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好きを教えてあげたくて。  作者: 松本 鈴
3/3

名前

「…あの、すみません 」


「…へぁ、ご、ごめん! ぼーっとしてた。何かな?」


彼女の姿に見惚れていたものだから、みっともない声をあげて反応してしまった。


何て言おうか迷っているのか、彼女は気まずそうに目を泳がせている。


言葉がまとまったのか、こちらに近づいてくる。


1mより少し長いくらいの距離まで来ると、読んでいた本を両手で抱くようにして持ち、真っ直ぐに、でも何かが抜けているような眠たそうな目で、俺の目を見る。


「嬉しいや、悲しいとは、どういう事ですか? 」


「嬉しいや悲しい? 」


「はい 」


考えもしない質問が投げかけられた。


普通、こんな質問をする人なんていない。


どういうことなんだろうと思っていると、再び彼女が口を開いた。


「私には、よく分からないんです。中間テストで前より点数が上がって嬉しいとか、大会で負けて悔しくて泣く、って言うのが。どうしてそう思うのかが、分からないんです。」


俺は何となく理解した。


彼女は感情が無いのだろう。


だから俺を見るこの赤い目はどこか無機質なのだ。


全てが正常なのに、中身は空っぽ。


俺は、思った。


彼女に教えたいと。


感情無しで”生きる”なんて、つまらない。


嫌な事とか、辛い事も知るようになるけど、そっちの方が有意義なはず。


何より、俺が興味を持った。


教えることに。


俺は一度目を瞑って首を縦に振った。


「うん、いいよ。教えてあげる。 」


そう言うと、彼女は表情を変えずに一礼して「ありがとうございます 」と丁寧にお礼を言った。


俺は「いえいえ 」と言ってから、一つ、彼女に聞きたいことが頭に浮かんだ。


「そう言えば、名前は?聞いてなかったよね 」


「そうでしたね。私は有我睦月です 」


睦月、と頭の中でオウム返しに繰り返す。


彼女ばかりに名前を教えておくわけにはいかないと思って、名前を告げる。


「俺は七瀬千秋。宜しく、睦月 」


「は、はい。こちらこそ。…千秋、さん…? 」


「呼び捨てでいいよ。あと、できれば敬語無し 」


「そうですか、じゃあ…千秋、こちらこそ、宜しく 」


「うん 」


つい嬉しくなって顔がにやけそうになる。


睦月という名前を知れたこと。


話し掛けるきっかけがいくつもできたこと。


これからが、楽しみで仕方なかった。


しかし、いきなり俺にとっては難題が、すぐにふりかかってくることを、この時はまだ知らなかった。

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