第15話 ボイス2ボイス
【登場人物紹介】
・小泉工作[34歳 独身]
サスペンス・ミステリー作品をメインとする小説家。現在原心社出版「月刊エクリプス」にて「痛みの要求」という作品を連載中。新作の長編小説「樹海のコクシム」の売れ行きも好調である。好きな鍋は「カレー鍋」
・黒崎シゲル[25歳]
原心社、月刊エクリプスにおける小泉工作の担当編集。若いが決断力と才覚を持ち合わせ、工作とはエクリプス創刊時からの付き合いである。業界内での強いコネクションを多く持ち合わせ、その能力で何度も工作を導いてきたキレ者である。好きな鍋は「豆乳鍋」
僕がマーク・オブ・マテマティカの脚本を書いていたってコトがレイラさんにバレてしまい。彼女の心に深い傷を負わせてしまった。
やっぱり僕の行動は間違っていたのか? 自分の為だと言い聞かせながらも、結局は彼女を自分の仕事に巻き込み、自己満足に浸りたかっただけなのかもしれない。
今すぐ彼女に会いたいという気持ちでいっぱいだけど、楓恋が言うように、一体どんな言葉を投げ掛かればいいのか、全く見当がつかない。
僕は、本当の挫折を知らない……。妹の言葉が、ズサリと胸に刺さる。
小説家である僕は、どんな物事も自分執筆するように、考えたシナリオ通りに事を運ぶことが出来ると錯覚していたのかもしれない。それはあまりにもおこがましい。
楓恋には「待ってろ」と言われたけど、どうしてもこのままジッとしていられなかったので、僕は部屋を飛び出し、自分なりに彼女が足を運びそうな場所に検討を付けて、捜し歩くことにした。
「確か……ここだっけかな……」
肥日駅から徒歩5分の場所にあるレコーディングスタジオ「Breathe」
レイラさんを含め、大勢の声優がこの場所で「マーク・オブ・マテマティカ」のキャストを決定する為のオーディションを受けた場所だ。
しかし、ひょっとしたらと思いながらがも、失意の彼女がこの場所を訪れるってコトはないんじゃないかなぁ……と期待はほどんど抱いていなかった。
なんでこんなにも望みの薄い場所を訪れてしまったのか……僕は心の奥底では、レイラさんに会うコトを恐れているのかもしれない。
いざ対面したとなったら、おそらく……彼女を余計に傷つけるだけだろう。かと言って何もせずにジッとしていることにも同じく恐れている自分自身の卑しさが、心をズシンと重くさせる。まるで自分の周りだけ重力が増えているようだ。
「すみません、お客様! 」
僕はボーっと考え事をしながら歩いていたので、スタジオの受付をそのまま素通りしようとしてしまったらしい。
清潔そうな白い壁と、よく磨かれた木目調の床が作り上げる、一流の雰囲気のロビー。その受付カウンターに待機していたスタッフが、僕を呼び止めた。
「ご予約の手続きはされていますか? 失礼ですが、事務所の名をお願いいたします」
「えっ? 事務……あ、すみません! 僕はただ……」
山道恋空を探しに来たとは言えない……僕はスタッフに言葉を上手く返すコトが出来ず、慌ててしまった。
「……申し訳ありませんが、お引き取り願えますでしょうか? このスタジオは個人利用は出来ませんので」
「いや、違うんですよ……! その、なんというか……僕はしょうせ……いや、きゃくほ……でもなくて……」
スタッフの男性は、僕に対して露骨に怪訝な表情を作っている。マズイ……言われた通りに、すぐさまこの場から離れてしまえばよかったのに……! どうして無駄にあがくようなコトをしてしまったのか……。自分自身の正体を明かすわけにもいかないのに……。
「……あなた、怪しいですね。これ以上は警備員を呼びますよ」
「え? ちょちょ、ちょっと待って! あの、それは困るんですよ! 僕、あの、アレでその……」
僕はすっかり忘れていた。ここ最近起こっている爆破事件の影響で、どこの施設も不審な人物に対して強い警戒態勢を敷いていたコトを。
「すみません、僕……この辺で失礼しますね! 」
「ちょっと待ってください! あなた、逃げる前に身元を控えさせてもらいますよ! 」
僕はスタッフに腕を掴み取られてしまい、この場から離れられなくなってしまった
「逃げるって、そんな! 」
このままでは僕が小泉工作だというコトがバレてしまう! ここまでこじれてしまった状況でそうなってしまったらまた面倒なコトになりかねない!
「身分を証明できるモノの提示を願います! すみませんが、あなたのような方がいらした場合、そうするようにと上から言われていますので! 」
「ひぇぇぇぇ! そんな! ちょっと! 」
誰か助けて! 僕はこんなコトをしている場合じゃないんですよぉ!
まさかの事態にパニックになり、こりゃマズイ! と目を泳がせまくってしまったその瞬間だった。
「な……何をやってるんですか? 先生……」
背後から高くてよく通り、聞き覚えのある声が聞こえた。この声、間違いない!
「く……黒崎君! ちょっと助けてください! 」
受付スタッフに両手を拘束され、情けない声を発する僕を見た彼は「ハァ~……」と露骨な溜息を漏らしながらスタッフに説明し、僕の誤解を解いてくれた。本当に助かった。
「先生はどうしてボクと会う時に無駄なサプライズを用意してくれるんですか? 」
「いや~……面目ない」
受付でのひと悶着を無事に回避した後、僕は黒崎君に連れられ、このスタジオ施設の休憩室に案内された。
「それで先生、何しにここへ? 」
黒崎君は温かい缶コーヒーを僕に手渡しながら聞いた。
「いや……ちょっと、自作のキャストのオーディションが行われた場所ってのはどんなモンなのかな? と気になってしまって……」
咄嗟につくろった僕のそれらしい理由に、黒崎君は「ふ~ん……そうですか」と一言。特に疑う様子もなく、微糖の缶コーヒーを啜り始めた。僕との付き合いの長い彼にとって、さっきのような出来事はほんの些細なコトなのだろう。
まぁ、つい最近に爆弾を天高く放り投げて処理した事件に比べれば、どんなコトだって小学生の休み時間のような日常的なモノに感じてしまうのかも……。
「そういう黒崎君はどうしてここに? 」
僕も砂糖のたっぷり効いたミルクコーヒーを口に流し込みつつ、質問返しをした。
「例のオーディションで決まったキャストのデモテープをいただきに来たんですよ。先生に聞かせるためのね」
「デモ? 全員のですか? 」
「もちろんですよ。先生はキャスティングに関しては全く口出しをしない! と言われていましたけど、それを聴かせないまま制作にかかるワケにはいけませんから」
声……僕の作品に命を吹き込んでくれる、声優達の声……。僕はいけないとは分かりつつも、ここで自信の権力を行使する気持ちが働いた。
「黒崎君。その全員って……落選してしまった方のも含むんですか? 」
「いえ……すでに決定されたキャストだけですよ? どうしてですか? 」
流石の黒崎君も、何か不審なモノを感じ取ったらしい。缶コーヒーを一気に飲み干し、僕と真剣な目つきで向き合った。
「いや、今からキャストに文句を付けようってワケじゃないんですよ……ただ、今後の参考にと思って……色々なキャストの声を聴きたいってだけで……」
「う~ん……とは言ってもですねぇ……そういうのは、そもそも音源が残っているかどうかも怪しいですし……」
「お願いです! そこを何とか! 」
珍しく折れない僕の姿勢に何かを感じ取ってくれたのか、とうとう黒崎君は……
「わかりましたよ……一応プロデューサーや音響監督に確認をとってみますから。ちょっと待っててください」
と、渋々な態度ではあったけど、黒崎君は僕のわがままを聞き入れてくれた!
「ありがとうございます! 」
そして僕は、晴れてその音源……つまりはレイラさんが演じる「森崎ハルナ」のデモ音声を入手することが出来た。
なぜ僕が、ここまでしてレイラさんの音源を手に入れるコトに躍起になったのか……それはただ一つ、「納得」をしたかっただけだ。
正直に言って、まだ僕にとって「森崎ハルナ」の声は、レイラさん以外考えられなかった。だから、決定された稲益由香と、山道恋空との差は一体どういう点でつけられたのか? それを自分自身で噛み砕いて「納得」と言う結果を導きたかった。そして、それを知ることが、今のレイラさん対し、僕が与える言葉を見つけるきっかけになると信じてた。
そして……自宅に戻ってその音声を一人で聴き込んでいるうちに、自分がどれだけ愚かだったかを……ナイフで突き刺されるような鋭さで痛感させられたのだった。
分かったよレイラさん……僕が君に掛ける言葉を、今見つけたよ。
ただ、その言葉を伝えるには、ほんのちょっぴり「海」の力を借りるしかない……。
僕がもっとも正直でいられる「あの場所」なら……。
[ボイス2ボイス] 終わり
→次回[グリーン・オーシャン2]へと続く。
相変わらず、声優という仕事描写に不安……
■■■■最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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