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2013年1月企画

正月企画「一月一日」

作者: 妄想部

 

 年末年始を楽しみにしていたのは、いつまでだっただろうか。

 その境目は思い出せないけれど、小学生の時までは確かに楽しいことのオンパレードだった気がする。同級生を呼んでお菓子食べ放題だったクリスマスパーティーに、サンタクロースのプレゼント。従兄弟の家に集まって遊び倒したお正月に、毎年ちょっとずつ金額の上がるお年玉。


 全部、楽しみだった。







「お父さん、邪魔」

「うるせぇなぁ。父親に邪魔とかお前何様なんだよ、おい」

「残念ながらあなたの遺伝子入った娘様ですけど、何か?」

「口だけ達者になりやがってよーおー、昔はパパと結婚する~って泣いてた奴がさぁ、たった二十数年で人を邪魔者にしやがって、全く。」


 こたつに寝転がった父親を足でつつく。頬は赤く、喋る吐息が全て酒臭い。そして半目。寝ているのか起きているのかわからないし、普通に気持ち悪い。絵に描いたようなオッサンは、毎年こうしておじさんとお酒を浴びるように飲む。母親も「くさいオッサンだわね、本当」なんて言いながら、一年に一度の惨事には寛大だ。いや、娘としてはあり得ないけど。父親と向かい合って喋るだけで酔えそうだ。


「悪いねぇ、さおりちゃん!」

「おじさん。私、かおりです」

「そうだった、そうだった!! わっはっはっは」


 さおりは私の母親だ。そして残念ながら、私は父親似としか言われたことがない。おじさんも相当お酒入ってるし。もう嫌だ、この酔っ払い共め!


「なー酒注いでくれよ、さおり」

「嫁と娘の名前間違える時点で入れたくない。いっそ死ね」

「ケイみたいだな、さおりちゃん。今のそっくりだったぞ~」

「おじさん。私、かおりです」


 ケイちゃんは、おじさんの息子で私には従兄弟にあたる。六つ年が離れていたけれど、小学生のうちはケイちゃんによく遊んでもらった記憶があった。おばさんに似て綺麗な顔をしたケイちゃんは、当時から男前の部類に入っていたと思う。バレンタインのチョコの数は、母親からの又聞きによると二桁を割ったことがないらしい。それだけ言うとなんてステキな従兄弟なの、って言われることも少なくはなかった。だけど神様ってやっぱり平等で、ケイちゃんはかなり口が悪い。その上、何かと格好つけで、意地悪だ。唯一優しかったところと言えば、お気に入りだった髪飾りを落とした時、日が暮れるまで一緒に探してくれたことだけだ。残念ながらいくら思い出しても、優しいエピソードはこれくらいしかない。


 男前でごく稀に優しいケイちゃん。

 口が悪くなければもっとモテたと思うけれど、いかんせんケイちゃんの口の悪さは尋常じゃない。いつかのお正月「けいちゃんは格好つけなくてもいけめんなのに」って小学生としての最大限の賛辞を「黙れ、ブス」の一言で終わらせた。確かに幼少の私は可愛くはなかったが、小学校低学年にこの仕打ち。お前は鬼か。案の定当時の私は大泣きし、ケイちゃんはおばさんにこってりしぼられていた。そんなケイちゃんも大学進学と同時に一人暮らしを始めて、それきり顔を合わせていない。


 三十二歳になった今も結婚していないのは、この口の悪さが原因だろうと私は踏んでいる。


「もうお父さんお酒臭いし、気持ち悪い。半目とかあり得ないんだけど」


 酒を注げとうるさい父親の言葉を流して扉を閉めると、するめいかのカスがついた布巾片手に鼻息荒く台所へと足を向ける。ダイニングテーブルでお茶をしている母親とおばさんは、楽しそうに談笑していた。


「ありがとう、かおりちゃん。布巾洗ってそこに掛けておいて」

「一発ぶん殴ってもお父さん覚えてないんだから、やってきたらよかったのに」


 手でグーを作って顔をしかめる母親に、ケイちゃんの血は回りまわって母親のものが入っていると思う。だって、おじさんもおばさんもこんなに穏やかに話すのだから。血気盛んな母親がケイちゃんの母ですって言われたほうが納得できる。


「お母さん、ケイちゃんみたい」

「嫌ね。ケイちゃんはさやかの子供よ」


 さやかはおばさんのことだ。おっとりしていて、いつもにこにこしているおばさんは、これで母親の姉だというのだから驚きだ。絶対幼少期母親にいじめられてたと思うのだけれど、母親に聞いては、さやかは怖い。喧嘩で勝てたことがない。なんて言うのだから首をかしげてしまう。


「知ってるけど、血の気の多いところがケイちゃんそっくり」


 ちょっと私が鬼ごっこで遅かったりすると「吊すぞ」って言いながら追いかけてきたりとか、かくれんぼで付いて行こうとしたら「放り投げられたいのか」とか、物騒なことしか言わなかったケイちゃん。同じことを問いかけても、ケイちゃんなら一発殴れと言いそうだ。


「あぁ、そういえば今年は帰ってくるみたいよ。もう少しすれば着くんじゃないかしら」


 ちらりと時計を見て、にこにことおばさんが言う。

 ……誰が、なんて怖くて聞けない。


「コースケが?」


 とぼけた返事は母親だ。コースケとは、ケイちゃんの弟で私の従兄弟。もしくはケイちゃんの手下その一としか言いようがない。おじさん似のコウちゃんは三枚目で、いつもお腹やお尻を出しておどけては、おばさんに叱られたり、お腹を下していた。お調子者でいたずらっ子。顔つきはあまり似ていないけれど、ケイちゃんと兄弟だと思うときは、意地悪されているときだ。この兄弟、本当にいい顔をして人を苛めてくれたと思う。


 手下その二は、流行ってもいないのにインフルエンザにかかって年末年始は布団と友達になっている、私の兄だ。三人の男に紅一点。いじられ放題、やられ放題の大フィーバーだったけれど、確かに小学生の間は、ここに来るのが楽しみだった。


「ううん、圭介が」

「そうなの? 珍しいわね」

「元旦に帰ってくるのは珍しいわね。いつも浩介とタイミング合わせて帰ってくるから」


 サービス業に就職したコウちゃんに、カレンダー通りのお休みはない。昔は両親兄弟合わせて八人も一度に集まっていたのに、今は五人だけだ。二十五歳にもなって遊んで欲しいなんて微塵も思っていないけれど、賑やかだったお正月を懐かしく思ったりもする。


 今はお互い面倒だから、とか、結局余るから、とか理由をつけてなくなってしまった御節も、昔は遊びの合間に摘んでよく四人揃って怒られていた。摘む具は決まって、ケイちゃんが黒豆、コウちゃんが数の子、兄が栗きんとん、私がかまぼこのピンクだった。祖父母が生きていた頃には餅つきだってしたし、父親とおじさんがもっと若くて飲んだくれる前は、川原に凧揚げをしによく行った。こたつの上に盛ってあるみかんを、誰が一番多く食べられるかなんて競争もあの頃では行事のひとつで、結果四人とも爪の間の黄色さを、何が面白いのか一人笑い始めるとお腹がよじれるくらい笑いあった。


 部活が、入試が、バイトが、就活が、と大きくなるに従って集まることが少なくなってしまったのは仕方がないことだと思う。一番大きいケイちゃんが忙しくなってから、コウちゃんも兄も、どこかつまらなさそうにしていたのは記憶にある。私も同じように、いや、苛められといておいおいとは思うけど、その頃から少しずつ、退屈を感じるようになっていたのだろう。


「知らなかったから夕飯の材料足りないかもしれないわー。あ、かおり。ちょっと鶏肉買ってきて。国産のやつじゃないとダメだからね」

「えー、寒い」

「つべこべ言わないで。ほら、若い者は動け、動け!」


 ほらほら、と急き立てられて代金を受け取ると、私はコートを着て玄関に向かうしかない。お昼は寿司、夜は水炊きと決められているメニューだけは、幼い頃から変わらない。食べ盛りの時なんて、ケイちゃんコウちゃんプラス兄の食べっぷりは尋常じゃなかった。私が生まれる前はすき焼きだったらしい献立は先を見越して水炊きに変更になったのだけれど、正解だったと思う。肉を食わなきゃ死んでしまうとまで言いたげな、見事な食べっぷりだった。


 そんなことを思い出してにやつきながらブーツを履き、外へ出る。

 お正月の空気はしんと寒く、やたら静かだ。家に一歩入れば父親とおじさんの声がうるさいくらいなのに、街は静か過ぎて本当に人がいるのかすら疑問に思うほどだ。クリスマスから続く寒波は、私の鼻の頭を赤くさせ、どんよりとした雲からは、はらりはらりと雪が舞う。


「あぁ、本当に寒い」


 昔はお年玉を握り締めて歩いた道を、一人ヒールを鳴らして歩く。近くのスーパーまでは五分程だ。昔はケイちゃんが「走れば一分でつく」というのを信じて、みんなで一斉に掛け走ったものだった。結局一分では着かないし、二十五歳になった今では物理的に無理というのもわかっている。


 懐かしくて、無邪気で、笑ってばかりだったお正月。

 きっとそればかりじゃなかったのに、楽しいとしか思えないたくさんの思い出。


「あれ?」

「よお」


 そんな思い出に浸っていたから、もうすぐ着くっておばさんが言っていた人物をウッカリ忘れていたと気付いたのが五分後。スーパーのまん前でケイちゃんに出会ったのは運が悪かった。


「ケイちゃん……おかえり」

「ただいま。買い物か?」


 正しい位置に正しいパーツがある顔は以前と変わらないはずなのに、私の記憶しているケイちゃんとは全然違った。意地悪さは随分丸くなったように思うし、何より対応が紳士だ。ブスとか死ねとか吊るすとか言われていたはずなのに、口汚さがどこにもない。


「あぁ、うん。そう」


 じゃあ、後でねと言った私に、ケイちゃんは微笑んで、どうせ同じ道なんだし、と言って私が手を伸ばしかけた買い物カゴを持ってスーパーへと入って行く。そんなケイちゃんの後姿を見ながら、ケイちゃんも大人になったんだなぁ、なんて、おばさんみたいなことを思った。


「買うものって何?」

「鶏肉」

「鶏肉? 今日の夕飯から揚げ?」

「え?」


 一瞬からかっているのかと思って見上げたケイちゃんの顔は、至ってまじめだった。痴呆? と尋ねたくなったけれど、ケイちゃんと一緒に過ごしたお正月はもううんと前。ケイちゃんにとって、あの楽しかったお正月はそこまで心に残るものではなかったのだろう。お正月の夜は水炊き。そう決まっていたのに。


「今日……水炊きだから」

「あぁ、そうか。元旦は水炊きだったな、そういえば」


 じゃあ、ネギとかもいるのか、と聞かれて私は首を振る。雑念も一緒に払えて一石二鳥だった。忘れるなんてひどい、なんて、いらない事を口にしてしまいそうだった。私だけが懐かしくて、楽しかったお正月の思い出。それは、四人が四人とも、同じ思いとは限らない。


「え。じゃあ後何買うの?」

「それだけ」

「は?」

「鶏肉だけ」

「まじで」

「うん」


 カゴいらなくね、と言ったケイちゃんの口調が懐かしかったけれど、懐かしいとは口に出せなかった。


「ごめん」

「なんでお前が謝るんだよ。別に悪くないだろ」


 変なやつ、と言って笑うケイちゃんに泣きそうになった。違うよケイちゃん。そこはもっと謝れって前なら言ってたじゃん。カゴなんて持ってくれなかったし、こうやって優しく笑うことなんてなかった。大人になったケイちゃんは、近いようで遠い。


「ケイちゃん……大人になったね」

「お前はどこのバーチャンだよ。年寄り臭いな」


 ほら行くぞ、と言ってケイちゃんがレジに並ぶ姿は、昔、好きなお菓子を握り締めて背の順に並んだ背中とは違っていた。大きくて、男の人の背中だった。


「あ」

「どうしたの?」

「ちょっと待ってて」


 そう言ってカゴを私に持たせたかと思うと、ケイちゃんは早足で売り場に戻ってしまう。何か買い忘れたものでもあったのだろうかと首をひねったけれど、それは私の知るところではない。


「お次の方、どうぞー」


 そう言われてちらりと後ろを見渡してもケイちゃんの姿はない。仕方なくカゴを店員さんに渡した私は、レジの方へと足を進めた。


「間に合った。すいません、これもください」


 少しだけ息の上がったケイちゃんが持っていたのは、みかんだった。

 こたつに山盛りにあった、今は姿を消したみかん。


 ピッとバーコードを通して金額が表示される。ほとんど機械的にお金を出してつり銭を貰った私の顔は、きっとにやけていたと思う。爪を黄色くして誰が一番多く食べられるか競ったみかん。三人に、背丈も力も勝てない私が、唯一勝てた勝負だ。


「みかん……」

「あぁ、さっき電話したらコウも仕事終わったら寄るっていってたからついでに。せっかくお前いるなら、これやらないと。いい加減、勝たないとな」

「負けないよ。剥くの今でも早いし」


 エコバックにみかんと鶏肉だけ入れて、スーパーを出る。外は日暮れも近づき、まばらだった雪も止んで街頭が点灯し始めていた。


「ケイちゃんさー」

「なに」

「結婚できないのって、口が悪いから?」

「は? 吊るすぞお前」

「こわっ!」


 そう言ってにやにや笑う私を見て、ケイちゃんは半ば本気で引いていた。私のお正月は楽しかった。ケイちゃんがいて、コウちゃんと兄の手下達がいて、一番年下なのに同等と思ってた私がいて。よく揉まれた。楽しかった。最後に会えてよかった。


「そういやオカンから聞いたけど、結婚するんだろ、お前」

「うん。多分来年からお正月には来られないから今日が最後だね」

「乳臭いガキだと思ってたのに、そりゃ俺もオッサンになるわ」

「その口の悪さを直さないと、気がついたらお爺さんかもよ」

「ホント、生意気だよなぁ。うるせーチビだよ全く」



 喋りながら歩いた道は、実は一分だったんじゃないかと思うほど、短かった。

とっても後れてしかも、滑り込みセーフじゃなかった小野チカです。

皆様あけまして、おめでとうございました。(何語)

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