれは陰謀だったんじゃ無いかと思うんだよね、オレは!」
矢的先輩は、憤懣やるかたない、と言わんばかりに、握り拳で長机を叩いた。
「絶対に、この部活動費削減案に断固反対する筈の、このオレの口を封じる為に、わざと日当たりの良い席に座らせた――そうだ、そうに違いない! 謎は全て解けたァッ!」
矢的先輩は、自分で考えついた推理に、すっかり心を囚われているかのように、目をギラギラと輝かせながら、早口で捲し立てる。
「犯人はアイツだ! 武杉副会長の野郎! ヤツがオレをハメたに違いない! よし……こうなったら、生徒会室に乗り込んで、この真実を突きつけてやる!」
そう叫ぶと、矢的先輩は弾かれたように立ち上がり、大股で部室の扉まで行く。
そして、振り返って、俺に向かって手招きをした。
「おい、何をしている! 行くぞ、シリウス!」
「ええ? 俺も行くんですか? ――嫌ですよ、押しかけるんならひとりでやって下さいよ」
俺は、激しく首を横に振って拒否の意を示す。
矢的先輩は、ぶうと頬を膨らませて言う。
「何だよ、一緒に来いよぉ! 様にならないだろうが! お前が、毒針を食らって眠りこけた振りをして、物陰に隠れたオレが腹話術で事件の真相を語る……」
「いや、それって、まんまあのマンガの真似ですよね? 何で俺がそんな寸劇に付き合わされなきゃならないんですか! つか、俺の方が『眠りの小三郎』役かよ! 肝心な時に眠りこけてたのは、アンタの方だろうが!」
俺も、ついつい言葉が荒くなって、矢的先輩に強い口調で突っかかる。
「……というか、その陰謀論が真実だろうが違ってようが、一度決まった通達を引っ込めさせる事は出来ないんじゃないかしら? 武杉くんを吊し上げたところで、意味無いんじゃない……? 結局、大事な部長会議で居眠りしてしまった矢的くんの落ち度だと思うわよ」
「……ぐ、グヌヌヌ……」
撫子先輩の発した、至極真っ当な意見に、矢的先輩は論駁できずに、ギリギリと歯ぎしりをする。
そんな矢的先輩をほっぽって、撫子先輩は俺の方に向き直り、口を開いた。
「――と、いう訳で、私達は早急にもう一人部員を増やさなければならなくなったの。そうしたら、ちょうど今日、田中くんのクラスに珍しい名前の転校生が入ったっていうお話を聞いて……ちょっと期待してたんだけどね……」
「あ……それで……。何せ、そんな話がある事自体知らなくて……すみませんでした、撫子先輩……」
「知らなかったのなら、しょうがないわよね。私達も、もっと早くこの『提案』の件を話しておくべきだったわ。まさか、この期に及んでまで、情報があなたの耳に入らないなんて。……田中くんのコミュニティ範囲の狭さを侮っていたわ……ゴメンなさい」
「……あれ? 今、俺、ナチュラルにディスられませんでした?」
「気のせいよ」
「あー、そうっすか。気のせい……ですね」
……そうかぁ? 俺は、釈然とせずに首を傾げた……が、相手は撫子先輩だ。――深追いするのは止めようそうしよう、うんうん。
俺は、気を取り直し、話題を戻す。
「……じゃあ、あの秋原獅子を、奇名部に勧誘した方がいいって事です……よね、やっぱり」
「そらそうよ」
俺の言葉に、得たりとばかりに大きく頷く矢的先輩。俺は、予想された通りの答えながら、陰鬱な気分になり、溜息を吐いた。
「正直、気が乗りませんね……。ちょっと変わった人なんで……」
「ああ、聞いた聞いた。ショーワクラシカルスケバンスタイルで学校来たんだろ、ララーラーラララーラー?」
「……最早原型止めてませんけど……。ライオネルです」
ボケなのか本気なのか、矢的先輩に関しては判断がつかない……。取りあえず、深く追及するのは止しておいた。だって、面倒くさいから。
「まあ、矢的先輩が聞いた通りです。より正確には、『世紀末メイクのスケバンコスプレ』で登校してきましたね、彼女」
「……大丈夫なの、その子?」
撫子先輩が眉を顰める。まあ、無理も無いだろう。――でも、
「大丈夫だと思いますよ。直接話した限りでは、見た目ほど悪い人では無いかと思います。……口調は悪いですけど」
そう言って、俺は横目で矢的先輩を見て、小声で付け加えた。
「……少なくとも、矢的先輩よりはよっぽど……」
「あん? 何か言ったか?」
「いえ! 何も!」
俺は、目を背けてすっとぼけた。
「――つうかさあ」
と、矢的先輩が、目をキラキラと輝かせて言ってきた。
「でも、その子と、もう話をしてるくらい親密なんだから、シリウスが口先三寸でちょちょいと騙くらかして入部届にサインしてもらえば、全ての問題が解決するんじゃねえか?」
「は? ――いや、騙すのはダメでしょ。……何気に、部室に連れてくるよりも難易度上がってるじゃ無いですか!」
「んだよ、いいじゃん! 武杉みたいな固い事言うなよ~。――それが嫌だったら、何とかしてその子をここまで連れてこいよ。あとは、オレが手練手管で……」
「いやいや、んな物騒な事を聞いたら、尚更連れてこれないっすよ!」
「――じゃ、入部届にサインを……」
「いや、騙すのはイカンでしょって話で……」
「だーかーらー! それなら、オレがやるから……」
「それもダメだって――!」
俺は、矢的先輩の圧力にも屈せず、毅然とした態度で拒絶する。
矢的先輩と俺のやり取りは、このまま千日手に陥るかに思えたが――、その膠着状態は、もう一人の奇名部員によって破られる事になるのだった――。




