秋原獅子のシリアスな戸惑い
昼休み、俺は既に疲労困憊で、コンビニで買っていたアンパンとコーヒー牛乳を3分で胃袋に詰め込むと、机に突っ伏して昼寝に移行した。
朝のホームルームの後、休み時間の度に殺到するクラスメイト共に、いちいち彼氏云々疑惑の釈明に追われてしまったせいで、元々高くない心のSAN値をゴリゴリ削られた為だ。
何だかんだで、誤解は解けたようで何よりではあるが……、問われる度に、「考えてもみろよ? 俺だぜ? こんな俺みたいな男に彼女なんて出来るわけ無いじゃん、pgr!」と、自分自身に刃を突き立てる回答を答え続けなければならないのは、一体何のドMプレイだろうか……? もう、これ以上刃を突き立てるスペースも無い程のハリネズミ状態よ、俺の心。
更に、殆どのクラスメイトがそれを聞くと、「ああ、確かにそうだわ」とアッサリ納得して引き下がるのも……釈然としない。
何ですか? そんなに俺に彼女がいないっていうのは、当たり前の事象なんですか? 世界の摂理ですか? も、もうちょっとだけ、しつこく突っ込んでくれてもいいんだからね!
…………ああ、虚しい。
と、教室の扉が開いた気配がして、ペタペタと、踵を履き潰した上履きでこちらの方に歩いてくる足音が聴こえた。
そして、ガラガラと耳障りな音を立てて、右隣の席の椅子が引かれ、「あーあ、クソが!」という、ため息混じりの悪態が俺の耳に届く。
「――おーい! 起きてんだろ? たー……た、たな……タナベ?」
「田中だよ! 何でそっちを間違えんねんッ!」
名字の方を間違われて、思わず伏せていた顔を上げてツッコむ。――あ、しまった。何を言われても無視するつもりだったのに……。
「んだよ、マジでタヌキ寝入りかよ」
案の定、秋原は身体をこちらに向けて、完全に俺を話し相手にしようとして……アレ?
彼女の顔を見た俺は、すぐに違和感を感じた……いや、逆だ。違和感が無い事に違和感を感じた。
「……どうしたの? さっきよりも随分スッキリした顔になったな……」
「う……うっせーよ!」
彼女は、スッピンの顔を林檎よりも真っ赤にして怒鳴った。
「……さっき、生活指導の先公に引きずられてよぉ、『その顔は何だぁ!』とか散々怒鳴られた挙げ句に、顔を水道でジャブジャブ洗われて、化粧を全部落とされちまったんだよ……クソが!」
「いや、アレはさすがにマズイだろ……。何十年前のスケバンだよ、って」
「テメッ! ……って……まあ……アレは確かに……ちょっと気合を入れ過ぎたとは……自分でも……お、思うけどよォ……」
秋原の威勢のいい怒鳴り声は、風船が萎む様に、どんどん小さくなっていった。
俺は、秋原の姿を上から下までじろりと見て言ってやる。
「でも、その改造セーラー服はセーフなのか……」
「……いや、コレもスゲえ怒られた。……明日には指定の制服にしてこいって……」
「……そもそも、何でその制服を着てきたし」
「……何事も最初が肝心だと思って……ナメられないように、古着屋で300円で売ってたやつを買って着てきた」
「はあ? 前の学校で着てた制服じゃなかったの?」
俺の言葉に、さっきまでの態度が嘘のように、しおらしい顔でコクンと頷く秋原。俺は、口をあんぐりと開けて、ホトホト呆れた。
「……要するに」
俺は、クソでかい溜息を吐くと、要点を詳らかにするべく、言葉にする。
「――キミの、その格好は、転入早々にナメられない様にする為のコスプレだったって事か……?」
「う……コスプレ……まあ、そういう言い方も……できなくは……」
秋原は、不承不承ながら認め、ガバッと顔を上げて、真剣な顔で俺ににじり寄ってきた。
「な……何だ何だ?」
「なぁ! どうなってんだよ、このクラスは? こんだけ気合入れて、初対面でビビらせてやろうと思ったのによぉ! ぜーんぜん、普通に接してきやがるの! さっきなんか、この格好の私に、『秋原さん、これからはライオネルちゃんて呼んでいーい?』とか、気さくに話しかけてきやがんだぜ! ――普通、こんな格好してる様な、いかにもヤンキー相手にはちょっとは警戒するモンなんじゃねえの?」
「まあ……慣れてるんだよ、変人には」
「誰が変人だコラァッ!」
激昂した秋原が俺の襟首に掴みかかる。
「ウグ……ギブギブ! ……て、大して締まってないし!」
俺は、彼女の手首を掴んで、引き剥がす。大して力を加えていないのに、彼女の手は、容易く外れた。
「つーかね。最初っからバレバレなんだよ。アンタ、ホントは凄くいい人だもん。言葉遣いや態度を頑張ってワルぶってみせてるけど。もう、態度や言動から、その人の良さが滲み出ちゃってるんだよ。だから、みんな恐れげもなく、秋原と仲良くなろうとしてるんじゃん」
「……人が良い? わ……私が? て、テメエも、そう思うのかよ?」
秋原は、目を泳がせながら、俺に問う。
俺の答えはハッキリしていた。
首を縦に振って答えた。
「ああ。――だってキミは、見ず知らずの春夏秋冬相手に、あんなに親身になってクロールを教えてくれたんだもん。そんな人が、ワルな訳無いだろう?」
「――――!」
俺の言葉に、秋原は顔面をパーッと夕陽色に染めて――照れ隠しに俺を殴り飛ばしたのだった。
――て、何でやねん!




