プロローグ
小泉工作とレイラとの出会い。
小泉工作は小説家である。
月刊誌での連載を抱えている彼は、仕事が行き詰った際に決まって「とある店」へと逃げ込む癖がある。
その店の名は「展覧会の絵」
高尚そうな店名ではあるが、それは工作の自宅アパート1Fにて構えている平凡な喫茶店の名前である。
工作は「展覧会の絵」の壁際にセッティングされたテーブル席にて、砂糖をたっぷり利かせた温かいカフェオレを飲むことで小説のアイディアを引き出そうとする。しかし大抵上手くいかずにただただボーっと店内に流れるBGMを流し聴きするだけに終わってしまうのだ。
たがそんな虚無の時間でも、工作はそれをこよなく愛し、大切にしていた。
「これがいいんですよ、これが……」が彼の口癖。店の無口な中年マスターがカフェオレを運んできてくれる度にそう言っては無視され続け、3年が経った。工作は未だにマスターとマトモな会話を交わしたことが無い。
そんな定型化された息抜きを繰り返してきた工作だったが……ある日、とある人物の来訪によって彼のルーチンは崩され始めてしまう。
「ねぇ、おじさん……小説家なんでしょ? 」
苦い表情でカフェオレを啜る工作の目の前に、突如一人の女性の姿が舞い込んだ。
「あ? ああ……そうですけど……? 」
褐色の肌に滑らかな黒髪、背丈は150cmの真ん中ほど。年齢は10代後半くらいだろうか? 彼女は、工作の特等テーブルの向かい側にある椅子にぴょこんと座り込み、自分の名前は「レイラ」だと告げた。
レイラ……外国の娘か? それにしても何で俺が小説家の小泉工作だなんて知っているんだ……? 素顔をメディアに晒したことなんて一度もないのに……?
彼女を警戒する工作だったが、レイラはそんなコトはお構いなしとばかりにブラウンの瞳で工作の顔をじっと覗き込みながら、こう言った。
「小説家さん、面白い話知ってるんでしょ? 何か聞かせて?」
さ~て……参りました……
この日から小泉工作が愛する虚無の時間は、謎の女との気の乗らない語りの時間へと変わってしまったのだ。
これはマズいですよ、これは……
ちなみに工作は34歳……独身。今年になってはじめて胃カメラを飲んだらしい。
崩れ行く小泉工作の日常……