第1章 美女の皮を被った野獣④
常に死と隣り合わせで生きてきたカレンは、平和が続くと、無性にストレスが溜まるときがある。
そんなときは、深夜のミナミの繁華街、それもとりわけ物騒な場所に、ヤクザや不良外国人を狩りに出かける。
カレンに言わせれば、どんなに凶暴であろうが、所詮は素人なので、あまりストレス解消にはならないが、それでも、やらないよりはましなのだそうだ。
路上に倒れている半グレ共も、カレンの狩りの獲物だった。
カレンの美貌と身体に目が眩んだのが、彼らの運の尽きだった。
いくら平和な日本とはいえ、深夜の繁華街の危ない路地裏に、カレンみたいな女がのこのこと現れるはずはない。
男連れとはいえ不自然だ。
しかも、二人は堂々と歩いていたのだ。
ある程度危険を察知する臭覚を持っているはずの半グレ共も、カレンの美貌と、自分たちの腕に対する自信と、観光客が迷い込んだと勘違いして、カレンに襲い掛かった。
その結果、逆に、カレンのおもちゃにされてしまった。
さすがに、殺してはまずいので、カレンは持てる能力の数十分の一も出していない。
いわば、フェラーリで、ミナミの路地裏を走行するくらい、セーブしていた。
カレンにとっては、ほんのお遊びにしか過ぎなかった。
だが、プロを相手にしても、軽く手玉に取るカレンに、痛めつけられた方はたまったものではない。
この半グレ共も、暫くは病院のベッドで唸ることになるだろう。
それだけで済めばいいが、ほぼ全員が 、退院しても悪さなんて出来ない身体になっているに違いない。
そして、今日のことを、カレンに絡んだことを、一生後悔しながら生きてゆくことになる。
あの時、いっそ殺されていたほうが幸せだったと思う日々を過ごしながら、歳を重ねてゆくのだ。
悟には、そのことがよくわかっていた。
「成仏するんやで」
半グレ共の冥福を祈って、悟が片手で拝む。
「なにを拝んでるの?」
カレンが、怪訝な顔をする。
「こいつらの、冥福を祈ってたんや」
「殺してないわよ」
カレンの否定に、悟が手を振る。
「わっかとる。せやけど、こいつらは、もう死んだも同然や」
言ったあと、直ぐに付け足した。
「いや、ここで、死んだほうがましやったんやないかと思うで」
「それは言えてるかも」
カレンが、屈託のない笑顔を見せる。
「あ、見て。可愛い」
カレンが、電柱に貼ってあるチラシに目を止めた。
そのチラシは、仔猫の里親募集ののやつで、可愛い仔猫の写真が載っている。
「まるで、わたしみたい」
路上に倒れている男共には目もくれず、チラシの猫を見ながら、カレンが自分を指差す。
「見かけはな」
カレンがさきほど自分のものにしたナイフを素早く引き抜き、切っ先を悟に向けた。
「見かけはって、どういうこと? 見かけはこの猫のように可愛いけど、中身は虎だとでも言いたいわけ」
「そんな事言うたら、虎に失礼やろ」
ナイフを目の前に翳されても、悟は動じることなく、軽く返した。
「そうね。いくらわたしが強くったって、虎と比べちゃ駄目よね。虎は、ライオンより強いっていうし」
(違うで。いくら虎が強いいうても、カレンと比べたら、このチラシの猫のようなもんやろ。だから、虎に対して失礼やと言ったんや)
悟は心で反論したが、それを口には出さなかった。
ただ、にっこりと笑っただけだ。
カレンが傷つきはしないかと気遣ったのではない。
自分の命を気遣ったのだ。
悟の言葉を勝手に解釈して納得したカレンはナイフを鞘に納め、悟の腕に両腕を巻きつけてきた。
「帰ろ」
「そうやな」
悟が、もう一度、路上に倒れている男共を見回す。
まるで、猛獣に襲われた後のように、悲惨な光景が広がっていた。
顔を上げると、二人は腕を絡めたまま、何事もなかったかのように仲良くその場を去っていった。