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小説『メメント・モリ』の里程標  作者: 長岡まさ
第二章 ミデルフォーネとクランベ 
14/18

八 いやあ、「先生」大変な事になりました

「遅いです!」

 メリアーヌがこちらに向かって口を尖らせている。私はこめかみをぽりぽりと掻きながら、とりあえず彼女から目をそらす。体の向きをくるりと変えてクランべさんへ頭を下げた。

「いやいや、お待たせしてしまって申し訳ありません、クランベさん」

「いいえ。私はメリアさんと、久しぶりにゆっくり過ごせましたから。寧ろ充実した時間を頂いて、感謝しているくらいです」

 どこまでも穏やかで気品溢れるクランベさんの澄んだ声に、ほっと息が漏れた。むくれたメリアーヌは、コツコツと鉛筆でテーブルを突いて音を立てる。

「スリオルト先生との待ち合わせには遅れたためしが無いって自慢してたのは、何処の誰でしょうね? 美人なクランべさんにお会いするのに鼻の下を伸ばし過ぎて、喫茶店に入ってこれなかったって事かしら」

 私は苦笑いするより無かった。昔の私は時間厳守の申し子で、そんな自慢話を娘に聞かせたような気がする。実際は心配性から来る困った性質によるもので、自慢するようなものではなかったのだが。でもそう言えば一度……

「いや、実の所だな。正確には一度、それもそう、大事なあの日の待ち合わせだけは遅刻してしまって」

「今はそういう話をしているんじゃありません!」

 メリアーヌのあまりの剣幕に、私は辺りをきょろきょろと見回した。幸い他に客の姿はなく、ウェイトレスが来る気配もない。それにしても説教をする時の口調が、最近どんどんメリアーヌの祖母、つまり私の母に似て来ている。これを言うとメリアーヌはさらに怒るから、無論言葉にはしないが。

「いいじゃない、メリアさん」

 口元にそっと人差し指を当て笑いを堪えた様子で、クランべさんがメリアーヌを宥めて下さる。

「丁度良い機会だし、あの日の話、このまま聞いてみるのはどうかしら?」

 クランベさんの落ち着いた提案に、メリアーヌは急に静かになった。

「ミデルフォーネさん、どうぞお掛けになって下さい。実は先程まで、メリアさんとあの日の話をしていたんです」

「あの日……と言いますと?」

 凡そ予想は付いている。我々の共通点、ダルト・スリオルト先生の関係する“あの日”と言えば、無論あの日以外に有り得ない。

「先程ミデルフォーネさんがおっしゃった、待ち合わせの日のことです。丁度私達がお会いするきっかけになった、スリオルト先生からの暗号について話し終えた所で。続きをミデルフォーネさん、あなたからお話し頂くというのは」

「わ、私が?!」

 私は思わず咳き込んでしまった。

「れ、例のあの日の話を、今ここで、という事ですか。こりゃ参ったな」

 迂闊に口を開くものではない。案の定、私の言葉にいち早くメリアーヌから反論が飛ぶ。

「何が参ったなの? やっぱり今まで私が聞いてた話、大袈裟に脚色してあったんでしょう。当事者のクランベさんの前じゃ、嘘がばれちゃうから、おいそれと話せないって事?」

「い、いや。そ、そんなことは……」

 決してそんなつもりはなかった。だが、若かりし頃の自分の話をじっくりする機会は暫くなかったし、矢張り私なんぞより物事全体を把握しておられたクランベさんのいらっしゃる前で、あの日の話をするというのは、かなり難易度の高い試練だ。

 たじろぐ私の姿をメリアーヌは値踏みするかのような目でじっと見ている。クランベさんはそんな私達を、指を組んで微笑ましそうに眺めていた。

「し、仕方ない……」

 やっと絞り出した肯定の返事で、メリアーヌの表情が弾けるように明るくなった。まるでおもちゃを買って貰った少女のようだ。

「やったー! これで今日の遅刻の償い、半分は差し引いてあげなくちゃ」

「は、半分か……」

 残りの半分は恐らく、スリオルト流サンドウィッチ十個分で手を打つ破目になるだろう。

 メリアーヌは鉛筆をしっかりと持ち、テーブルに向き直った。彼女の手元には紙の束を糸で綴じた特製のメモ帳が、その隣には私が昔、誕生日プレゼントとして譲った、あのスクラップブック『ダルト・スリオルト先生の記録』があった。

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