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7.お散歩②

 ワシャワシャ。


 今、俺はオリガの家の美容院で全身を洗われている。そしてそれをオリガ以外の15人の女性冒険者から見られているという変な状況が生まれている。一応の配慮として、美容院の中にいるのは俺とオリガだけだ。他の連中は外からガラス越しで見ている。


「どうかな? 気持ちいいでしょ〜」

「まあ、悪くはないなー」

「素直じゃないね〜、そんな気持ちよさそうな顔してるのに〜」

「そのオリガのドヤ顔が腹立つからやっぱ気持ち良くないなー」

「なによ〜もう!」


 さらにドヤ顔されそうなのでオリガには言うつもりはないが、流石は家業が美容院なだけはある。気持ちよくてうっとりする。毛並みに沿って指を通していくのが上手い。これで『痒い所はありませんかー』なんて聞いてくれたらどんなにいいか。


「猫さ〜ん、痒い所はありませんか〜?」


 俺の心が読めたのか偶然か、願ってた通りの事を聞いてきた。表情を見るに、純粋に聞いてくれたんだろう。


「んー、頭と背中かなー」

「了解で〜す」


 ワシャワシャ、ワシャワシャ。


 泡立つ度にシャンプーから凄くいい匂いが香る。いかにも女の子が使いそうなシャンプーの匂いで、少なからず男が使う事が無いような代物だ。俺がこんな物を使って良いのか遠慮しそうになる。


「ふんふ〜ん♪ ふふっ、ふふ〜ん♪」


「ご機嫌だな、オリガ」

「まあそりゃあね〜! こんなに毛並みをいじれたのなんて久しぶりだしさ!」


 本当にオリガはご機嫌だ。毛並みをいじりたい衝動を抑えていて色々と溜まっていたんだろう。


「でも、美容院があるくらいだし、お客さんの毛並みをいじれなかったのか? この町の人なんて、みんな獣人で毛がふさふさだぞ?」

「うーん……ほとんど親の仕事だからさ。たまに手伝わせてくれたりするんだけど、緊張しちゃって毛並みに集中出来なかったりするんだよね……」

「そうなーーー」

「そうなのっ! だからこんな機会が滅多にないから、今すごく楽しいんだ〜♪」


 オリガは、俺の相槌に食い気味に言葉を被せてくると、ニコニコしながら顔を近づけて俺の顔を覗き込んできた。

 顔が近い……! 急に顔を近づけられると流石に男として緊張するんだが……! 落ち着け、落ち着くんだ俺。ここは紳士に、いや、ジェントルキャットとして対応しろ。そのためにもクールダウンだ……


「しょ、しょれは良かったにゃー?」


 ああ! ダメだ、噛んだ。めっちゃ動揺してるじゃねえか俺……! くっそ……なんでこんなに呂律が回らないんだ。この身体不自由すぎんだろ! 普通に喋る時も、意識しないと『な』が『にゃ』になっちまうしよぉ。百歩譲ってそれはいいとして『しょれは』ってなんだよ。噛み噛みじゃねえか。動揺してんのバレバレだろ……!


「ぷっ、ふふっ……!」


 ほら、笑われた。

 はあ、これでまたなんかいじられるんだろ。もう分かってるんだよ。この世界来て何回目だ、この展開は。なんかあるとすぐ相手に主導権持ってかれる。昨日やっとティナに仕返しできたと思ったらすぐこれだ。


 もしかして俺が悪いのか? 肝心な時にヘタレる俺が悪いのか? だって仕方ないじゃん……! 今まで18年間、女子と話した事はあっても、甘い展開になる事なんて一切無かったし? 漫画みたいに都合よくラッキーなハプニングが起こるなんて事も一切なかった。そんな生活してて、いきなり異世界に来て変われるなんて思うなよ……? 人間早々変われるもんじゃないんだよ! 俺だって変わりたいのによぉ……


「あはは、あははははっ」


 そんな考え込んだ俺を見てオリガは笑いだした。


「あははっ、ねぇ君、凄く震えてるよ? 身体がビクビクってしてて、可愛くて面白いんだけど」


「あれ……? 俺が噛んだ事に対して笑ってたんじゃないの?」

「そんな事に笑わないよ〜! もしかして、それが恥ずかしくて震えてたの〜?」

「当たり前だろ! 噛まないように気をつけてたんだぞ!」


 噛んだら恥ずかしいに決まってるだろ! ましてや2人っきりの会話で噛むのは集団で話してる時に噛むのとは訳が違う。噛んだという事実が流されていかない。集団では第3者同士が話していくから無かった事になる時もあって助かるが、2人の時は相手が何かしらアクションを起こすかしてくれないとこっちが辛いんだよ。

 くっそ、オリガめ、俺が噛んだ後に少し間をあけてから笑ったな。おかげで凄く恥ずかしかったんだぞ……!


「えぇ〜〜、『にゃ』とか『しょ』とか言ってた方が可愛いのにぃ〜」

「それが嫌なんだよ、俺は男なんだし、可愛がられるなんてごめんだ」


 可愛がられるのは悪くはないんだけど、なんか違うっていうかさ。めんどくさいけど男のプライドって言うんだろうか。カッコよくありたいっていうか。とにかく、可愛がられ愛でられ続けるってのが嫌なんだよ。


「でも……猫だよね?」

「……その辺のことは言わなくていーの」 

「はぁ〜い」

「あと、この事からかうのもやめろよな」

「はぁ〜〜い」


 やる気のなさそうな返事だけど、やけに素直だな。まあ、根は真面目そうな感じだし。約束は守ってくれそうだな。


「ところでさぁ〜? 君の名前ってな〜に〜? もしかして野良猫とか? だったらあたしが名前つけて上げるよ!」

「勝手に話を広げんなよ! アクトだ、アクト。サクライアクト。苗字がサクライで名前がアクト。分かったか?」


「サクライ・アクト? 変な名前だね〜、飼い主のセンスを疑うよ」

「俺の両親をバカにすんなよな! あと俺は元人間だ! 今、飼い主は一応いるけど、名付け親は俺の両親だ!」


「どういう事……? 飼い主はいるけど、その人は名付け親じゃなくって、元々人間で……ん〜? よく分かんない……!」

「だろうな〜。ちょっと説明長くなるけどいいか? あ、あと、聞いてる間暇だろうからもうちょっと頭洗っててくれていいぞ!」


「ねぇ……もしかしてだけどアクト。あたしの洗い方、気に入ってるでしょ……?」



「……では説明しまーす」


「無視しないでよ! 気に入ってるでいいんだよねぇ……?」


 俺はオリガの言うことをスルーし説明を始めた。


 ーーーーーーーーーー


 とりあえず俺は、ティナの時と同様に、ロリ神との事と異世界から来た事、あとは俺の能力の内容は伏せて、事の経緯を適当に説明した。


「へぇ……じゃあ、アクトは猫から戻れない呪いがかかっちゃって、その呪いを解く方法を探してると……」

「まあ、そういう事になるな」


「……じゃあ、あたしがーー」

「おう! ありがとう。じゃあ早速手伝ってもらいたい事があるんだ!」


「ねぇ……まだあたし何も言ってないんだけど」

「ん? 『じゃあ、あたしが手伝ってあげる!』だろ? ありがとう。その心意気に感謝します」


「ね〜え〜! 何であたしの心を先読みしたのよぉ〜!」

「いや、悪いな。この展開が前にあったもんで……見たところオリガも優しそうだから、手伝ってくれるかなってさ……ダメだったか……?」


 ここぞとばかりに俺は上目遣いを使いおねだりするような姿勢を見せた。どうだ……! この猫ならではの可愛さを思い知れ! 正直、どこまで通用するかは分からんが、たまに来るこういうデレみたいなのに弱いってどっかの本で書いてた、ような気がする。俺だって、いっつも俺に興味がない猫がたまに擦り寄ってくると、より可愛く見えて今までのツンが許せたりするもんなんだ。さあ、オリガ……お前はどうなんだ……


「別に……ダメって訳じゃないけど……?」


 急に真剣にお願いする俺に目を合わせづらくなったのか、視線を逸らし少しモジモジした感じで恥ずかしそうに言った。


 ……はい、デレいただきました。

 これなんだよ、俺が求めていたのは……! いつもの感じの猫を愛でる時のデレデレじゃないんだ。そんなオープンなデレはもういいんだ。俺が求めているのは、不意にデレてその恥ずかしさに顔を染めてしまうような……そんな、男が思わず可愛いと言わざるを得ないような女の子のデレ……! 所詮は幻想に過ぎないさ……だが、幻想を見たっていいじゃないか! ここは異世界なんだ。俺が元いた世界とは違う。そしてここに今、俺の求めていたものがあった。ティナの時もこういうデレあったが、もちろん可愛かった。俺は、こういうのを期待して、この、異世界にやって来たんだ……! ビバ異世界! 異世界バンザイ!


「じゃあ要件を言わせてもらいます」

「な、なに……?」


 オリガはまだ若干照れた様子でいる。


「ずばり……『俺のお風呂の専属になってくれ』」


「……」


 俺がそういうと、オリガはあっけらかんとした表情で固まった。俺の要件が伝わってないのか、何も反応がない。



「〜〜〜っ!?」


 いや、時間差でオリガは顔を真っ赤にして照れた。

 こういうとこはティナに似ているな〜。可愛らしいな、眼福眼福〜っと。でも、何か俺まずい事言ったか? オリガの洗い方は正直とても気に入ってるし、毎日洗ってもらえるなら最高なんだけどなぁ。


「…………」


「あのー、オリガ、返答は……?」


「わ、分かったわよ! あたしが、アクトのお風呂の専属になって上げる!」

「よっしっ! これで決まりだなっ!」

 

 これで、俺の風呂の手伝い係を手に入れることが出来た。昨日、ティナが凄く嫌がってたけど、ティナと入るたびに毎回毎回トラブルが発生して余計に疲れるのはごめんだ。風呂の時間くらいはゆっくりしたいよなぁ。


 しっかし、オリガは何かを覚悟した感じで言ってたけど、そんな覚悟するような事だったか……?

 俺は『お風呂の専属メイドさん』的なノリでお願いしたつもりだったんだけど……


 ……待て、まずくねえか。『俺のお風呂の専属になってくれ』とかどんな口説き文句だよ! いや、まずいだろ! 普通にセクハラじゃねえかよ! やばい……訴えられたら逮捕だこれ……猫だし、大丈夫かな……そもそもこの世界に警察ってあるのか……?

 いやいや、てか、まず、そもそも何でオリガは断らなかったんだよ! なにこれ? 合意って事なの……!? 凄く顔赤くしてたけど、絶対こういう意味合いで受け取ったよなぁ、オリガ。まずい、訂正しないと……!


「あっ、あのにゃあ! オリガさん? 違うんだよ!」

「な、なにが違うのかなぁ〜……」


 オリガは未だ照れたままだ。まずい、絶対そういう意味合いで受け取ってるよこれ。訂正したいけど……後で怒られそうだなぁ……


「あのな……オリガ。落ち着けよ? 落ち着いて聞けよ……?」

「お、おお、落ち着いてるよ! 急にあんな事言われたから、ち、ちょっと動揺したけど大丈夫……!」


「充分動揺してる様に見えるけどな!? 良いから落ち着いて聞け……! そもそも俺とオリガは異種族だ! 人と猫だから……!」

「い、い、異種……!? な、なに言ってるのアクト!?」


「だから落ち着け! 異種だから間違ってたそんな事はない……! てかしようがない……!」

「しようがないって……!」


「ああ、もう! 落ち着け……! 大丈夫だから! 落ち着いて貰えないと次に進めないから……!」

「つ、次に……」


 あーー、ダメだーー。進まねえーー。完全に地雷踏んだーー。オリガが完全にテンパってる。順を追って説明しようにも余計に動揺させるだけだ。風呂の件だけをまず訂正しよう。


「よし、分かった。オリガ……あのな? さっき言った風呂の……」



 ダァンッ。


 外の壁ガラスに何かが衝突する音がした。てかすごーい殺気の様なものを感じるんだけど♪


 俺は、後ろから来る嫌な圧と今の状況を咄嗟に本能で理解し、この後の最悪の状況を考えて、現実逃避するかのようにテンションがハイになった。



 いやだなーー。振り返りたくないなーー。



 ガチャッ。


 誰かが入ってくる音がーー


「ねぇ! アクト! 探したんだよ!? 朝起きたら側にアクトが居なくて……置き手紙も何もないから、凄く心配して……それで探してたら、女性冒険者が沢山集まってるからもしかしてと思って見てみたら……さ?」


「よ、よぉ! おはようーー! ティナ」

「おはようーー。アクト……それでこの状況はなに……? なんか外の人達が『告白だー!』とか盛り上がってたけど……」


 今の俺の状況はと言うと。

 急いで訂正しようとしたため地雷を踏みまくり、余計にまずい感じになって、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているオリガに、それを見て盛り上がっている外野達。そこに、突如入ってきたティナ。心なしかティナの顔が険しいように見えなくもない。

 この状況ってどう見ても……


「「「「修羅場だねぇ……」」」」


 ガラス越しではっきりとは聞こえないが、外野達は皆、口を揃えてそう言っているのが分かった。



 ですよねーー。どう考えても修羅場だこれ。


 さて……どうやって説明しようか……

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