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小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第四章 小泉さんと仲間たち
28/31

第21話 ライター&アクター(Cパート)





「ハァ……ハァ……」



 どうにか逃げ切ったぞ。あのイカれた小説家と声優め、いつかかならず屈辱と痛みを倍返しにしてやる。だが今はその時ではない、今はとにかく逃走した矢加部の奴と合流して体制を立て直さなければならない! 



 くそ! そもそも俺と矢加部がこの樹海にやってきた本来の理由は、“新鮮な自殺者の死体”を手に入れることだけだった。



 俺と矢加部はここで自殺した二体の死体を手に入れ、一体を矢加部がラボに持ち帰って剥製にし、もう一体は俺が爆弾を仕込んで“人間爆弾”を作り上げ、新たなる爆作の可能性を探る……それだけのことだった。



 しかし、あの赤松で談笑している小泉工作を発見したことで全てが狂ってしまった……



 あの時、小泉工作が一人で樹海の奥へ消えてしまった時、一緒にいた女をダシに作品を台無しにされたことの復習を企ててしまった……



 それがいけなかった。誤算だった……



 本当に警戒しなければならなかったのは、あのアバズレ……レイラとかいう女の方だった。



 しかし今“タラレバ”を考えても仕方がない。とにかく矢加部! 矢加部のヤツはどこに行ったんだ!? 



 そして慣れない獣道を何度もつまづきながら走り出し、わずか1分か2分……いや、本当のところは30秒くらいだったのかもしれないが、とにかく、ここで光明が舞い込んだようだ! 



「おおおおおおーーーーい!! 坂上ぉぉぉぉ!! 」



 どこからか発せられた樹海に響く低音の大声! これは間違いなく矢加部の声だ! 



「どうしたァァァァ!! どこにいるんだ矢加部ェェェェ!! 」



 家に籠もりがちでほとんど大声など出したことのない俺も、ここぞとばかりに全力で声帯を震わせて矢加部の声に応じた。



「安心しろォォォォ! 小泉工作とイカレ女は俺が拘束したァァァァ! 赤松の木で落ち合ォォォォう!! 」



 でかした!! でかしたぞ矢加部!! 



 やはり趣味は合わずとも持つべきは友だ! ここでまさかの形勢逆転ができるとは思わなかったぞ! でかした矢加部!! 



 俺は焦る気持ちを抑えながら来た道を引き返し、アバズレレイラを拉致した例の場所、赤松の間へと疾駆した。その途中、矢加部が落としたと思われるメスを拾い上げ、それを護身用の武器とした。



 あいつらは抜け目ない。用心には用心を重ねなければならない! 



 息切れすらも気にならないほどに走る! 走る! ここまで興奮と充実感を覚えて疾走は、初めて爆弾を作って学校のロッカーに仕掛けた直後の逃走以来かもしれない。



 ワクワクがとまらない! そうだ、俺にはこの高揚感がある! 作品に対する好奇心と欲望がある! 



 俺はテロリストなんかじゃない! 



 俺はアーティストなんだ!! 









「おい! お前! こんなところで何やってる!? 」



 え? 



 誰だ? 待て……とにかく状況を整理するんだ……



 俺は今、矢加部と落ち合う為に赤松の間に到着して……小泉工作とレイラに倍返しをしようとして……



「おい! その手に持っているのはなんだ!? 刃物か? 」



 それなのに、俺を待っていたのは知らない大勢の人間……それも全員迷彩柄の服を着ている……



 これはもしかして……まさか……!? あの時工作と矢加部が言っていた……



『ここ青木ヶ原樹海はよ、時々自衛隊の奴らが野外訓練として使ってるコトがあるんだよ。この樹海には余った死体パーツを捨てる時に何度も来てんだよ俺は……それぐらい知ってるぜ。そうだろ? 先生』


『ああ、その通りだ。今日この時間に、自衛隊が訓練としてこの樹海を使っていることをとある情報筋から聞いているんだ。だからさっき君達が首吊り死体を使った爆発の音を、自衛隊が聞きつけているかもしれない。ということに賭けてみた』



 自衛隊!! まさか……ハッタリじゃなかったのか? 本当に今演習をしていたのか!! 



「おい! さっきから黙ってないでなんとか答えろ! その刃物で何をやっていた!! 」



「ええええ……えと……あの……その……俺は……その……アーティ……ストで……」



 だめだ……口がうまく回らない……俺はだめだ……こうやって大勢に囲まれると……



「おいお前! すぐに武器を捨てて、地面にうつ伏せになれ! 両手は頭の上だ! 」



「隊長! こいつ、さきほど身柄を拘束したゴーグル男の仲間かもしれません! 」



 もう何もしたくない……! 爆弾さえ……爆弾さえあれば……! こいつらを物言わぬ血まみれミンチの固まりにできるのに……



「はは……は、は…………」



 気が付いたら俺は自衛隊の言われたとおりに地面にうつ伏せになっていた。



 顔にへばりついた土の匂いが……動揺した自分の心を妙に落ち着かせてくれた……





 ■ ■ 一方、工作とレイラは……■ ■





「あ、レイラさん! パトカーですよ! 伏せて! 」



「うん……! ってなんで私たちが警察から隠れなきゃならないんですか? 」



「お互い嫌じゃないですか……こんなコトでまた目立っちゃうのは」



 工作とレイラは坂上と矢加部の魔の手から逃れた後、獣道を進むルートから樹海を脱出し、誰かに見つからないように気を付けながら、県道に接する藪の中をコソコソ歩いていた。



「それにしても、パトカーが通ったってことはですよ……私の秘技が上手くいったってことだよね? 」



「うん。さすがですよレイラさん。僕もびっくりしました……まさかキミが矢加部の声をマネて坂上をダマしちゃうだなんて思いませんでしたよ」


「へへ……先生にも秘密にしてたけど私、地声が低いから男の人の声を出すの得意なんだ。声帯のダメージさえ気にしなければ、スタローンの吹き替えだってできちゃうよ」



「そ……それは凄すぎませんか……」



 レイラは坂上を逃がした直後、声優業で鍛えた音感と声帯模写を駆使

し、あたかも矢加部が叫んでいるかのように声真似して、赤松の間へと誘導したのだった。



「それにしても先生。自衛隊の人達が演習をしていることを知っていたとしても、なんで例の赤松のところにいるってわかったの? 」



「それは簡単です、実を言うとあの赤松の木がある開けた空間は、そもそも自衛隊が演習の準備に使っている拠点なんですよ。だから他と比べて雑草も生えていないし、枝打ちもしてくれているので綺麗に場が整えられているんですよ」



「そうだったの? 通りであの場所、人工的な感じがしたよ……」



「はは、タネを空かせばどんなコトだって結構単純なモノなんですよ」



「なるほどね……でさ、そろそろ先生に聞きたいんだけど……」



「なんですか? レイラさん」



「先生がおぶっている……その……女の人の……死体……どうするつもりなの? 」



 そう、彼らが人目を避けて歩いているのには他にも理由があった。それは工作が“死体”を背負っているということ。



 元々矢加部によって調達されたその死体は、先の戦いで偽レイラとして工作達に大いに貢献してくれた恩人。工作はそんあ彼女を放っておくことができず、せめて警察の目に届きやすく、安全な場所まで運んであげようと考えたのだった。



「すみませんレイラさん……彼女とはもちろん面識はありませんが、あれだけ好き勝手に道具のように利用してしまった負い目もありますし、どうにか警察に引き渡すことぐらいはしてあげたいんです。」



「でも先生……その肝心な警察ならさっきから何台も私達の目の前を通り過ぎてるんだけど……」



「わかってます! なんとも自分勝手なコトをしてるってのは重々承知です! 僕達が目立たないように、この人の身柄を引き渡したいだとか……そんなの難しいことはわかってますよ! ああ……でもちょっとさすがに背負っているのに疲れがきました……レイラさん、代わってもらえます? 」



 突然の振りにレイラは「ふぇっ!? 」と素っ頓狂な顔を作るだけで、その返答には相当に迷いがあったようだ。受け入れるにしても、拒絶するにしても、その内容はあまりにもセンシティブすぎる。



「と、とりあえず先生! 休みましょう! ちょっとその辺にその……死体さんを置いて……ね? 」



「そうだねレイラさん。でももう辺りも暗くなってきましたし……早くしないとこの人が発見されないままですよ」



「う~ん……それもそうなんだけど……」



 とはいえ、腰に相当な疲れを覚えていた工作は、急ぎたい一心よりも一休みを優先させることにした。彼もそれなりの年頃なのだ。



「よっこら……って? うわっ!! 」



 工作はゆっくりと背中の死体を地面に横たわらせるつもりだったが、力の抜けきった死体はそのまま地面に「ドサッ! 」とマンガのオノマトペがハッキリと描写されるほどに崩れ落ちてしまった。



 しかしその直後……



「痛てっ! 」



 声が発せられた。それは工作のモノでもなくレイラのものでもない、第三者と思われる、高音の女声だった。



「レ……レイラさん。こんな時に冗談はやめてくださいよ……今の声もキミが僕を脅かす為にやったんですよね? 」



「ざ……残念ながら違います先生……今の声は…………………………続き言ってもいい? 」



「言わなくてもいいよレイラさん……だって……」



「ふああああ~……よく寝た……」



 間延びした口調でそういいながら、死体の女性が両手を上げて背伸びをしつつ、朝ベッドから目覚めたかのように体を起こしはじめた。



「わわ……」「あ……あ」



 予想だにしていなかった事態にお互いに抱き合い、目の前で起こった超常現象に震えて戦慄する工作とレイラ。



 まさか、死体と服を交換したり、凶悪犯退治の盾に使ったことに怒った死体の魂が、亡者として彼女を復活させたのか? などと考えていた



「え、え~と……あれ? え? 何? どーなってんのコレ? 」



 しかし、目覚めた死体の女性は今の状況が全くわかっていない様子だった。周囲を見渡してここが樹海の外だと分かった後、遅れて自分の顔を見て怯えている工作とレイラの姿に気が付いた。



「え~……あんた達、誰? ウチなんでこんなとこにいんの? 」



 彼女のその反応を見て、工作とレイラはようやく一つの答えを確信することになる。



「レイラさん……これはひょっとして……」



「うん……生きてたんですね、この人」



 そう、死体はそもそも“死体”ではなかった。彼女は初めから“生きていた”女性だ。そうと分かれば工作達の予定は変更、とにかく彼女が何者であるかを聞くことにした。



「あの、すみません。私レイラって言います。樹海を散策してる途中で、地面で“倒れていた”あなたを偶然見つけたんです。だから病院に連れて行く為にここまで運ばせていただきました。身体の具合とか大丈夫でしょうか? 」



 死体だった彼女の格好がおよそ登山を楽しむ姿ではなかったことから、何の為に樹海に来たのかぐらいは検討がつく。レイラはその辺りを配慮しながら質問した。



「そうだったんだ……それじゃウチ、失敗したみたいね」



 女性は自分を皮肉るように笑いながらそう言うと、ここまでのいきさつをレイラに説明した。





 彼女の名前は遠祖莉央奈(えんそ りおな)。都内の商社に勤めるOLだったが、入れ込んでいたホストクラブ男性に酷い仕打ちをされたことにショックを受け、衝動的に樹海で自殺を図ったのだそうだ。



 風邪薬や睡眠薬など、多数の薬を飲んで安楽死する方法を試したのだそうだが、そのレシピが信憑性皆無の怪しいWEBサイトに載っていた方法だったらしく、結局は死に至ることなく一時的に仮死状態に陥っただけ。それで倒れているところを、偶然にも矢加部が発見して死体と勘違いしたようだった。



 ちなみになぜ自宅ではなくわざわざ青木ヶ原樹海まで足を運んだのかというと「屋内で自殺したら死体の後始末が大変になるから」ということだったらしい。





「そうだったんですね……色々と辛かったでしょう……」



 莉央奈の話を聞いて気の毒に思った工作だったが、当の本人はそうでもないようで……



「いや~今思えばさ、ウチもちょっと先走りすぎちゃった感あるよね~。顔がいいだけが取り柄の男に裏切られたからって、死ぬことはなかったよね。っていうかたっぷり寝たおかげで気分もスッキリしたわ」



 と、あっけらかんとした態度を見せ、工作とレイラを苦笑いさせた。



「そういえばさ、まだあなたの名前聞いてなかったよね? 教えて? 」


「え? 僕ですか? 」



「そうそう、あなたはレイラちゃんの彼氏さん……でいいんだよね? 」


 初対面なのに馴れ馴れしい態度の莉央奈立ったが、“レイラの彼氏”と認識してくれたことは正直嬉しかったらしく、快く自己紹介することにした。



「僕は“清水舞台(きよみずぶたい)”って言います。どうぞよろしく………………あっ! 」



 工作が名乗った直後、横にいたレイラは「何やってるの!? 」という言葉を、目を大きく開いた表情で彼に伝えた。彼自身も自分で自分の犯したミスにスグに気が付いていた。



 しまった! 清水舞台は自分が小泉工作であることを隠す為の脚本家としてのペンネーム! 最近は脚本の仕事しかしてなかったから、ついウッカリそっちの名前を伝えてしまった! 



 心の中で焦っても喋ってしまったことは覆らない。ここ最近メディアの露出が増えている工作は、彼女が小説家・小泉工作の顔を知らないことを祈り、今更ながら後ろを向いて顔を隠した。



「清水……舞台……どこかで聞いたコトあるような、ないような……それに、あなたの顔も見覚えが……」



「き、きっと気のせいだと思いますよ! 」



 莉央奈は清水舞台という名前に心当たりがあったようだが、あまりハッキリしない。その内「ま、いっか! 」と特に深く追求することはしなかった彼女の様子に、「「よかった~……」」とホッと胸をなで下ろした。


「おおおおーーーーい!! 」



 そしてちょうどその時一台のワゴン車通りかかり、その助手席の窓から見覚えのある女性が大きなキンキン声をこちらに向けてきた。



「工作ゥ! レイラァ! こんなところで何やってんだ! 」「無事だったか? 二人とも」



楓恋(カレン)!? 」「それに(アキラ)さんも!? 」



 そのワゴン車に乗っていたのは、工作の妹「楓恋(カレン)」とその夫である「的場彰(まとば あきら)」だった。



 数時間前、楓恋(カレン)はメールの内容から工作とレイラの行き先が青木ヶ原樹海だと分かると、不穏な胸騒ぎを感じ取っていてもたってもいられなくなったそうだ。



 すぐさま夫の彰に車を出してもらい、東京から飛ばしてわざわざ山梨まで二人を迎えに来たのだ。



「お前らが二人とも変わり者だってのは知ってたけど、何もこんなドロドロで鬱屈した場所で待ち合わせなくってもいいじゃねえか! それに……なんで知らない女が一人増えてるんだ? しまいには工作の服はところどころ血が滲んでるし、レイラは泥だらけ……一体これはどういう状況なんだよ? 説明! 」



 一体これはどこから説明すればいいのか……と、狼狽する工作だったが、ひとまず心を許せる人間が目の前に現れたことで、フッと……安堵して全身を脱力させた。



「ごめんな楓恋、一言では説明できないんだ。とりあえず迎えに来てくれたことは本当に助かった……彰さん、東京まで頼めますか? 」



「いいですよ。それにしても、はぁ……お義兄さん、やっぱりあなたは楓恋とそっくりですね……」



 意味深な彰の言葉に言葉を詰まらせる工作だったが、とりあえず的場夫婦の世話に遠慮なく甘えることに決め、工作とレイラ、そして莉央奈も途中まで送る為にワゴン車の中に乗り込んだ。



 その道中、車内で莉央奈は不思議な話を彼らに聞かせた。



 樹海で薬を飲んで眠っている間、ずっと奇妙な夢を見続けていたらしい。


 それは遊園地に大勢の人間が集められ、全員で少年マンガのような激しいバトルを繰り広げていたという内容だった。



 莉央奈はそのバトルの最中に全身が突然炎に包まれてしまい、その直後に目が覚めて今に至っているのだそうだ。



「臨死体験みたいなものでしょうか……」などと、適当に相づちを内ながら莉央奈の話を聞き続けている内に、工作とレイラの身体にこれまでの疲れが一気に襲いかかったようだ。二人ともお互いの肩を寄せ合ってワゴン車の後部座席うとうとしてしまっていた。



 長かった緑色(グリーン)大海原(オーシャン)の荒海航海が、これでようやく終わったのだ。



 そして小泉工作は、眠りに落ちる直前、まどろむ意識の中でこう呟いた。



「結局、今日もコーヒーをオレンジジュースに変える方法……聞きそびれちゃいましたね……」





 ■ ■ その後 ■ ■





 自衛隊によって身柄を拘束された坂上と矢加部はすぐに地元の警察に引き渡された。そして二人が巷を騒がせている爆弾魔と殺人鬼とわかり、世間を騒がせることになる。



 その後、坂上と矢加部は法によってしかるべき罰を与えられることとなり、さらには矢加部の人間剥製作品の顧客リストの中に、社会的に重要な人物の名前も載っていたことで一大センセーションとなった。



 しかし、坂上と矢加部の両者は、あの日樹海で何をしていたかを聞かれても“死体を探していた”以外のことを頑なに喋ることはしなかった。



 おそらく二人にとって、小説家と声優によってやり込まれたことは最大級の屈辱と思っているようだ。自称とはいえアーティストの気質を誇り高く持っていたことから、商業主義のエンターテイナーである工作とレイラを見下しているところがあった。



 彼らはその後一切、本も読まずラジオを聞くこともなく、獄中での限られた娯楽さえも全て拒み続け、粛々と法の裁きを受け続けるのであった。





[ライター&アクター(Cパート)] 終わり


   →次回[レイラズチャレンジ]へと続く。

遠祖莉央奈の夢の詳細はこちら↓


(自殺ランブル)

https://ncode.syosetu.com/n4332du/



■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

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