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8.弁解

「ねえ、アクト……」


 ティナが凄く心配そうに、いや、悲しそうな表情で俺に何かを問おうとしている。

 

「……」


 どうしたらいいんだ。この状況もうバットエンドだろ……どうあがいても詰んだろ、これ……


「アクト……」


 ティナは出来る限りの笑顔で話そうとしてくれているが、悲しそうな表情が隠しきれていない。

 その表情と言ったら……そう、長年一途に愛してきた彼氏が浮気していることが発覚したけど怒る気になれなくて、むしろ悲しさの方が強くて、それでも自分をもう一度選んで欲しくて彼氏に向き合おうとする健気な彼女の様な雰囲気だ。なんかそういうやつ昼ドラで見たことある。

 

 ティナ……そんな悲しそうな目で見ないでくれ。凄く悪いことをしてしまった気分になっちゃうだろうが。

 俺はお風呂でリラックスしたかっただけなんだ……! ただそれだけだったのに……どうしてこんな展開になってしまったんだ。


「そっか……話してくれないんだね……」


 何か言うべきなんだろうが、オリガの時に地雷を踏みまくったから言うこと全部が地雷になりそうで怖い。慎重に言葉を選ばないと……かと言って、考え過ぎて無言なのもまずい……! 何か言おう。丁寧に、慎重にだぞ。こういう時はまず誠意を見せる事だ。一切浮気の類などはないと。そもそも付き合ってすらないんだけどな? この2人にとっちゃ、ペットでしか無いんだろうけどな? でも、こんな展開になった以上。誤認されてるとはいえ、既成事実的なものがある以上。まずはこうなってしまった事を謝って、それから訂正するしかない。


「あ、あのな、ティナーー」

「もういいの! 言わないで! 分かってるから! 聞いたら悲しくなるって言うのは分かってるの……!」


 ええぇーー。それは流石に理不尽すぎないっすかティナさーーん! 話さなかったら罪を認めた事になって、話そうとしたらしたで聞きたくないとか。

 泣きたくなってくるわーー。


「いいから聞いてくれ! 俺はーー」

「いやぁぁーー! 言わないでぇーー! アクトーー! 私が悪かった事あるなら謝るからぁぁーー!」


 ティナは泣きそうになってその場に崩れ込み、膝から上は起き上がり、シャンプー台の中にいる俺に縋り付いてきた。


「だから聞けって! 今、説明するから!」

「ううぅ……その人との関係をでしょ……」


「なんでそうマイナスに捉えるんだよっ!」

「だってぇぇ……」


 俺に縋り付いたまま、いや、抱き着いたまま左手で、オレンジ髪の犬の獣人を指差した。そう、オリガのことだ。

 オリガはまださっきの件を処理しきれずにいて色々と興奮状態のままだ。俯いて手で顔を隠している。


 しまったーー。オリガの方の説明もまだだったーー。もうだめだーー。


 説明する気力を失いかけている俺の隣でオリガを少し顔を上げた。


「あ、あの、アクトの飼い主さんですか……? あ、あたし、不束者ですがこれからお世話になります!」


 おーーい。さっきまでの活発な女の子のイメージはどこ行ったー。めっちゃ乙女の顔してるんですけどー。まじで別人みたいに可愛らしい女の子なんですけどー。さっきまではどっちかっていうと美人なお姉さんって感じだったのに、漂う雰囲気というか、オーラからガラリと変わっちまったよ、おい。

 てか、それは一旦置いといてさ……


「ふ、不束者ものですが……ね……」


 オリガに挨拶されたティナは、色々とショックを受けたのか動揺を隠せず声が漏れた。


 そう、俺もティナとおんなじ事思った。

 この場面で『不束者ですがよろしくお願いします』なんて……ねぇ。親御さんへの交際の挨拶見たいになっちゃうんだが……一応ティナは俺の保護者だし、ますますそう見えちゃうよな……


「へ、へぇ、そうなんだー……こんな可愛い子と仲良くなって……アクトはモテるんだなぁ……だから昨日、私が注意したのになぁ……」


 ねぇ、ティナさん!? 怖いんですけど! 声が凄く怖いんですけど!


「お、落ち着け? 俺もこんな事になるとは思ってなかったんだ!」

「そうだよね……私がここに来るなんて思ってなかったんだもんね……」


 なんか怖い。うん、ほんとに怖い。ティナにまとう雰囲気が怖い。一見悲しそうにしている女の子なんだけどさ、悲しみの度合いが過ぎるっていうかさ、大ダメージ受けてる感じなんだよ。大体こういう子ってギャルゲー系だとヤンデレ化やメンヘラしたりするよな。もしティナがそうなってしまったら……それは、まずいな。ダメだ! 俺は別にヤンデレもメンヘラも好きじゃないし、そもそもここはゲームの世界でも無いからやり直しがきかない。ゲームのイベントコンプを狙うためにヤンデレ化させるとかそんな余裕はない! 

 まずはオリガよりティナの誤解を解く方が先だ。こっちの方が放っておくと危ない。俺の直感がそう言ってる気がする。


「ティナいいか? お前は誤解してる。俺がオリガと仲良くしてたのには理由があるんだ」

「だから……その人が言ってたじゃん……よろしくお願いしますって……」


「だからそれが誤解なんだよ! ティナはどういう風にオリガの言葉を捉えたんだよ……」

「えっ……それは……その……」


 はぁ。多分、恋人だとか想像してたんだろうな。まず人間と猫の時点であり得ないんだけどな。悲しいけどそれは当事者の俺が一番分かってる。ましてや、今日出会ったばかりのオリガとそんな関係になる訳がない。俺をどんな男だと思ってるんだ。ちょっとやそっとの誘惑や色仕掛けにフラフラとついて行くような男に…………えーっと……まぁ、今回は仕方ないよな……? オリガの誘いを断る理由が無かったし? オリガは美容院の店の娘な上に俺の風呂の世話係やってくれるってなったしさ? 結果オーライってやつ? セーフだセーフ。今回はセーフだよな?


「まったく〜。俺はそんな軽い男じゃないっての〜」

「じゃあ、なんだって言うの……?」


「そうだなぁ。この際だからオリガにもちゃんと説明しておこう。オリガ、聞いとけよー?」

「う、うん。なにかな? アクト」


 2人はちゃんと聞く姿勢になり、俺の事を見上げる形で見ている。


「ふぅ……やっとだやっと。やっと話を聞いてくれるようになったかー。よし、いいか? 簡単に言うとだな。オリガには、俺のお風呂での身体を洗ってもらう係を頼んだって訳だ。分かるか? 理由は1つ。ティナに洗ってもらうってなると毎回トラブルが起こるからだ。それは、男が望むようないい感じのトラブルじゃない。ラッキースケベじゃない……ただ疲れるだけなんだ! そう、俺はリラックス出来る時が欲しかったんだよ! 漫画とかで読んでた時はこう言う異世界物のトラブルで休む暇もないとか羨ましく思ったさ! でもさぁ! いざ俺がなってみるとさぁ! 疲れんの! ちょー疲れんの! だから俺はお風呂くらいゆっくりしたかったわけ! オーケー!? 分かる? というわけでオリガにお願いしたんだよ!」


 後半の方は今日までの俺の苦労がいたたまれなくなって、過去の自分に同情して、感情的になっちゃったけど言いたい事はちゃんと言えたわー。あー、すっきりした。これで誤解も解けたろ。後はアフターケア的なものをすれば良いだけか。


「途中ちょっと分からない言葉とかあったけど、そうだったんだね……良かったぁぁ! 私、アクトに捨てられるのかと思ったぁぁ!」


 何処ぞの鬼畜だ俺は。出会って3日したら女を乗り換えるとか……恨まれて刺し殺されそうで怖いわ。ほんっとに、どんな外道だと思われてたんだ。ちょっと、ティナより胸の大きいお姉さんに誘惑されて様子見でついて行っただけだぞ、俺は。


「ねーえー? アクトくん……? ちょっと説明してもらえるかなあ!」


 ティナの誤解が解け安堵していると、今度はティナより胸の大きなお姉さんがスッと立ち上がり、羞恥やら怒りやらで顔を真っ赤にして、声を荒げて俺に言った。


「ひっ、ひゃい!」


 相変わらず猫の口は、動揺すると呂律が回らなくなる。


「アクトくーん? 声が上ずってるけどさぁ? そんなに怖がらなくていいんだよぉ? ちょっと説明してほしいんだけどさあ!」


 こ、怖いぃぃ! 超怒ってる……! オリガさん超怖いぃぃ……鬼だよ鬼……後ろに怒りの炎を見える……


「黙ってないでさあ! 説明してくれないかなあ! なんであんな紛らわしい言い方したのかなあ!」


 オリガは俺の頭を両手で挟んで掴み、揺らしながら更に声を荒げて言った。俺の頭より下はというと、ティナがずっと抱きついてるため動かない。


「ちょっとお! そこのエルフの子! 離しなさいよお! 今はあたしがこの黒猫に用があるんだからあ!」

「いーやーだぁあ!! もうアクトは離さないからぁー! ずっと私のアクトなのぉー!」

「痛い痛い痛い痛いっ! 痛たたたたたたたたぁぁああ! 痛いっつってんだろぉ! おいお前ら! そうやって引っ張ると首がもげるだろうがぁぁ!!」


 ティナが意地張ってオリガに抵抗し、オリガもオリガでそれに対抗心を燃やした為、一向に離そうとしない。


「お前らどうしてそんなに意地張るんだよ! いてぇ! いててててててっ!」

「だって! このエルフっ子が離さないからよお!」

「この犬耳の人が私のアクトを離さないからぁ!」


 だからぁぁ! 首がもげるっての! 離す気配が全くねえ! なんでこいつらは俺を引っ張りあったまま張り合うのかなあ! ああ、もうー! またこういう俺が辛いパターンなのかよ! この世界に来てからほんっとにろくなことが無え!

 あーー。もういいや。これで死んだら死んだで間抜けだけど受け入れようーー。そしたらまたあの世に行く途中のとこで、この世界に送りやがったあのくっそロリ神に会うだろ。その時にあいつをどうしてやろうか! 可能ならば俺の本気の右ストレートをあいつにぶちかましたい。それが例えロリ神の見た目的に児童虐待になろうとも。あいつの持つ厳つい鎌で反撃されようとも、一撃だけでもかましてやりたい。ああ、ロリ神じゃない神さま。俺に救いの手を差し伸べください。


 首の痛さのあまり、



「あら! エルフっ子、別にあんたのアクトじゃないわ! あんたのターンは終わりよ! あんたはさっきアクトに慰めてもらったでしょ! それで終わり! 次はあたしがアクトの話を聞く番よ!」

「そっちだって! そうやって言ってアクトと話したいだけじゃん! もしかして、誤解っていうのも勝手に自分の都合の良いように解釈したんじゃないの!? アクトはそういう時は訂正する子なの! アクトの話を聞かずに自分だけ盛り上がっちゃったんじゃないのー?」


「イラッ。言うわねエルフっ子! あんただって実はアクトの事わかってないんじゃないのかしら! ここに入ってきた時からあんた、あたしにアクトを取られたって思ったそうだったけど! アクトはあんたを1人の飼い主としてしか見てない風にあたしにいってたわよ、アクトの事分かってないのはそっちなんじゃないの!?」

「な、なんてこと言うの! このぉ犬耳族っ!」

「ふんっ! エルフっ子が!」


 おーい2人ともー。ブーメラン刺さりまくってんだがー。若干自分で言って自分で傷ついてないかー。


「……まあ、この辺にしといてやるわ、エルフっ子……!」

「そ、そうね……!私も、この辺にしといてあげる」


 そう言うと、2人とも自然とアクトへの力を緩め、引っ張り合いは止んだ。


 あーー。本当に首が取れるかと思った。ネタじゃなく真面目に。オリガは知らんが、ティナはそんなにレベル高くないはずなのに力強すぎだろ。さすがは冒険者って事か。


 てかやっぱり、2人とも若干傷ついた表情してるな。行動を思い返してみてブーメラン戻って来たんだろうな……お気の毒に。

 何にせよ助かったのは、2人の口喧嘩のお陰でオリガの俺への言及はおさまった。というか忘れてくれた。


 やっと事が収まっことでため息をつきながら、ふと窓ガラスの方を見てみると。ギャラリーこと女性冒険者達が俺に向けて親指を立てて、口を揃えてこう言うように見えた。


「「「「おっつかれー!」」」」


 あいつら腹立つな。後で1人ずつ猫パンチを食らわせてやろう。



「そう言えばさ、アクトー」


 通常運転に戻ったティナが俺の背中をツンツンと押して言った。


「どうしたー? まだなんかあったか?」


 正直、俺は振り返る気力も無いくらい疲れてた。とくに身体的な面で。もう首折れそうだし、胴体は胴体でティナの締め付けをずっと耐えてたから、筋肉痛になってもおかしくない。


「さっきさー? そこのオリーー」


「!?」


 おい待て何を言おうとしてる、ティナ! もしかしなくても今ティナが言おうとしてることは『そこのオリガさんが言ってた、あんな紛らわしい言い方って何を言ったの?』に決まってる! それを言ったらオリガが思い出してラウンド2に入っちまうだろうが! ちくしょう! 言わせてなるものか!

 動け! 俺の身体!! この体勢から、半回転捻りジャンプ猫パンチでティナの口を塞ぐ。それしか無い! 


「ーーガさんが言っーー」


「ぅおぉりゃああ! ティナ!」


 俺は最後の気力を絞って半回転捻りジャンプをした。身体の節々がめっちゃ痛い。


「んー? なっ……に……!?」


 ドサッ。


 半回転捻りジャンプの勢いのままティナを押し倒す様に倒れた。


「……」

「〜〜〜っ!? ね、ねね、ねえ、アクトさんっ!?」


 ティナは動揺したのか咄嗟に俺をさん付けで呼んだ。



 ……1つ想定外だった。


 半回転捻りジャンプは成功したんだけどさ、後ろのティナまでの距離が分からなかったもんだから……



 結論から言うと、俺は突然ティナに飛びつき、キスする形で押し倒してしまったらしい。



「……あ、あの……アクト……さん?」


 突然の事でティナも恥ずかしさのあまり、さん付けがまだ抜けてない。


「……い、いや、その……き、気にすんな!」


 き、気にすんなってなんだ俺! なんか思考が止まっちまった。だって初キスだし! フレンチとは言え始めての キスだ。それもこんな可愛い子と。やばい、ニヤけてないよな俺。


「「「「おおおっ! ひゅーっ! ひゅーっ! 色男め! キスして押し倒したぞあの猫!」」」」


 ギャラリーに煽られ、俺とティナは、主にティナは顔を真っ赤にする。

 どうして俺が顔を染めて無いかと言うと……


(やっべぇ! これはまずい……よな?)


 俺は恐る恐る静かなオリガの方を見上げた。


「ふふふっ……ア・ク・ト・く・んー? なーにしてるのかなあ!」


 それはそれはもう、オレンジ髪の犬耳族こと女性冒険者のオリガさんはご乱心だった。



 結局ラウンド2かよぉぉ……

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