秋原獅子のシリアスな懸念
――秋原 獅子――!
彼女のフルネームの読みを知った、1年B組の生徒達は、驚愕し――なかった。
「……あー、ライオネルだから“獅子”か~」
「ま、珍しい名前だけど、コレはコレでいいんじゃね?」
「女の子だから、獅子で最後が“子”で終わるから、丁度良いかもね~」
「でも、“ライオネルちゃん”じゃ、ちょっと長いなぁ。いい呼び方考えないとね……」
「――え? ……は? あの……」
ウチのクラスのリアクションに、転校生――秋原獅子は戸惑って、教壇の上で目を白黒させている。名前を明かした後の、クラスメイトのリアクションが想定とは全く違っていて、脳が状況を受け入れられていないのであろう……。
「ちょ、ちょっと! アンタら! ……この名前を見ても……その、驚いたり……ドン引きしたり……しないのか?」
黒板をバンと叩いて叫んだ彼女の言葉に、クラスメイト達は顔を見合わせる。
「驚くも、ドン引きするも……ねえ」
「ぶっちゃけ、珍しい名前とか、ウチらもう馴れてるしねえ」
「はイ……? な、馴れてる……って、どういうイミ?」
秋原は、皆が言ってる意味が解らないと、首をぐるんぐるん傾げる。
――まあ、彼女が混乱する気持ちも分かる。……特に、俺には。
獅子と書いて“らいおねる”と読ませるような“奇名”を名乗られたら、彼女が言うように、『驚いたりドン引いたり』するのが、普通の人たちの反応だ。……それは経験上、よく知っている。
――ごくごくシンプルに、このクラスが異常なのだ。……何故なら、
「だって、ウチにはもう居るからさ。――君と同じくらいオリジナリティ溢れる読み方の名前を持つヤツがさ」
西藤が立ち上がって、皆の気持ちを代弁した。そして、おもむろに俺の方へ向き直って、ニヤリと笑った。
「なあ、タナカシリウスくん♪」
「……あーはいはい。そうですね~」
……随分、皆さん馴れましたよね~。入学式直後のホームルームで、俺が自己紹介した時は、こっちがドン引くくらいドン引いてましたもんね~……。
……と、皮肉と嫌味の言葉が口から出そうになったが、空気を読んで口を噤む。
一方の秋原は、西藤の言葉に、再び目を丸くする。
「……シリウス? ――変な名前……」
――て、オイイイイイィ! オマエが言うかああッ!
俺が、彼女の言葉に、思わず反論しようと口を開こうとした瞬間、
「――あれ、オマエの顔……なんか、一昨日のプールで見かけたような気が……!」
俺の方に視線を向けた彼女の発した言葉が、俺の言葉と思考を奪った。
――何で、この娘は一昨日の出来事を知っているんだ? どこかで会ったのだろ……
「「あ」」
俺と秋原、ふたりの叫びが見事にハモった。
思い出した! 一昨日のプールの時と違って、凄まじく濃いスケバンメイクしてたから気付かなかった!
「き……キミは――、春夏秋冬にクロールを教えてくれた……」
「お、オマエは――!」
秋原の方も、俺の事を完全に思い出したようだ。彼女は、俺をまっすぐ指差して叫んだ。
「一昨日、あの娘とプールでイチャコラしてた――カレシッ!」
――て、オイイイイイイィィィッ! だから、それは違うって(春夏秋冬が)キッパリハッキリ言ってただろうがぁあああっ! つか、俺たちはイチャコラなんてしてねえええええっ! …………に、二の腕は触ったけど。
俺は、彼女の言葉を否定しようと、慌てて息を吸い込むが――時既に遅し。一度誤射された言葉の核ミサイルを回収する術は、もう無い。
「か……カレシぃぃっ?」
「え、ウソ、マジで? あの田中が……?」
「誰だよ、そんな悪食な物好きは!」
「オイコラシリウステメエコラ! 何を抜け駆けコイてんじゃワレェ!」
「あーあー、田中氏! 我々『童純連』は、現時刻を以て貴公を敵と見なし、ここに宣戦を布告する!」
気付けば、固唾を呑んで、俺たちのやり取りを注視し、静観していた筈のクラスメイト達が一転、本日最大の興奮と喧騒と狂乱の坩堝の中、思い思いにヒャッハーしてしまっていた。
……つか、どいつもこいつも、俺に対して酷すぎね?
「……おおう、もう……」
俺は、収拾の取れない状況に陥った事実に、思わず頭を抱え――
――何故か、黒木さんが椅子から転がり落ちた。




