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小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第四章 小泉さんと仲間たち
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第21話 ライター&アクター(Bパート)






「おうおう。どうやらあのお二人さんよ、もう諦めちゃってこのままヨロシクぶちかまそうとしてねぇか? 」



「人並み外れた才能を持った人間も、ふたを開ければただの人間だな。その時の感情に身を任せて、ムードに飲み込まれて身を破滅させる……残念だな小泉工作、そして女。おまえ達にはもっと感情を爆発させて欲しかったぞ」



 工作の後を追うように崖上に上がった坂上と矢加部。そこで待ち受けていたのは、ただ黙ってレイラを横抱きに担ぎ上げている工作の姿だった。


 その姿は絶望に追いつめられている最愛の人を抱き寄せ、彼女もろとも爆発四散する時を黙って間っている……そんな風に見えた。



「小泉工作。もう残り一分もないぞ? どうするんだ? 別れの言葉はもうないのか? 」



 坂上がそう嘲ると、抱き上げたレイラの首もとに顔を埋めていた工作は、突如からくり人形のような不気味さで顔を二人の殺人鬼の方へと向けた。



 その仕草と、工作の目に煮詰めたザラメ糖のような粘着質の不気味な熱を感じ取った坂上と矢加部は本能的に身構えて、お互いに凶器のメスを取り出した。



「坂上、矢加部……僕とレイラさんは、最後までお前達に抵抗することに決めたよ」



「ほ~う……抵抗するってどうやってだ? 無力な小説家と貧相な女で俺達に襲いかかって時限爆弾のリモコンを奪い取ろうってのか? 笑わせるぜ。無修正モノだと謳いつつ、中身じゃ肝心な場面など一切映していないAVを借りちまった時と同じくらいにな」



 矢加部の下劣な罵りなど意に介さず、工作はレイラは左肩に担ぎつつ、右手をカーゴパンツのポケットに突っ込み、何かをまさぐった。



「おまえ達、何か勘違いしていないか? こっちは人間一人を用意に死に至らしめる爆弾を持っていて、そっちにはちっぽけな刃物……どっちが有利だと思っているんだ? 」



 その工作の言葉に、犯罪コンビの二人はお互いに目を合わせて「まさか……」の一言を心の中で同時につぶやいていた。



「うおおおおッ!! 」



 樹海の木の枝が揺れたように錯覚するほどに気迫のこもった掛け声を上げる工作! ポケットから取り出した“何か”を勢いよく二人に向けて投げつける! 



「アッ!!? 」



 次の瞬間坂上は頭部に激しい痛みを覚え、目の前が一瞬真っ赤に染め上げられた。



 彼に投げつけられたのは、工作がもしもの時の為にポケットに忍ばせていた手のひら大の溶岩石だった。ゴツゴツと滑らかさとは無縁のその石を額に投げつけられたのだから、坂上はただではすまない。当然皮膚が破けて血を流す羽目となった。



「貴様ァッ!! 」



 仲間を負傷させられたことで激昂した矢加部は、凶器のメスを工作に向けようとするが、その時すでに工作は矢加部の1m手前にまで迫っていた。



「何ィ!?  」



 肩に担いだレイラもろとも突っ込んでくる工作に圧倒され、矢加部は何の抵抗も出来ない! 工作はそんな彼のビール腹にやぶれかぶれの前蹴りをめり込ませる! 



「ううッ! 」



 非力でケンカをしたこともない工作だったが、長身の恵まれた体格を躊躇なく暴れさせたとなると、さすがの凶悪犯二人も簡単には対処できなかった。



「くそ……」



 工作の作戦はあまりにも大胆で、さしもの坂上もここまでは想定できなかった。



 まさか爆弾を取り付けられたレイラを“凶器”として扱い、こちらに迫り来るとは夢にも思っていなかったからだ。



 爆弾の威力は半径1m以内。首に重点的な爆発を起こさせて、胴体と分離させること想定して作られている。



 本来であれば2~3mでも離れていれば問題ないのだが、工作は担いだレイラを容赦なくこちらに押しつけてくるので、離れようにも離れられない。爆発の巻き添えを食らったところで命を落とす可能性は低いが、重大な損傷を身体に残すレベルのダメージを負うことは確実。



 そしてレイラ爆死まであと30秒も残されていない。



「仕方ない! 」



 坂上は苦渋の決断でリモコンを操作し、時限爆弾のタイマーを再び一時停止させた。



「止めたぞ工作! もうその女は爆弾じゃない! ただの人間だ! 」



「それなら次はそのリモコンを奪い取る! 」



 時限爆弾が止まっても攻撃の手を緩めない工作。倒れた坂上の身体を踏みつけようと右足を振り上げる。



「調子に乗るんじゃねえ! 」



「うっ!? 」



 しかしその右足は坂上の肉体のめり込ませることなく、工作はレイラもろとも倒れて地面にたたきつけられてしまった! 矢加部がメスで彼の左足を斬りつけ、攻撃を阻止したからだ。



「う……レイラさん! 」



 とっさのことだったので、工作は転倒する際にレイラを庇うことができず、彼女の身体までも岩の露出する地面に叩きつける形になってしまった。その打ち所が悪かったのか、どうやら彼女は気絶をしてしまったようだ……手足がピクリとも動かない。



「自分の女を盾にして脅すとは流石に焦ったが……タイマーを止めた今、アンタにもう優位性はねえぞ! 小泉先生ェよォ……」



「くそっ! くそぉっ! 」



 右足を斬られ、痛みで立つことすらできない工作は、地面の土を手にとって彼らに放り投げることしかできなかった。



「見苦しいぞ小泉工作! もうお前のブザマ加減にはうんざりだ、つき合いきれん! 予定変更だ、お前も女も今ここで斬り刻んで身動きがとれなくなったところをじっくり爆作(ばくさく)することに決めた! 」



「そうとなったらとなると俺の出番だな。坂上、お前はちょっと休んでろや」



 矢加部はそう言って、傍らに置いておいたブリーフケースを手に取り、その中身を工作に見せつけるように蓋を開けた。その中には大小さまざまなピンセットや鉗子、そしてもちろんのこと無数のメスが収納されている。



 それを見た工作は今から自分がどんな目に遭ってしまうのかを想像してしまい、思わず固唾を呑んだ。



「先生よぉ……今コレを見てゾっとしただろう? いいぜぇ……その表情」



 矢加部はケースからメスを一本、刃の部分を指で摘み取ってダーツの矢を投げるかのようなフォームで振りかぶった。その標的は工作ではなくレイラに向けられている。



「やめろッ! 」



 工作はとっさに傍らに倒れたレイラの身体に覆い被さる。矢加部の投げたメスは工作の左肩を掠めて地面に突き刺さる。遅れて血液が工作の上着を真っ赤に染める。



「つっ……」



 燃えるような痛みで悲鳴すらも上げることができない工作。しかしレイラの身体が傷つかなかったことで少しの安堵も覚えていた。



「泣かせるじゃないか小泉工作。でもそれもいつまで続くかな? 矢加部の持っているメスは1ダースどころでは収まらんぞ」



 このままではメスダーツの的となって血塗れと化すことは必死。一難去ったら二難も三難も悩ませられてしまう工作。神にも仏にも見放されたかのような状況だったが、彼の表情は全く死んでいなかった。



 いや……それどころか……



「ふふ……」



 笑っていた。工作は口元を緩めて一笑を漏らし、肩を揺らしていた。



「なにがおかしいんだァ? 先生よぉ? 」



 その不気味な様子に矢加部も坂上も、初めは工作が平常心を失って暴走したのかと思ったが、彼の真剣な目つきからはそんな様子は窺えなかった。



「面白い……? いや、そうじゃないんだ。矢加部……キミは何度もこの樹海を訪れているハズなのに、一度も“アレ”に出会ったことがないのかい? 」



「ハァ? “アレ”ってのはなんのことだ? なぜ今そんなコトを聞く? 首吊り死体のことなら何度も見かけてるぞ先生」



 矢加部の言葉には何も返さず、工作は血をポタリと滴らせながら不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと彼らに向かって指を差す。



「違う。アレっていうのは“亡者”のコトさ……樹海には時折さまよえる魂が形となって現れるんだ」



「亡者……!? もうじゃ……もしかして、霊だとかゾンビだとか、そういうオカルトじみた話じゃないよな? 」



「その通りだ」



 その言葉を聞いて矢加部は大口を開いて笑い声を上げ、坂上は頭を抱えて大きなため息をついてしまった。



「小泉工作……お前ももう少し怜悧(れいり)な男だと思っていたぞ。まさかそんな子供だましの脅しで俺たちをやり過ごそうとしているのか? それともそんな与太話を真剣に信じているのか? 」



「さ、坂上! よせよせ! これ以上小説家の先生を困らせるんじゃない! 話のネタに妄想ばかりしてるから虚構と現実の区別が付かなくなっちまったんだよ、やっぱ物書きってのはクレイジーな奴が多いってことだ! 」



 矢加部は笑いを堪えながら工作を蔑む。もはや彼らの目には小泉工作という男の値打ちは下がるところまで下がりきっている。



 しかし、それこそが狙いであり工作にとっての活路だった。工作もレイラも虎視眈々とこの時をずっと待っていたのだ。



「お前ら、あざ笑っているのも今の内だ……スグにそうやって笑ったりもできなくなる……後ろを振り返ればな」



「はぁ~? 先生ェよォ……もうそんな手には乗らねえってよ。その隙に何やらかそうとか考えてるんだろ? 同じような手は二度と……」





『……のど……』





 何かが聞こえた。



 それは、木々の枝が風で擦れあう環境音か何かと勘違いするほどに、かろうじて認識できる程の空気の振動だったが、しかしはっきりと“のど”という言葉として、言語脳力を司る中枢神経に直接語りかけてくるような音……いや、“声”が聞こえた。



 いや、待て……おかしいだろ? そんなコトありっこない……嘘だ……俺は信じない! 絶対に振り返らない! その声の方へと首を向けたくない! 



 オカルトの類を信じない矢加部だったが、その声はまるで廃屋で綺麗すぎる一松人形を見つけたような、本能的に恐怖を揺さぶるほどの不気味さがあった。



 それは坂上も同じで、矢加部ほどではないが確かな緊張により鼓動が高鳴ったことを自覚していた。



『のど……くるしい……』



 聞き間違えなどではない。確かにその声は自分たちの背後より発せられている。そしてその主と思われる気配が、わずかな足音と衣服の擦れあう音によってハッキリと伝わり、そしてそれがゆっくりとこちらに“近づいて来ている”ことも認識した。



 嘘だ……どうしよう……来る……来る? こっちに向かってくる?! 


 口を半開きにさせ、何度も坂上に視線を送って助けを求める矢加部。落ち着け! そんなことは絶対にない! とばかりに坂上はブレない姿勢で彼を落ち着けようとするが、肝心の声が一切出せないでいた。



 くそ! くそ! お前一体誰なんだよ! 本当に小泉工作の言う“亡者”ってヤツなのか? だとしたら何で俺たちにちょっかい出してくるってんだ! ここで死んじまうヤツらなんて、勝手に自分で首吊ってくたばってるような輩ばっかりだろうが! 死んだ後でも他人に迷惑かけるんじゃねえよ! 俺たちは関係ねぇ……



 心の中で悪態をつき続ける矢加部だったが、ここでようやく彼は“一つの違和感”がこの場に生じていることに気が付いた。



 そうだ……



 そういや……いなくなってるじゃねえか……





 俺が見つけた……女の死体が! 





 異変に気が付いた矢加部は半ば無意識に身体をひねり、とうとうその声の正体と思われる存在を目の当たりにしてしまった。



「ッ……!! 」



 矢加部の想像通り、“それ”はいた。



 白いワンピースに身を包んだ女性。



 生気を全く感じさせない足取りでこちらに近づいて来る彼女は、長い黒髪を前に垂らしていて顔は隠れていたものの、矢加部がこの樹海で仕入れた女性の死体であることは間違いなかった。



「うわああああああッ!! 」「アアアアッ!!?? 」



 矢加部も坂上も揃って悲鳴を上げた。無理もない、さっきまで死体と扱っていた存在が、今こうして立ち上がってこちらに向かってきているのだから。



 彼女は工作の言うとおりさまよえる“亡者”なのか? それとも実は自殺に失敗していて仮死状態だった身体が蘇ったのか? 



 しかしそんな考察の隙すら与えず、この状況は次の一手によって新たな局面を迎えることになる。



「うおおおおッ!! 」



 満身創痍の工作が気迫を込めたかけ声と共に矢加部に向かって猛進した! 



「しまった! 」と坂上が我を取り戻すも時すでに遅し! 気が付いた時には矢加部の頭部には、“珍妙なゴーグル”が工作によって強制的に被せられていたのだ! 



「うわああああ! なんだコレは! 俺の身体おかしくなっちまってる! 」



「矢加部! さっさとそのゴーグルをはずせ! 」



「ダメだできない! 右手が左手で……お前が右にいて!? う、うわああああ! 」



 謎のゴーグルが取り付けられた矢加部は大混乱。千鳥足の酔っぱらいのような足つきで右往左往している内に、そのまま足を滑らせて崖下へと真っ逆様に転落してしまった! 



「矢加部ェェェェ!! 」



 地面に露出した岩の数々が矢加部の身体を痛めつけ、ゴムボールのようにバウンドしながら転がり落ちた矢加部はそのまま崖下に打ち付けられた。



「う、う……ダメだ……」



 そして何とか立ち上がるも、未だに痛みと恐怖でパニック状態がさらに悪化してとうとう……



「呪いだ! 樹海の呪いだぁぁぁぁ!! 」



 と、ゴーグルを付けたまま一人で絶叫し、樹海の奥の方へと走って逃げてしまった……



「矢加部! 矢加部ェェ! 戻ってこい!! 矢加部ェェェェ!! 」



 仲間の取り乱しぶりに落胆、絶望する坂上。そんな彼に忍び寄る一影が一つ……



「はい! 捕まえた! 」



「うッ!! くそ……!? 離せ!」



 坂上は一人の人間に後ろから抱きしめるように拘束され、首には矢加部が落としたメスが突きつけられてしまった。その相手こそ、先ほど矢加部を大混乱に導いた“亡者”。そしてこの時、ようやく坂上はその正体が何であるのかに気がつくことができた。



「あのゴーグル、視界が左右逆転する特殊なモノなの。私達は“ストラットンゴーグル”って呼んでるんだけどね、今日もリュックに入れててよかった。それにしてもあの矢加部って人、カンはいいのに一度思いこんじゃうとそれに振り回されちゃう人なのね……」



「……やはり貴様……“亡者”なんかではなかったな!! 」



 そう。死んでいたはずの女性が“亡者”として復活したそのカラクリは、ひどく単純で原始的。しかし、その者の実力次第では誰もが騙されてしまう絶対的な方法だった。



「そうです……君達がレイラさんだと思ってメスを投げつけていたのは、死体の女性です。まぁ要するに……着ていた服を入れ替えてたんですよ、死体とレイラさんの。君達が僕とレイラさんだと勘違いしていた死体に気を取られている内に、死体の服を着たレイラさんはこっそりと崖下から迂回して君達の背後に回り込んでもらいました。そして亡者の演技をしてもらって脅かしたってワケですよ」



 工作はそう説明しながら、レイラに拘束された坂上に近づき、彼のズボンのポケットに手を突っ込んで時限爆弾の起動・停止、二つのスイッチを取り上げた。これで坂上は一切のアドバンテージを失ったことになる。



「くそ……お前達の演技に一杯食わされたってことか……女……お前一体何者なんだ……」



山東恋空(さんどうれいら)……一介の声優よ! 」



「え……せい……? 」



「教えてあげる。声優ってのはね“俳優”であることが前提なの。あなたみたいな○○○野郎一人を演技で騙すことくらい余裕なんだからね」



 レイラは放送禁止用語を交えながら、時限爆弾の取り付けれた自分の喉元を、坂上のうなじに密着させ、彼の耳元でささやきはじめた。



「さぁ、お姉さんに教えてくれるかなァ……? キミが私の首に付けてくれたこの爆弾……どうやって取れば爆発しないですむの? 教えて……でないとこのメスでキミの白い肌をチクっとしちゃうからねぇ……どうする? もしもデタラメを教えて私が今爆発しちゃったら、キミも一緒にドカン……! だからね? よ~く考えて行動しようね」



「う……うう……」



 そのレイラの言葉には艶めかしいニュアンスが含められていて、異性に対して興味のない坂上でさえも劣情を意識せざるを得ないほどにであった。



「レ……レイラさん? 」



 普段の彼女からは想像できない変貌ぶりに困惑する工作。まるで人をたぶらかす魔女を思わせる妖艶さと、少しでも心の隙を見せた瞬間に命を奪い取る殺し屋のような恐ろしさを発散させていて、端から見れば坂上とレイラ、どちらが凶悪犯なのか分からないほどだった。



「ふ……ふふ……俺がその程度の脅しに屈するとでも? いいぜ……お前もろとも爆発して自ら爆作(ばくさく)となる覚悟はできている! 分かったら俺を解放しろ! 」



「ふ~ん……そうなんだァ……」



 レイラはため息混じりにそう漏らすと「先生、ちょっとそれ貸して」と、工作が手に持っている時限爆弾のリモコンを寄越すように催促する。


「え、レイラさん? 停止スイッチですか? 」



「うん、でもそれはこの坂上クンに渡して。私が欲しいのはそっち」



「へ? 」



 そう言って右手に持っていたメスを投げ捨てたレイラは、工作から2つのリモコンを半ば奪い取って、停止スイッチをムリヤリ坂上に握らせた。


「れ……レイラさん? 何を? 」



「さぁ、坂上クン。今から私がタイマーを起動するよ。一緒にあなたの作品になってあげる」



「え? 女! お前何を考えて……!? 」



「はい! タイマースタート! 」



 坂上が喋りきらないうちに時限爆弾のタイマーを起動させてしまったレイラ。その残り時間はもはや5秒すら残っていない! 



「レイラさん!? 」



「何考えてやが……」



 あまりにもとっさの出来事。坂上にとってはさっきまで人質に捕らわれていた女性によって今度は追いつめられているという屈辱。けっして屈してなるものか! と矜持を掲げていたものの、それを貫き通すにはまだまだ彼は若すぎた。



「クソォォッ!!!! 」



 彼は停止スイッチを押してしまっていた。



 芸術家としてのプライドよりも、20代である坂上は“生”に執着していたのだった。その行為によって、これまで掲げていた彼のポリシーや哲学が全て崩落しようとも、彼は時限爆弾を止める以外の行動は取れなかった。



「……あれぇ? 爆弾……止めちゃったんだ……残念だなァ……disappointment(失望)だなぁ……」



「む……無茶しないでくださいよレイラさん……こっちが心臓発作で死にそうになりましたよ」



「ごめんね先生。私ね……先生をそんなに傷つけたコイツらに……久々に“キレ”ちゃったみたいで」



「キレた……」



 そういえば彼女が“怒る”姿は初めて見たな……と工作はレイラの知られざる一面を目の当たりにして「今まで怒らせなくてよかった……」と心の中で呟いた。



 妹の楓恋(カレン)のような感情的に爆発するタイプとは違い、レイラは怒りが頂点に達した時、ジワジワと毒蛇が絡みつくように静かで冷たくサディスティックな感情を露わにするタイプだった。



 しかしそんな一面でさえ、工作にとっては彼女の新しい表情の一つとして尊く、愛でたくなる要素として受け入れられた。とにかく今は、彼女が自分の為にそこまで怒ってくれたとが嬉しくもあったからだ。



「……レイラさん、これくらい全部かすり傷ですから。僕はキミさえ無事でいてくれたら、どんな痛みだって気になりません。だからもう、こんな無茶はしないでください。といっても、なりふり構わず思い立ったらスグに行動する。それがキミの魅力でもあるんですよね……せめてほどほどにしてください、お願いですから。」



「……ごめん……ビックリさせちゃって」



「レイラさん……もういいですよ。結果的には今はこうして二人とも無事に生き残った。これがいいんですよ……これが」



「先生……」



「レイラさん……」



 そのまま“いい感じ”の雰囲気になってしまった二人に挟まれる形の坂上。自分をないがしろにされた屈辱と、人目はばからずイチャつこうとしているカップルに対しての苛つきで、とうとう心が全て折れてしまったようだ。



「……お前達、狂ってやがる、もう付き合いきれん」



 そう言って坂上は停止スイッチを今度は長く押し込んだ。するとレイラの首輪から「ピー! 」と機械音が発せられ、残り時間のデジタル表示が消失した。



「コレでもう爆弾は起動しない……首輪を取ってさっさと俺の目の前から消えてくれ……」



 坂上の言葉を信じ、レイラはネックレスを外すように首輪に手をかけた。彼の言うとおりに爆弾は起動せず、彼女はようやく自由と安全の身を取り戻したのだった。



「ふ~……坂上クン。今度はこんなのじゃなくてさ、どうせ女の子にプレゼントするなら、綺麗でかわいいアクセサリーかなんかの方がいいと思うよ。ってことでコレ返すね」



「お、お前! 何を!? 」



 レイラは外した首輪を坂上の首に巻き付けてお返しした。これで彼が何かしらの手で爆弾を起動させようとしても不可能となった。工作とレイラは、坂上とのチェスゲームで完全なる王手(チェック)の状況となる。



「けっこう似合ってるよ坂上クン。ふふ……首輪のプレゼントなんて先生にもしたことないんだからね」



「アバズレの変態女め……」



 坂上とレイラのどことなく倒錯的なやり取りに、ついつい工作は「いいなぁ……」と羨望のまなざしを送ってしまったが、すぐに我に返って坂上と対峙する。



「坂上、もう諦めるんだな。俺たちはお前と矢加部を警察に突き出さなければならない。もうこれからはイカれた芸術活動とやらもできなくなる



「……なんでだよ……」



「へ? 」



「なんでだよ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ! 俺は金も名声もいらない! ただ爆弾を作ってそれを作品として残したいだけなのに! お前みたいな妄想話で金儲けしているヤツにただ純粋にアーティストとして自分を高めたい俺が、なんでそんなこと言われなきゃならないんだ! ここまで来るのにどれだけ苦労と努力を惜しまなかったのか! お前らには想像もできないだろ!! ふざけるなぁぁぁぁ!! 」


 慟哭しながら感情を露わにした坂上。その言葉には彼なりに真摯で誠実で嘘偽りのない想いが込められていた。



 しかし、工作にとってはそんな言葉をやすやすと受け流せることなどできなかった。



「お前こそふざけるなァッ! 」



 工作は坂上の胸ぐらをつかみ、彼と頭突きするかと思うほどに顔を接近させて反論する。



「お前がやっていることが芸術だと? 他人を傷つけ不幸にしていることがアートだと? 何を言っているんだお前! 創作やエンターテインメントってのはそんなに“簡単”で“安直”なモノじゃない!! お前は単純に他人を傷つけることを楽しんでいるだけだ! 芸術だのなんだのと口当たりの良い言葉を錦の美旗にしてな!! そんなヤツが努力だの苦労だの言うんじゃない!! 何度も挑戦して、自分を見つめ直して、勉強して、コツコツとへこたれずに前を向いて走り続ける……レイラさんのような人が使う言葉なんだ! お前の苦労なんて、彼女に比べれば朝起きたらスマホの充電が切れてたくらいのモノだ! 恥を知れ爆弾テロリスト! 」




「く……」



 工作の熱情に圧倒された坂上は返す言葉を見つけることができず、そのまま黙り込んでしまったかと思ったら……



「クソヤロー!! 」と捨て台詞を吐いて工作の股間に前蹴りを入れた。


「うっ……!? 」



 不意を付かれた急所攻撃に悶絶する工作。レイラもとっさに行動できず、そのまま逃げ去る坂上を止めることができなかった。



「先生!大丈夫!? 」



「う……なんとか“潰れて”はいないみたいです……うう……それよりも! 坂上が……」



「逃げられちゃったね、先生……」



 彼女はそう言ってうずくまって苦しむ工作の腰を優しく撫でてあげた。その間に坂上の姿はどんどん小さくなり、樹海の闇へと消えてしまった。


「情けないです……最後までカッコつかないですね、僕は……」



「そんなことないよ先生。私を助けてくれようと頑張ってくれた姿が全部カッコよかったよ……」



「……ありがとうございますレイラさん。でも坂上をやりこんだキミの方こそカッコよかった……さすがです」



「私と先生……二人の勝利だよ…」



 工作とレイラは、磁石のN極とS極がくっつき合うように、自然な流れでお互いに抱き合った。そして確かな体温を確かめ合って安堵した。



 もう、彼女たちに襲いかかった地獄は過ぎ去ったのだ。



「しかし……坂上を逃がしてしまったのは心残りです……アイツは多分、また爆弾を作って誰かを傷つけるハズだ」



「へへ……勘違いしないでよ先生。私はまだ、あの坂上坊やのことを許していませんから」



「え? ひょっとして何か考えが? 」



「うん。とっておきの秘技を見せてあげる。その前に先生に確認したいんだけどさ……」



「確認? 何のことだい? 」



「さっき先生が言ってた“アレ”……ホントは“本当”なんでしょ

? 」



 レイラの含みのある言葉を工作はすぐには理解できなかったが、彼女がはにかみながら見せてくれた“敬礼”のようなポーズで全てを理解した。


「ああ! その通りだよレイラさん! “アレ”は本当ですよ! “アレ”はおそらく今、“例の赤松の木”の近くにいるハズです! 」



「やっぱり! そうとわかったら……」



 レイラは立ち上がって大きく息を吸い込みはじめた。






[ライター&アクター(Bパート)] 終わり


   →次回[ライター&アクター(Cパート)]へと続く。

後はCパートです。


■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

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