表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第四章 小泉さんと仲間たち
29/31

第22話 レイラズチャレンジ(Aパート)

【前回のあらすじ】



 青木ヶ原樹海にて遭遇した二人の凶悪犯、坂上伊志男(さかじょういしお)矢加部太郎(やかべたろう)によって拘束されてしまったレイラだったが、工作との共闘によって見事に二人を出し抜くことに成功。



 悪夢のような一件が過ぎ去り、いつのものような平穏が戻ってくる……そう信じていた工作だったが……? 





【登場人物紹介】



小泉工作(こいずみこうさく)[34歳 独身]

 サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。代表作である「ダブルフィクション」は10万部のベストセラー。現在は原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。足のいっぱいある虫が苦手。



功刀(くぬぎ)レイラ[1?歳]

 褐色の肌にウェーブが掛かった黒髪が特徴。喫茶店「展覧会の絵」のマスターである功刀透とは親子関係であり、「山東恋空」という名前で声優として活動している。趣味は仮装。カーテンの隙間が怖すぎて苦手。





 青木ヶ原樹海での一件から早くも一週間が過ぎようとしていた。



 世間を騒がせていた爆弾魔と逃走中の殺人鬼が同時に逮捕されたというにわかに信じられないニュースが連日報道番組を賑わせ、今もこうして自宅リビングでオレンジジュースを飲みながらそれを眺めている。



 警察によって逮捕された二人、坂上伊志男(さかじょういしお)矢加部太郎(やかべたろう)が、取り調べで僕とレイラさんのコトを話してしまうコトを強く危惧していたが、とにかく今のところは大丈夫らしい。警察から出頭の連絡はまだない。



 僕達は彼らに襲われた被害者であって警察を恐れる必要は無いのだけど、当事者として呼ばれたとなればこちらも警察に根ほり葉ほり質問されて非常に面倒なコトになりかねない。



 何より必要以上に目立つようなコトは避けたかった。特に僕とレイラさんの関係が公になってしまったとなれば、こちらも色々面倒なコトになりかねない。



 万が一脚本家「清水舞台(きよみずぶたい)」の正体が僕であることがバレてしまっては、「原子記号マテマティカ」のキャストオーディションにレイラさんも参加していたこともバレてしまう恐れがある。



 そんな美味しそうなネタ、マスコミが放っておくワケがないだろう。ここ最近でも、とある作家が公私混同をして自分の作品に懇意にしている人間を出演させたことが発覚し、業界から干されてしまった例もあった。そんなコトになってしまったら僕はおろか、レイラさんのキャリアにも傷が付いてしまうことはあきらかだ。



 とにかく今は必要以上に目立ってしまう心配はなく、僕が矢加部に負わされた斬り傷も、皮膚が少々カットされた程度で済んでいた。病院での治療が必要なかったことも本当に幸運だった。



「これが、いいんで……痛ててッ!! 」



 しかし、ちょっと身体を動かしただけで走り回る傷跡の痛みは健在で、あの樹海での出来事が夢や空想でない、現実の出来事だったことを確認させてくれる。



「無理しないでね先生。かすり傷とはいっても傷は傷なんだから。ハイ、コーヒー淹れたよ」



「はは、その通りですね。コーヒーありがとうございます」



 そして今、こうしてレイラさんが僕の部屋に来て温かいコーヒーを一緒に楽しんでいる。



『今夜……ちょっと時間ある? 先生の部屋……行ってもいいかな? 大事な用事があるの……』



 今日の仕事が終わり、執筆により精神力を限界まで使い果たして天井を見上げていた最中、突如レイラさんから電話でそんなことを伝えられてしまっては、数日先までの元気を前借りしてでも彼女と一緒にいることを選ぶのは当然でしょう。



 彼女は今日もすばらしい。ウェーブの掛かった黒髪は上質の黒蜜のように輝き、艶とハリのある褐色肌はコーヒーゼリーの如き艶やかさ……



 そして何より、今日彼女が身につけている香水は、以前僕の部屋に料理を作りに来てくれた時と同じもの。



 それが意味することがハッキリとわかったことが、樹海での数少ない収穫の内一つ! つまり今日は「OK」の日ということだ! 



「あ、あの……レイラさん……」



「なぁに? 先生」



「いや……その……今日は、アレですね。いつもとは違う用事で来てくれたってことで……その……緊張してしまいまして……」



「……あ……そうだね。うん……やっぱり分かっちゃいましたか? 」



「当然ですよ。今のレイラさんを見れば、何のために来てくれかぐらい、分かりますよ」



「はは……さすが先生だね……それじゃあ……」



 レイラさんはそういって僕の向かい側のソファに座り、目を向き合った。そして手に取ったマグカップをゆっくりと口に運び、コーヒーを一口啜った。マグカップが彼女の口から離れると、わずかに口からこぼれたコーヒー液が唇に光沢を作り上げ、彼女はすばやくそれを舐め取った。ペロリ……



 その一連の仕草に目を奪われた僕は、自分の分のコーヒーを一度口に流し込みつつもそれを飲み込まず、伏せ目状態でレイラの姿を凝視し続けた。



「で、先生……今から言うことに驚かないでね」



「は……はい、大丈夫ですよ。どんなことだって僕はレイラさんを受け入れますから」



「はは、ありがとう…………でね、私……」



「私? 」



「近い内にブラジルに帰ろうと思ってるの」



「分かりました。ブラジルですね! そうそうブラジル! ブラがジルでブラジル! サンプウロ、リオデジャネイロ……………………ええっ!? 」



 まったく予想していなかったレイラさんの言葉に気が動転してコーヒーをひっくり返し、自分のズボンに茶色のアマゾン川を描いたことが今日のハイライト。



 夜も更けた時間帯にも関わらず「なぜ? なんでブラジルに?! 」と半泣き状態の大声で質問した僕に、レイラさんは一切のおふざけニュアンスを作らず、アフレコで演技をしている時のような真剣な目で答えてくれた。





 ■ ■ ■ ■ ■



 まず大事な点を言うと、ブラジルにいる私の叔父さん……つまりはママの弟さんなんだけどね。その人が今、危篤らしいんだ……



 先生は今まで気を使ってくれて私に聞いてこなかったけど……私のママ、今はブラジルに住んでるんだ。別に離婚したってワケじゃないよ。



 なんでパパと私と一緒に日本で生活していないのか? というと、その理由は四年前に叔父さんが病気で倒れちゃったからなの……



 叔父さんは結婚してたけど、奥さんと色々あって離婚……子供もいなかったから、誰も看てくれる人がいなかった。だからママだけが叔父さんの為に帰国したんだ……



 ホントは私もパパも一緒にブラジルに行きたかったけど、パパは夢だった喫茶店をオープンさせる最中だったし、私は声優になる為に養成学校に通っていたから、ママをそのことを優先してくれて、私達を日本に残してくれた……



 そして今日、ママから連絡があった。



 弟はもう、長くはない……って。



 私の叔父さん……“ルーカス”って名前なんだけど、ブラジルにいた頃は私のことをよく可愛がってくれて、将来声優になりたい! って私が言ってもからかうことなく真剣に話を聞いてくれた。大好きだった。



 だから、そんなルーカス叔父さんを少しでも元気つけることができれば……と思って……決めたの……



 今すぐブラジルに戻ろう……って。





 ■ ■ ■ ■ ■





 突然報告されたレイラの帰郷。ともかく工作は、自分自身なにか彼女の力になれないか思案し、自宅アパート一階の喫茶店「展覧会の絵」へとレイラと共に向かい、マスターであり彼女の父親である功刀透(くぬぎとおる)の元へと赴いた。



「すまねぇな……先生にまで迷惑かけちまって」



 閉店後の片づけ中だったにも関わらず、マスターは快く二人を招き入れてくれた。彼の顔は紅潮していて喋りも饒舌で、一目で酒を飲んでいたことが分かる。彼も自分の妻と義弟の近況を知り、飲まずにはいられなかったのだろう。



「いえ、レイラさんのこととなれば、僕もできる限り協力したいんです。マスター……よろしければその……マーカスさんについて詳しいお話を聞かせていただけませんか? 」



 工作の言葉に感極まったのか、マスターはグスっと目頭を少し抑えた後に、よく磨かれたグラスにミネラルウォーターを注いで工作とレイラに提供した。そして自分自身はアイリッシュ・ウィスキーの[タラモアデュー]をショットグラスに注ぎ、それをチビリと舐めた。一気飲みしなかったところを見るに、ギリギリの平常心はまだ保っているようだ。



「マーカスは俺達にとって大事な家族さ。日本人である俺がブラジルで生活する際、何度も力になってくれた。多忙でレイラに構ってあげられない時、彼は自分の娘のように世話をしてくれた。そんなマーカスが病気で倒れたと聞いた時はいてもたってもいられなくて、ブラジルに帰ろうとしたが……ちょうどその時、念願だったこの『展覧会の絵』をオープンさせる為の準備中だった。妻は……サンディはそんな俺とレイラのことを気遣って、自分一人がマーカスの世話を買って出た」



 マスターはここまで言い切るとウィスキーを一気に飲み干し、タン! とカウンターテーブルにショットグラスを叩きつけた。その所作だけで、その当時マスターがどれだけ葛藤をしていたかが分かる。



 自分の夢を優先するべきか……家族を優先するべきか……



 マスターの性格からして、もちろん喫茶店をオープンさせることなど後回しでブラジルに帰るつもりだったのだろう。しかし、その時夢を追っていたのは彼だけではない、レイラも同じだった。



 レイラもその当時、日本で声優となる為に養成学校に通っている最中だった。マスターの妻でありレイラの母であるサンディにとって、彼らが夢を諦めてしまうことを何よりも避けたかった。



 だから意地でも一人でブラジルに帰ることを曲げなかった。



「強い方なんですね……サンディさんって」



「うん……ママは一度決めたことは太陽が無くなったとしても曲げないから……だってママがブラジルに帰る当日、やっぱりパパも私も一緒にブラジルに行こうとしたの。そしたら……」



「そしたら? 」



「ママってばさ、パパと私のパスポートをシュレッダーでパラパラにしちゃってて……」



「……すごいな……」



 サンディの意地は工作の想像の遙か上を行っていた。そしてその頑固な性格は、レイラにも少し受け継がれているかもしれない。そう思った。



「そこまでされちゃあよ、俺もレイラも、サンディの気持ちに答えなきゃならないだろ? 俺はこの展覧会の絵を繁盛させて、レイラは声優として働けるようになってな……」



「もちろん、年末だとかお盆とか、そういう時期にはママに会いに行ってるよ。でもその度に『あなた達はこんなコトしている暇なんてないでしょう? 』って感じで……私達も一緒にマーカス叔父さんの面倒をみるよ! って言葉を意地でも言わせなくてさ……」



「そうだったんですね……」



 ここで工作は以前マスターに聞かされた話を思い出していた。



 彼は数年前に自暴自棄になっていたが、工作の書いたヒット小説「ダブルフィクション」を読んだことで心が救われた。という話を。



 おそらく、その時期というのがサンディがブラジルに帰った頃だったのだろう。妻だけに苦労をさせてしまい、自分だけがのうのうと充実した日々を送っていていいのか? と。



 そんな時、彼の力になれたことを工作は改めて誇り高く感じ、胸が少し高鳴ったことを自覚した。しかし、今はその小説パワーも無力そのもの。


 家族も同然のマーカスが苦しんでいる。その事実を乗り越えるには、彼がどんなに良い話を書いても救われることはない。



「正直言って……まだまだ自分、ママやマーカス叔父さんに誇れるような声優になれてないと思ってる……だからさ……今になって思っちゃうの……なんでもっと頑張らなかったんだろう……て……声優として上手くいかなかったからって自暴自棄になっている暇なんて、私にはなかったのに……」



 そんなことないよレイラさん! と言葉をかけたかった工作だったが、彼にはそれができなかった。自分が「原子記号マテマティカ」で彼女をお膳立てしたのにも関わらずに採用されなかった。という過去が彼にとっての心の楔になってしまっていて、彼女に励ましの言葉をかけたとしても、それは全て上っ面で中身の無いモノのように聞こえてしまうからだ。



 今この場に楓恋(カレン)がいてくれれば……と工作は心から思った。



 楓恋なら、こんな時……どんな言葉をマスターとレイラさんにかけるだろうか? 気にするなよ! だとか、あんた達は悪くないよ! だとかストレートに元気づけるだろうか……? 



 いや、違う。自分の妹はそれだけでは終わらせないだろう。ああ見えてアイツは無責任なことは言わない性格だ、必ず具体的にこーしろ! あーしろ! 提案してくるだろう。



 前に俺に対し、レイラさんに告白することを促した時のように……



「あの、マスター……ちょっと聞いてもいいですか? 酔いつぶれちゃう前に……」



「ああ、なんだい先生……ヒック! 」



 工作はマスターがもう一杯ウィスキーをショットグラスに注ごうとしたところを制止しつつ、話題を切り替える意味も込めてもう少しマーカスについての情報を知ることにした。



「あの、マーカスさんの……何か好きなモノとかわかりますか? 」



「あ? 好きなモノ……? 」



 工作がなぜそんなことを聞いてきたのか分からなかったマスターは、若干訝しい表情を作るモノの、かつての恩人の頼みとあらば……と気持ちを切り替えてマーカスについてさらなる深い部分を語ってくれた。



「マーカスは……とにかく映画が好きな奴だよ、なあレイラ」



「あ……うん! マーカス叔父さんの部屋、映画のDVDがズラーッ! って本棚に並んでて……まるで先生の仕事部屋みたいに」



 レイラは先ほどまで落ち込んで陰鬱になっていたものの、マーカスの趣味を語るとなれば、自分のことを話すかのような表情を作り、その声を弾ませた。



「へー、それは凄いですね! 映画かぁ……、その中でも好きな作品って何かわかりますか? 」



「わかるよ。先生もよく知ってるヤツ、メインイベント・オブ・ギャラクシー」



「おおっ! MEOG(メインイベント・オブ・ギャラクシー)ですか! 」



 工作はMEOG(メインイベント・オブ・ギャラクシー)、そのワードを耳に入れた瞬間に思わず席を立って興味を露わにしてしまったが、今はそういう感情を表に出す場面ではないことを思いだし、すぐに申し訳ない苦笑いを作りながら着席した。



 工作にとってつい最近までそれほど熱を入れていなかった映画シリーズだったが、レイラに連れられて最新作を鑑賞して以来、その面白さにのめり込んで評価を一変。最新作を除く全エピソードを同梱したBlu-rayBOXを購入し、第1作目から全て観直すほどの愛好ぶりだった。



 オタクのこういうところ、ダメですよね……と工作は自戒。



「ふふ、いいよ先生。先生も大好きだもんねこの映画。マーカスおじさんもパンフとかグッズとかも色々集めちゃうくらい入れ込んでたから」



「それじゃあ、マーカスさんは最新作のエピソード7も鑑賞済みなんですか? 」



「それが……」



 レイラはうつむいてミネラルウォーターの水面に写り込む自分の顔とにらめっこしてしまう。その意味深な行動がネガティブな要素を含んでいることに。工作もある程度の予想は付いた。



「マーカスは、まだ最新作を観てねえんだ……病状が悪化して少しの外出すらできなこと以前に……もう"観られねえ"んだ」



「どういうことですか? 」



「もう、病気の影響でアイツの視力はほとんど無えんだ。ボンヤリと俺たちのシルエットが分かる程度しか残ってないらしい……」



「目が……見えない……」



 映像作品のみならず、読書や絵画鑑賞といった趣味を持った者に対し、それほど辛いものはないだろう。愛好していた映画の最新作を楽しむことのできないマーカスの辛さは、小説家である工作にも痛いほど伝わった。


MEOG(メインイベント・オブ・ギャラクシー)の最新作の公開を心から待ち望んでいたヤツの為に、どうにかしてやりてえところだが……音だけ楽しもうにもまだDVDだとかのソフトも出てねえし、もしかしたら! と思って小説版(ノベライズ)の方も探してみたんだが、どうもそれも発売されるのはもう少し先らしいんだ……今じゃ、電子書籍ってヤツの機能で音声読み上げとかできるんだよな? それを使ってせめて内容だけでも……」



 マスターがそこまで口にした瞬間、工作の脳内で複雑に絡み合った毛糸がほぐれ、一本の糸となりピン! と張るイメージが浮かび上がった。



 僕たちにできること……あるじゃないか!! 



「マスター!! ありがとう! マーカスさんを元気づける方法、見つけたかもしれません! 」



 工作は肉食動物のごとく瞬発力で立ち上がり、隣に座っているレイラの手を取り合った。突如のコトでウィスキーをこぼすマスター、そして両手から伝わる工作の体温に鼓動を早めるレイラ。その視線の先には、フランベのような情熱的な炎を宿す工作の瞳があった。



「せせ……先生! どうしたの急に!? 」



「レイラさん! 僕とキミの力で、マーカスさんにMEOG(メインイベント・オブ・ギャラクシー)を見せてあげましょうよ!! 」





今回も長いので話を分割。



■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ