田中天狼のシリアスな転校生
「なあなあ。田中ァ、知ってるか?」
市民プールで春夏秋冬の特訓に付き合った翌々日の月曜日。登校して、カバンを机に置いた俺に、クラスメイトの西藤が、馴れ馴れしい調子で話しかけてきた。
俺は、カバンから教科書を出しながら、横目で西藤を見ながら訊き返す。
「知ってるって、何をだよ?」
「お! そのリアクションだと、まだ知らないな!」
俺の言葉に、西藤はニンマリと笑みを浮かべる。
俺は、朝っぱらから西藤の勝ち誇る顔を見せられて、内心で舌打ちしながら、上辺では平静を装う。
「……だから、何をだよ?」
「へへへ……それはさぁ」
ウザい。もったい付けずに早く言え。
「――今日、ウチのクラスに転校生が来るんだってよ!」
「――はあ? 何で?」
悔しい。西藤の目論見通りに驚いてしまった……。
いや、でも、コレは驚く情報だろう。
「……何で、転校生だよ? 高校生なのに? 一年生なのに? この時期に?」
「――いや、近い近い近い! ちょ、離れろ! オレには、男に接近されて喜ぶシュミは無え!」
「ぐぎゅう」
近づけた顔を、西藤にガチ目に押しのけられる。
「――つか、オレも詳しくは知らねえよ。親が急に転勤になったとか、そんな感じだろ?」
「でも、まだ6月だぜ……。まるでラブコメマンガのテコ入れじゃないかよ……」
……どこかで、“ギクリ”という声がしたような気がするが――気のせいか。
俺は、ごほんと咳払いをし、ゆっくりと椅子に座ると、肘を机に乗せて口元で手を組み、上目遣いになる。
「で……西藤くん……。とても重要な事を確認したいのだが――」
「……何だね、田中」
西藤は、直立不動で後ろ手を組み、静かな声で答える。
俺は、視線を前方に据えたまま口を開く。
「その転校生徒やらは――男か? ……それとも――」
「田中……この私が、男の転校生ごときの話題で、こんなにも嬉々としながら君に教えに来ると思うのかね?」
「……了解した」
俺と西藤は、ジッと見つめ合うと、大きく頷いた。
――と、
キーン コーン カーン コーン
教室前方に据えられたスピーカーから、時間を告げるチャイムが鳴った。
そして、鐘の音が鳴り終わる前に、教室の引き戸がガラガラと開けられる。
固まって駄弁っていたクラスの生徒達は、慌てて自分の席に着く。
「おーい、始めるぞ~!」
出席簿をバンバンと叩きながら、担任の松辻先生が教室に入ってきて、教卓の上に出席簿を叩きつけた。別に機嫌が悪い訳ではなく、いつもの所作である。
彼が体育教師だから、どうしても動作が荒っぽくなるのだろうか……?
日直の号令に合わせて、朝の挨拶を行い、全員が着席してから、松辻先生は口を開いた。
「あー。今日は、みんなに嬉しい知らせがあるぞ~!」
早速来たな……。俺と西藤は、ちらりと目を合わせた。
「まあ、何だ。こんな時期なんだが、今日からこのクラスに新しい仲間が増える事になった!」
クラスメイト達が一斉にどよめく。期待の声、怪訝な声、歓喜の声……様々な言葉が、クラスのそこかしこで交わされる。
松辻先生は、「おーい、静かにしろー!」と言いながら、出席簿をバンバンと教卓に打ちつけて、興奮するクラスを鎮めてから、ドスドスと大股で歩き、一度閉めた教室のドアを開けて、教室の外に控える誰かを手招きした。
「…………」
俺たち、クラスの全員は、固唾を呑んで転校生の入場を見守る。
遂に、クラス全員の注目が集まるドアを潜って、転校生が入室し――、
「――――!」
クラス全員が、凍り付いた。
◆ ◆ ◆ ◆
「あー、彼女が――」
――ショーワ。
「市水市の八徳高校から、一身上の理由でウチの高校に転入して――」
――昭和。
「今日からこのクラスの一員として加わる――」
――うん……紛う事なき昭和だ。
……クラス全員の注目を一身に受け、ぶらぶらと身体を揺らしながら、だらしなく立つ転校生を前にして抱いた印象は、『昭和』の二文字だった。
急な転入だったのだろう。彼女が着ている制服は、東総倉高校の指定制服であるブレザーでは無く、前の学校の制服だったと思しき黒いセーラー服。――それは、別に良いのだが、彼女は、そのセーラー服を明らかに改造していた。
上着の丈をへその辺りまで短くし、くるぶしの辺りまでのロングスカートを穿き、ぺちゃんこに潰した学生鞄をぶらぶらと揺らして持っていた。
髪の毛は染め上げた金髪で、前髪を触覚かと見紛うレベルでくるくる巻いて盛っている。
メイクもバッチリ……なのだが、真紫のアイシャドーに真っ赤なルージュで、どっちかというと、相撲好きで『蝋人形にしてやる!』と歌うのが得意な、どこかの悪魔にしか見えない。
これは――今や、お笑いのコントや、時々テレビで特集している『昭和懐かし映像アーカイブ』みたいな番組で流れるドラマに出てくる――、
「Oh……イッツ ア トラディショナル ヤンキースタイル……『スケバン』――!」
斜め前の西藤が、俺の考えを代弁してくれた。……つか、何でカタコト英語やねん?
もっとも、それは、俺や西藤だけが抱いた印象では無いようだった。アッチでヒソヒソ、コッチでヒソヒソ……、至る所から小声でのヒソヒソ話が聴こえてくる。
「あー! うるさいぞ、お前ら! 新しい仲間の登場でワクワクドキドキしているのは分かるが、ホームルーム中だぞ~!」
松辻先生が、頓珍漢な事を口走って、ひとりでガハハとウケている。というか――確かにドキドキはしているが、決してワクワクはしていないぞ、俺たちは……。
「じゃ、早速自己紹介してもらおうかな!」
そんな生徒達の微妙な空気にも気付く様子は無く、松辻先生は話をドンドン先に進めていく。
と、転校生は、顔を曇らせ、松辻先生に小声で何か言う。
「んー? ……あ? ――いや、それじゃダメだろう。……まあ、それはそうだが。でも、結局いずれは分かる事なんだから――」
ふたりは、黒板の方を向いて、何やら言い争いをしている。
「……?」
ほったらかしにされた形の俺たちは、腑に落ちない顔で首を傾げる。
やがて、話がついたのか、松辻先生が「大丈夫だって! ほら、頑張れ!」と声をかけて、その大きな平手で彼女の背中をバンと叩いた。
転校生は観念したのか、肩で大きく溜息を吐き、黒板のチョークを手にして、カッカッと音を立てて、何やら文字を書いていく。
そして、書き終わると、俺たちの方に向き直った。
板書された文字を視認したクラスメイト達は、静かに響めく。
黒板には、小さな文字で、
秋原 獅子
と、記されていた。
……アキハラ シシ……?
黒板の文字の並びを見て、その読み方に引っかかって首を傾げたのは、俺だけでは無かった。
そんな、クラスメイト達の困惑を知ってか知らずか――化粧越しでもハッキリ分かるほど、顔を真っ赤にした彼女が初めて口を開く。
「……ど、どうも。みんな、よろしく……て、違う――」
コホンと咳払いをし、彼女は顔を歪めて中指を突き上げて、震える声で叫んだ。
「“あきはら らいおねる”で……だッ! よ……夜露死苦ゥッ!」
劇中の天狼と西藤のやり取りは、エヴァン○リオンの碇ゲン○ウと冬○のイメージで再生して下さいw




