表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小泉工作とレイラさん  作者: 大塚めいと
第四章 小泉さんと仲間たち
23/31

第18話 クロックワークス・ボディ

【前回のあらすじ】



 工作が与えてくれたチャンスを生かせずに意気消沈していたレイラだったが、楓恋の夫である的場彰との出会いによって気持ちを整理し、工作に心の内を全てさらけ出す為に彼と思い出の場所、[赤松の木]の下で落ち合うことにした。




 自分自身プロの声優としてしっかりと工作に思いを告げ、工作もまた一人のプロ作家としてレイラに正直な言葉を投げかけることで、二人は心のしこりを綺麗に取り払うことができた。




 そして心機一転してお互いに頑張ろう! と意気込んだ二人っだったが、ここで予期せぬアクシデントが彼らを襲った。




 工作がトイレの為、少しの間その場から離れて戻った時、赤松の下にいるハズのレイラの姿が忽然と消えてしまったのだった。




 一体彼女はどこに……? 





【登場人物紹介】




小泉工作(こいずみこうさく)[34歳 独身]

 サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。代表作である「ダブルフィクション」は10万部のベストセラー。現在は原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。好きなラーメンの具は燻製玉子。




功刀(くぬぎ)レイラ[1?歳]

 褐色の肌にウェーブが掛かった黒髪が特徴。喫茶店「展覧会の絵」のマスターである功刀透とは親子関係であり、「山東恋空」という名前で声優として活動している。趣味は仮装。好きなラーメンの具は白髪ネギ。

挿絵(By みてみん)




「レイラさん……!? 」




 青木ヶ原樹海の木々の枝が風でこすれ合ってサラサラという音だけが残り、突如煙のように姿を消してしまったレイラ。




 工作は当初「やれやれ……またレイラさんお得意のイタズラですか? 」などと呑気に気構えていたが、呼んでも呼んでも彼女の姿は現れず、徐々に緊張感が高まって腋からじんわりと汗をにじませた。




 落ち着け……! 落ち着け……! 小泉工作34歳独身! ゆっくりと正確に状況を把握しろ! 




 レイラさんは僕をからかって困る姿を見ることを、食後のポン・デ・ケージョと同じくらい好き好んでいるけど、こうも焦らして長い時間を掛けるようなコトはしないハズだ。彼女は攻め込むコトは得意だが、ジッと待って守りに入るコトは苦手だからな……




 過去の経験からレイラの行動を読みとる工作。どこかに手がかりはないか? と周囲の状況を確かめる内に、微かだが地面に足跡が残っていることに気が付いた。




 「地面にパイナップルの表面に似た模様の溝が出来ている……これはトレッキングシューズ特有の靴底から出来るモノで、サイズからして男性用……もちろん僕の物とは違う……そしてその溝は、“途中から

深く”なっている」




 足跡は赤松の根本から始まり、そのまま登山道とは外れて獣道へと続いていた。




「まさか……」




 唾を飲み込み、一瞬でも考えたくもない最悪の事態を想定した工作。足跡の溝が途中から深みを増しているということは、その足跡の主の体重が増えたということ……




「まずいですよこれは……」




 つまりその場で“何か重い物”……考えられるのは“レイラの身体”を担ぎ上げてそのまま移動したことを意味する。




「くそっ! 僕がおしっこさえしていなければ……」




、その足跡を追跡する工作。ゆっくりと一つ一つの足跡を見逃さないようにそれを作った主の元へと近づいていく工作。そうしている内に彼はまた一つ重大な要素を発見し、下唇を噛んだ。




「足跡がもう一人分増えてる……これもトレッキングシューズで男性用だ……」




 レイラを担いだ(と思われる)男の足跡と合流した新たな足跡は、特に争ったりもめたりしたりした形跡がなかった。それはつまり共犯者であることを意味する。




 男性二人が一人の女性を拉致し、人目の付かない場所へと移動している……その事実が濃厚な色彩を帯びていくほど、工作は平常心ではいられなくなっていた。




 一旦ロッジに戻って助けを呼ぶべきか……? 


 いや、ここで見逃してしまったら二度とレイラさんを助けることが出来なくなってしまうかもしれない。


 相手はどんな人間だろうか? 


 武器は持っているだろうか? 


 話が通じる相手でないことは確かだ……


 自分一人で立ち向かったところでレイラさんを救出できるだろうか? 



 工作は不安が渦巻き恐怖に怯えそうになるも、レイラの悪戯めいた笑顔を思い浮かべると、いてもたってもいられなくなった。彼は気休めにしかならないと思いつつも、道中で足下に転がっていた溶岩石の欠片を一つ拾い上げ、それをズボンのポケットにしまいこんだ。イザとなった時、それを武器にしようと考えたのだ。




 無事でいてくれよレイラさん……僕はまだキミにコーヒーがオレンジジュースに化けた秘密を教えてもらってないんですから……




 足早に、しかし慎重に……足跡の他に何か変わった物はないか? と観察力に意識を重点的に持っていきながら追跡を続ける工作。




 もう10分近く追跡を続けただろうか? 犯人達はずいぶんと長い距離を一定の歩幅で、迷いなく歩みを続けている……となると、彼らは“目的の場所”があって移動していることがわかる。




 自殺の名所でほとんど手つかずの樹海に、何か目的があるとすれば……風穴や氷穴といった観光スポットや、僕らが愛好している赤松の広場といった場所に限られるが……




 いや……そういえばどこかで聞いたことがある。樹海に来る自殺志願者を狙って、強盗を働いたり、暴行を与えたりする不届きな連中が存在するらしい。という胸くそ悪く反吐が出るような話を。




 レイラさんはそんな連中に捕まってしまったのかもしれない……彼らは“その行為”をじっくりと楽しむ為の拠点を樹海の中に作っている可能性がある。




「急がないと……! 」




 自然と工作の歩調は速くなっていく。樹海の地面はぬかるんでいて、樹木の根っこや岩石が突出しているので転びやすい。そんな知識ももはや工作の思考からは欠落していた。




 そしてさらに5分ほど追跡を続けた頃。工作は前方20mほど先にある“けっして無視することができない”物を視界に入れてしまい、思わず足を止めてしまった。




 あれは……まさか……




 遠くに見えたシルエットは、ヒノキの木の枝にロープをくくりつけてぶら下がる、大きな人型……




 それは間違いようもなく、首を吊って自ら命を絶った“女性の首吊り死体”そのものであった。




 万が一を思い、死体の服装をじっくりと観察をしたが、それはレイラのモノではなかった。本当に偶然出くわしてしまっただけのようだ。




 工作は内心その近くを避けて通りたかったところだったが、レイラをさらった男達の足跡はその首吊り死体を横切る形で続いていたので、覚悟を決めてその側を通ることに決めた。緊急事態だ、躊躇している暇はない。



 すみません……一段落したら警察に届け出ますので、それまで待っていてください。




 そう心の中でつぶやきながら、その死体の横を通り過ぎた工作。死体はちょうど彼に背中を向けている格好だったので、その顔を見ずにすれ違うことが出来たことは幸いだった。顔を見てしまったら平常心ではいられなくなる。と工作は自覚していた。




「どうか安らかに……」




 相手に背を向けた状態で失礼とも思いながらも、精一杯の哀悼の言葉をつぶやき、そのままレイラの元へと急ごうとした工作だったがしかし……



 それは予期せぬ不意打ちとも言えた……




 ふと目の端に写りこんだ“違和感”が、彼をそのまま歩みを続けることへのストッパーとなってしまった。




「うッ…… 」




 本能的に振り返ってしまった工作の視界に飛び込んできたのは、あまりにも奇妙で、残酷で、猟奇的な光景だった。




 首吊り死体は、ただの死体ではなかった。




 目・鼻・口が備えられていたであろう顔の部分が、まるでプリンをスプーンですくうように綺麗にえぐり取られており、その空洞にどういうワケか“壁掛けのアナログ時計”がスッポリとはめ込まれていたのだ。




 シュールレアリズム作品を思わせるその死体の佇まいに、工作は人生で初めて"恐怖"で胃液を逆流しかける感覚を味わった。




 子供の頃、妹の楓恋を助ける為に廃病院に乗り込もうとした時、FUJIオーサムランドで時限爆弾を処理した時等々、工作は今までに何度も“恐怖”という体験を積み重ねて来ていたが、今回味わったモノは今までには無い“得体の知れなさ”がその感覚を増長させていた。




 一体誰が? 何の為に? どうしてこんな場所に? 




 本当であれば今すぐにでも逃げ出したい工作だったが、身体がすくんでしまっていて足を一歩踏み出すことすら出来ない状態だった。




「カチ……カチ……カチ……」




 死体にはめ込まれた時計は飾りではなく、しっかりと秒針が動いて時を刻み、どこかで鳴いている野鳥の鳴き声と共にステップ音を奏でている。



 時間としては5秒かそこらではあったが、工作はこの時レイラを捜索しているというコトを忘れてしまっていた。それほどまでに目の前の光景の異質さに、ある意味“心”を奪われてしまっていた。




「あ……!? 」




 そしてようやく冷静さを取り戻した工作は、目の前のアナログ時計が今現在の時刻とはまったく違う時を刻んでいたことに気が付いた。




 現在の時刻は午後3時、昼も下がって小腹が空く頃だ。しかし死体のアナログ時計が表しているのは、12時の30秒前。




 それが何を示しているのかを理解するのに、工作はあまりにも時間をかけ過ぎてしまった。




「先生! 逃げてぇぇーーッ!!!! 」




 突如、工作の耳に決して聞き間違えることなどあり得ない声が飛び込んできた。




「レイラさん!!? 」




 工作はその声を耳にした直後、まず始めに彼女の"声"が聞こえたことに安堵と感激を覚えてしまい、その言葉の“意味”を取り込み、反応するまでに時間が掛かってしまった。




 やばい! ここから離れないと!! 




 どこからか聞こえたレイラの忠告通り、工作はすぐさま時計仕掛けの首吊り死体から走って逃げ出した。



 これはやっぱり……まさか!? 




 工作の頭の中ではおよその検討はついていた。死体にはめこまれた時計が表しているのは“時刻”ではなく、悲劇的な事象へのカウントダウンだということに! 




「カチッ! 」




 時計が12時を指し示した瞬間、内部機構の歯車がガッチリと組み合わさったイメージを抱かせる音と共に空気が熱を帯びた。




 野鳥は一斉に空に羽ばたき、工作の鼓膜は激しくスクラッチされ、やや遅れて何か重みのある物体がボタボタと地面に叩きつけられる音が続いた。




「う……」




 レイラの声がなければ、工作の身体はひとたまりもなく無惨な姿に変わり果てていただろう。彼は咄嗟に死体から離れ、地面に伏せて“その悲劇”から間一髪回避することに成功していた。




「あ……危なかった……」




 起きあがった工作がさっきまで自分が立っていた場所に目をやると、そこには腹部にぽっかりと穴を空けて変わり果てた姿となった女性の首吊り死体がプラプラと振り子のように揺れていた。




 なんて惨いことを……多分、死体の腹部には爆弾が詰め込まれていたんだろう……顔面の時計はそれを爆発させる為の時限装置だったんだ。




 工作は自分の身に降りかかった凶行に、FUJIオーサムランドでの出来事を連想させていた。




 あの時の爆弾も時限式だった……もしかすると……



「惜しかったな……もう少しでお前の肉キャン(肉のキャンバス)で新しい爆作(ばくさく)を彩ることができたんだがな」




 一難去って息を整える間も無い工作の思考に割り込む男の声……淀みのない、若々しさを感じさせるその声は頭上より発せられていた。




「この女が邪魔しなきゃよ……ベストセラー作家の肉パーツが手には入ったのによぉ……惜しかったな」




 また一人別の男の声が聞こえた。今度は不衛生なイメージ抱かせる低音の男声だった。




 工作は恐る恐る頭上を見上げると、そこには切り立った崖のような場所に立っている4人の男女の姿があった。




 一人は痩身で陰のある表情の青年で、生気を感じさせない視線で工作に怒りの感情を訴えている。




 そしてもう一人は太り気味の体型で髭も髪もロクに整えていない、至極不衛生なイメージを抱かせる中年男性。彼はどういうワケか肩に女性と思われる身体を担ぎ上げている。




 そしてもう一人は、褐色の肌にウェーブの掛かった特徴的な黒髪……工作が見間違えるはずもない。




「レイラさん!! 」




「せ……先生……」




 工作の最愛の人……功刀(くぬぎ)レイラが、二人の男に両腕を捕まれて跪かされていた。




 さらに彼女の首には黒い革製の首輪がはめられていて、それにはデジタル表示の小さな時計のような仕掛けも取り付けられている。




 それを見た工作に、冷静になれと言う言葉をかけられる人間はいない。




「お前ら……レイラさんをどうする気だ……! 」




 レイラすら初めて聞く、胃の中から絞り出したような殺意のこもった声だった。工作はそれほどまでに頭上の光景を作り上げた要因を許すことが出来なかった。




「怒っているな小泉工作……憎いだろう……悔しいだろう……だがそれは俺達も同じだ」




「その通りだ。忘れたとは言わせねぇぞ小泉先生よぉ……俺達はお前に恨みがあるってコトだ」




 レイラを拉致した犯人。その正体は、かつてFUJIオーサムランドに仕掛けた爆発テロを妨害された男、爆弾魔の坂上伊志男(さかじょう いしお)




 そして、去年この樹海で偶然出会ってレイラと工作の会話を誤解し、それが遠因となって警察の御用となってしまった死体コレクターの矢加部太郎(やかべ たろう)の二人だった。




[クロックワークス・ボディ] 終わり


   →次回[コーヒー&オレンジジュース]へと続く。





2年ぶりの更新……待たせてすみません!


■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

感想・コメント等、お気軽にどうぞ(^ω^)■■■■

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ