聲の先
唐突に頭の中が冴え渡り視界にぼんやりと雲がかった月が姿を現す。
突然の目覚めに軽い戸惑いを感じながらも辺りを見渡すが時間を示すような物は一切なく生憎腕時計もつけていないので日付が変わったかどうかさえわからない。
「雑な誕生日になったな」
誰からも祝われず自分自身でさえも日付が変わったかどうか分からずじまいなので今自分自身が16歳なのか17歳なのか祝うことすら出来なかった。
10月とは言え暦上秋、寝覚めの外は体に寒さを実感させるにはそう難しくなかった。
震える体を揺すりながらまだ寝ぼけた眼を必死で夜眼が聞くように凝らし順応させていく。
周りには人の気配もなくそれどころか猫や犬といった動物一匹すら寄り付かないこの雑居ビルの横の資材置き場の隅で寝ている僕を他人が見つけたらどんな表情をするのだろうか?
そんなくだらない思いにふけっていると何だかか細い何かの音とは違う恐らく声のような物が聞こえる。
「…………」
何かしらの声的な物はするのであろうがそれがどこから着てなんて発しているのかまではわからない。
取り敢えずこのまま寝ようとしても眠れなさそうなので体を起こし声に神経を集中させ声の居所を掴むことにする。
「やっぱりなんて言ってるか聞こえないな、だけどこの資材置き場のどこからか?」
恐らく声の出処はこの資材置き場の中なのはわかるがコンクリートの壁で阻まれた寝どころの隙間からでは声の内容まで聞き取れない。
僕は資材置き場の外周をぐるりと回って扉の前まで着てみた。
ぐるりと回って気づいたことはこの資材置き場には窓がなくすべてコンクリートで固められており唯一の出入り口はこの扉だけであった。
鍵が閉められてたら終わりだなと思いながらこのドアのドアノブは横に回すタイプであったので人っ子一人居ないが周りに音を少しでも漏らさないように最新の注意を払ってドアノブを回す。
「開いてる?」
流石にこんな人通りの少ない場所とは言え鍵をかけ忘れるのは不用心だと思いながら今の状況で言えばかけ忘れていることに感謝しつつ少しずつ物音を立てないようにドアノブに手をかけた手をゆっくりと引いてドアを明ける。
ドアを開けて中を覗くと月明かりが届かないようで辺りは真っ暗でボヤッと輪郭が辛うじて見え隠れしているのでなんかしらの物が置いてあることはわかるのだがそれが何かまでは暗すぎてよくわからない。
壁に手をつけスイッチを辿るがスイッチらしいスイッチは見つからずかと言って月明かりでは部屋の中の明かりは不十分で無理矢理この中に入ったら大きな物音や最悪何かを壊してしまう可能性がある為少々気が引ける。
「おーい誰か居るんですかー?」
なるべく声が響かないように小さめの声で声のあるべき元に届けようとするが返事がなくただ自分の声がいたずらに自分の耳に跳ね返ってくるだけだった。
「どうしよう…気のせいなのかな?」
確かに何かしらの声が聞こえたがこの奥に絶対何かあるという確信を持てない以上強行突入は出来ない。
その場で何も出来ず無駄に時間が過ぎていくのを扉の前で立ちすくんでいたらもう一度先程より繊細に声が聞こえてきた。
「どうかお願い助けてください」
今度ははっきりと声は小さいが助けを求める声が聞こえた。
「おーいやっぱり誰か居るんですかー?大丈夫ですかー?」
「この世界をもう一度お救いください」
「あのー大丈夫ですか?何かありましたか?」
「エドワード様、カウラ様、リムル様…」
その瞬間僕の心臓がはじけ飛ぶのではないかと思った程心臓の音が直に耳に大きく鳴り響き声にもならない声を出し、全身という全身が身動きを取ることを拒絶した。
この世界で僕を知っている人はいないそれはわかっているつもりだった。
それは仕方のない事で2年の歳月と共に僕が居ないことを自分自身受け止め受け入れ、そうしてそれらが生活の一部になりその生活が慣れていたこの僕にこの世界では誰も知らないカウラとリムルその二人の名を知っている人間が居たことに恐怖を覚えた。
「おい誰なんだ!?」
怒鳴り声にも似たような大きな声を上げ返事を求めるがその声の主からはなんの返答もない。
「お前はカウラとリムルを知っているのか!?」
無駄に声がくすんだビルのコンクリート同士でぶつかり合い僕の怒声をより大きな物へと変えていく。
しかし先程同様返事はなく僕の声が通り過ぎるとまた最初の頃と代わり映えのない物音一つ聞こえない古びたビルが立ち並ぶ世界へと変貌させる。
嫌な汗が全身を辿い起きた時は少し肌寒く感じていた体は無駄に熱を帯びさせ体中をのぼせさせる。
扉の中に少し入り先程よりやや強引に壁に手を伝わせ何かないか探した所手に何か固く冷たい物が辺り感触でそれは壁掛けの懐中電灯だとわかる。
それを引き寄せ上下に二回ほど振り電池が入っていることを確認すると親指で懐中電灯のスイッチを入れる。
一瞬で一点に光が現れ夜目が効いていた僕の視界が真っ白の何も見えない世界になってしまったが次第に目も光に慣れようやくこの資材置き場の声の居所を散策できるようになった。
懐中電灯の光で辺りを照らしてみるとなんかしらの備品や机や椅子といった隣接しているビルで普段使われていない物置代わりにしていることがわかった。
それらを踏んで壊したりしないように丁寧に足場を確認しながらゆっくりと奥へと進んでいく。
奥の方には本棚が連なっており扉と正反対の壁が確認できないため横から足場に気をつけながら回りこむように壁際に向かうとそこには…。
「嘘だろ…おい…この風景ってフロス村?しかも光の丘じゃないかここ」
壁にあるべきコンクリートの壁はなくあったのは一面脛ほどの緑の草が多い茂る傾斜の緩やかな大きな草原であった。
「おーい誰か居るのかー?」
お腹に目一杯の力を込めて自分が出せる最大の声でその草原に向かって怒鳴り声をあげる。
案の定というべきか声が帰ってくることもなくただ草原の草達が風に身を靡かせながら僕のことを出迎えてるように見えた。
僕が初めてゲートを潜り抜けて異世界に言った時は13歳の時。
その時はなんの前兆も無く学校から帰ってきて、宿題を後にし友達の家へと遊びに行こうと玄関のドアに手をかけあけて外に一歩出たら異世界に行っていた。
初めて見た光景が今見ている光景とまったく同じ光の丘であったのだ。
恐る恐る手を差し出してみると壁に手が当たることはなくそのまま光が丘に手が筒抜け揺れている草を掴んでみると感触までしっかりと伝わってくる。
震えながら掴む手を必死で感触を味わいながら今はどういう理由でゲートが開いたかわからないが僕の足は自然と目の前のゲートをくぐり抜けようとしていた。
迷いは一切ない。
この世界では僕のことを誰も知らず頼りたい人も頼れる人も居なかった。
どちらが僕の本当の世界だなんてわかりきっていた。
都合がいいと言われたらそこまでだが変わり果てたこの世界に来たことを後悔し、戻れるならすぐにでも戻りたいと思っていたあの異世界。
ずっと心残りで後悔の繰り返しであったカウラとリムルにまた会えると高揚しきった僕の全身は何の躊躇も迷いも未練もなく震える足で一歩を踏み出した。