#1
鏡子が一歩進むのにも苦労した人混みの中を、日田は何事も無いかの様に、ずんずんと進んでいく。まるで、人混みの方が、日田に道を開けているようだった。
そんな日田を鏡子は、恐る恐るついていく。
10分程たっただろうか。
先程鏡子がいた大通りから1本外れた道に、入り、少し歩いた所で、日田が足を止めた。
「ここは……?」
「俺の店だ。「日田掃除店」」
鏡子が顔を上げると、そこには使い古した看板に黒い「日田掃除店」と言う文字が、荒々しく書きなぐられていた。
「それじゃあ、入ってくれ。……外側は少し汚いかも知れないが、中は大丈夫だ。………多分」
店を見た鏡子の顔を見て何か察したのか、日田が入り口のドアを開けながら、そう言った。
「それじゃあ……お邪魔します……」
鏡子は恐る恐る、店の中へ足を踏み入れる。
「………あれ、案外まとも……」
鏡子は店の中を見て、ついそう呟いた。
店内は天井に吊るされた電灯で明るく照らされており、木造の床や応接用と思われるソファや机には埃1つなく、丁寧に掃除されているのがわかる。
そんな店内を鏡子が見回していると、
「おや……日田くん、帰ってきましたか……。……!そちらの方は、お客さんですか?」
店の奥の控え室の様な場所から、黒い髪を肩まで伸ばした中性的な顔立ちの男性が、姿を現した。
黒いスーツを着ていて、1流の会社の若い重役の様な雰囲気を醸し出している。しかし、こんな路地裏にあるひっそりとした店には酷く不釣り合いだ。
「……それにしても日田君!晴れた日にレインコートで外出するのは止めてと言ったじゃ無いですか!」
「……いや、おしゃれだからしょうがないだろう」
「しかしお客様を連れてくる時にレインコートはまずいでしょう!せめてフードは取ってくださいフードは!」
「……この……フードで顔が隠れてミステリアスな感じが良いだろうが!」
「……なら前々から言っていますけどせめて人と話す時は外してください!」
「あ、あの………」
長髪の男と日田の言い合いのせいで、完全に放置された鏡子は、何とか自分の存在を示そうと話しかける。
「……あ、すいません。お客様が来るのは久しぶりなので、少し興奮してしまいました。……私は黒瀬カオルと言います。よろしくお願いいたします」
そう言って黒瀬はペコリと、鏡子に頭を下げた。
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