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第四話 魔法と魔法使い


 聖暦六六五八年の夏。

 ルドゥイン達が小等学校を卒業した日、『お姉ちゃん』は、森から遠く離れた海辺へと三人を連れて行ってくれた。

 蝶の羽のように美しい炎の翼をはためかせたヴァールと手を繋ぎ、輪になったルドゥイン達は空を飛んで浜辺へと降りたった。

 荷物を日除けの傘の下に放り出し、靴を脱いで素足で駆け出した。


『これが海っ。青いっ、大きいっ』


 麦藁帽子むぎわらぼうしをかぶったフローラが、白い素足で波を蹴るようにはしゃぐ。


『いい風だ……』


 アザードが眼鏡を外して、赤毛を風になびかせる。


『早く泳ごうぜっ』


 ルドゥインは、服を投げ捨てて水着一つで飛び出した。


『水かさが腰より深い場所に、入っては駄目だぞ』


 ヴァールは、そんな三人を優しい瞳で見つめていた。


 ルドゥインは、アザードは、フローラは、あの夏の日を忘れない。

 照りつける日射し、フライパンの上みたいに熱された砂浜、たちこめる磯の匂い。

 波のしぶき、空を渡る風の冷たさ。紫に染まる黄昏の雲。沈む金色の夕日……。

 義姉と遊んだ最後の日、四人で過ごした最後の時間を。

 日が沈んだ後は、ルドゥインとアザードが釣った魚を焚き火で焼いて、フローラが作ったサンドイッチと一緒に食べた。

 透き通るほど澄んだ満天の星空の下。

 ヴァールは、中等部入学のお祝いだと、三人に贈り物をくれた。


 アザードには、大切にしていた杖を。

 フローラには、決して触れさせなかった魔術道具作成の為の道具箱を。

 ルドゥインには、己が編み出した『翼』を生み出す術式を。


 思えば八年前、聡明な『姉』は、現在という『未来』を予想していたのかもしれない。


 アザードたちが、中等学校に進学する前に、大好きだった「お姉ちゃん」は行方不明になった。

 大人たちがどれほど手を尽くしても、彼女を探し出す事はできず、事件は迷宮入りとなった。

 いつか、「お姉ちゃん」のような魔法使いになろう。魔法の力で姉を探しに行こう。

 それが、幼い三人の交わした約束だった。



 無邪気で幼いルドゥイン達は知らなかった。

 魔法という知識が、非常に危険なものであることを。

 魔法を取り巻く、この世界の歴史と様相が、酷く薄汚れていたことを。


 魔法とは、ルーン文字にある種の超常的な力を宿らせる事で、物理法則を超えた現象を引き起こす技術のことだ。


 個々人によって扱える文字には適性があって、ある者は炎を扱うすべに長け、ある者は空間への干渉に長け、またある者は、すべての魔法を自在に操ることができた。

 これらの『力』は、科学や物理的な手段で再現できないわけではなかったけれど、それでも、『魔法使い』が強大な存在であったことは変わりない。

 魔法使いが、己の欲望のままにその力を振るったとき、悲劇は生まれ、時には国が傾くほどの大惨事を引き起こした。


 ゆえに、神々や白妖精族は国家として魔法使いを徹底的に管理した。特に、人間族には決して渡さぬよう、細心の注意を以ってこれを秘匿した。

 人間とは、彼らにとって家畜であり、支配する対象でしかなかったからだ。『鉛筆一本作る技術を与えるな、水一滴、火の粉ひとかけら生み出す魔術を与えるな』という管理方針こそが、神々と白妖精族が敷いた鉄の掟であり、絶対の支配体制だった。


 だが、巨人族と神々が呼ぶものたちの反乱で、すべては崩壊する。

 彼らは人間族の大地から神々を追い払い、水道や道路を整備し、堤防を築き、学校を建てた。

 あらゆる種族に自立した文化を!

 まるで夢のような目標を掲げ、土地土地の人間族に、各々の歴史と文化を学ぶ機会を作り、神々に対抗する技術と魔術を共有化した。

 巨人族が滅ぼされた後も、誇りと牙を取り戻した人間族は、右手に剣を、左手に魔術をもって神々や白妖精族に挑み、己が大地と主権をその手に取り戻した。

 ただ一国だけ、有史以来、ずっと大国の属国として、何一つ独自の文化も誇りも生み出せなかった哀れなナロールという国が、「我々の文化は、すべて巨人族によって焼き払われたのだ!」と主張し、「我々の受けた支配は人類史上最も過酷なものだった」と巨人族を糾弾した。

 結果、ある程度事情を知るほかの国からは「選挙権をはじめ、本国人と同等の権利を保障されたばかりか、赤字予算を埋める為に、本国の国家予算まで投入してもらえるような支配があるか!」と、徹底的に冷ややかな目で侮蔑され、ナロール国は国をあげて口に泡を吹きながら証拠のない歴史の捏造に走ることになるのだが、それはまた別の話である。


 さて、神々や白妖精から解放された人間族だったが、魔法の管理には同じように頭を悩ませる事になった。

 魔法使いたちは、容易に犯罪に走り、時には内乱を起こし、彼らを止めるためには一軍すら必要となった。

 人間族もまた、魔法使いを、国家の財産として厳重に管理し、統制する事を余儀なくされた。


 それは、アザードやルドゥイン達の住む、ガートランド王国とて例外ではなかった。


 魔法使いになりたい――。

 そんな願いを胸に成長した三人は、魔法を学ぶために魔術士官学校へと入学し、七つの鍵が引き起こした戦争の渦中へと身を投じる事になる。


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