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玄関の鍵開けに悪戦苦闘しているキノコはいつにも増して苛立って見えた。ガチャガチャと音をたてながら鍵を突き刺すように頑張っているが、これでは上手くいきそうもない。僕は仕方なくキノコの手掴んで、そのまま鍵を開けた。
「あ、ありがとう」
キノコを顔を上げずにつぶやいた。やっぱり恥ずかしいのかな。誰だって自分の家の鍵をわざわざ他人に開けてもらうことなんてないし。
「いいよ、早く入ろう」
「ねぇ」
キノコにしては長く落ち込んでいるので、少し不安になった。ぼそぼそと申し訳なさそうに言葉を濁している。
「手、もう大丈夫だから」
あからさまに頬を染められるとこっちまで少し恥ずかしい。あまりにもキノコらしくない反応に僕も驚いて二秒ぐらい固まっていた。
「ごめん、キノコ」
「うん、どーぞ」
少し上を向いてキノコは玄関を開けた。そういえば自分がお客さんだったと思いだした。まあそれはキノコに言わないほうがいいだろう。
かなり見慣れた玄関を通ってキノコのキッチンに真っ直ぐ乗り込んだ。ふと目についた流しは酷い有様だった。積上がった洗いものが、もはや砦のようになっている。めんどくさいので後回しにしよう。僕がスーパーで買ってきた物をテーブルに広げていると、またもやガタガタと玄関で音をたてるキノコの影が見えた。
「大丈夫?」
「え! うん、何でもないから」
慌てて返事をした声は裏返っていて可愛かった。キノコはバタバタと自分の部屋に入って行く今日は本当にキノコがキノコなのか怪しい。悪い病気ならそれはそれでもいい気がした。
買ってきた物をテーブルに置き終わるころにチョコレート色のエプロンをつけたキノコがあらわれた。
「ねえ、どう?」
赤く膨らんだ風船のようなキノコが不機嫌そうに下を向いてつぶやく。
「うん、可愛いよ」
僕は後ろに振り向きながら感想を口にした。ほんの少しだけ強く。
「ありがと」
消え入りそうな、でも嬉しそうな心地のよい声が後ろから聞こえてきた。きっと真っ赤な顔で僕の背中を見ているのだろう。
そっと僕の背中に熱が触れた。柔らかくて温かい感触に息をのむ。
「キノコ?」
溶けてしまいそうな心臓の高鳴りに僕は嘘付けそうにもなかった。何も言わないキノコの勝ちだ。
「由利子」
そっと握り返すように僕は振り向いて笑った。