第2章 魔女の目覚め②
「姉さん」
死体安置所に並んで置かれた、瑞穂と靖男の遺体の前に立った志保が、二人を見下しながら、悲しそうに呟いた。
二人の死に顔は、まるで夫婦揃って、睦まじく眠っているように見えた。
止まりかけの電車に轢かれたので、顔も体も、それほど損傷していない。
「ねえ、志保。わたし、好きな人ができちゃった」
「ねえ、志保。わたし、結婚してもいい?」
微笑んでいるように見える瑞穂の死に顔を見つめる志保の脳裏に、瑞穂の声がまざまざと蘇った。
同時に、とても幸せそうな顔をした。瑞穂の顔が浮かんだ。
瑞穂と志保の姉妹は、早くに両親を事故で亡くした。
瑞穂が十五歳、志保が七歳の時だ。
一時は親戚の許に身を預けたが、そこでは酷い仕打ちを受け続けた。
瑞穂は高校を卒業すると同時に就職し、親戚の家を出た。
それからというもの、瑞穂が親代わりになり、志保を大学までやった。
高卒の女性が、女手ひとつで、妹を大学までやったのだ。
その苦労は、並み大抵のものではなかった。
それだから、二人の結び付きは、とても強かった。
瑞穂は志保を可愛がり、志保は瑞穂を、この世の誰よりも慕っていた。
志保のために青春を犠牲にした瑞穂を救ってくれたのが、靖男だった。
靖男もまた、孤児であったが故か、二人の境遇に強い共感を抱いた。
全身全霊を懸けて瑞穂を愛し、志保を実の妹のように可愛がってくれた。
「わたし、赤ちゃんができちゃった」
志保の脳裏に、また、瑞穂の声が蘇った。
「この子には、幸せになってほしいの。そのためには、うんと長生きしなくちゃね」
そう言って、笑顔でお腹をさすっていた姉。
それが、子供共々死んでしまうなんて。
まだ、生まれてもいない子供。
どんな子だったのだろう?
女の子だと言っていたから、きっと姉に似て、綺麗な子だったに違いない。
志保は、漠然とそんなことを考えた。
人は、悲しみが大き過ぎると、涙さえ出ないものなのか?
「許さない」
聞いている者がいたら血まで凍ってしまうような、地獄の底から湧き出てきたような声で、志保が呟いた。
「姉さんの幸せを奪った奴を、絶対に許さない」
瑞穂の死に顔に、志保は誓うように決然と告げた。
もう、志保の目に、悲しみはなかった。
代わりに、燃え盛る憎しみの炎が宿っていた。
死者にしてやれることは、なにもない。
ただひとつ、復讐を除いては。
そんなことを、瑞穂が望んでいないことは、志保にはよくわかっている。
今の瑞穂に口が利けたら、きっとこう言うだろう。
「志保、あんたの気持ちは嬉しいけどね、復讐なんて馬鹿げたことよ。そんな考えは捨てて、あんたは自分の幸せを掴みなさい。それが、わたしには一番嬉しいの」
だが、姉は死んだのだ。
もう、話しかけてくることはない。
それに、復讐は、瑞穂や靖男のためにするのではない。
自分のためにするのだ。
自分の幸せなんて、どうでもいい。
こうなった以上、幸せになんてなれるはずがない。
最愛の家族を奪った奴に、何もせずに泣き寝入りをするくらいなら、死んだ方がましだ。
たかが、スマホなんかのために、三人の大事な命を奪い、幸せな家族の未来を奪った。
そして、自分の心も死んだ。
その張本人は、線路に転落した二人を助けることもせず、その場に止まることもなく、卑怯にも逃げ去ってしまった。
「許さない」
もう一度呟いて、志保は死体安置所を後にした。
もっと、姉の顔を見ていたかったが、きりがない。
それに、ここに長く止まるわけにはいかなかった。
鋭利な刃物で喉を切り裂かれた、二人の警官と一人の守衛が流す血を踏まないように気をつけながら、志保は暗い廊下を、足早に去っていった。




