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そろそろ暗くなってきたので、少し早足で帰ることにした。殴られた頬と口の中がひりひり痛みだしたので、右手で押さえて誤魔化している。殴られた跡を見られるのは何か嫌だったし、押さえていると痛みも和らいでいる気がしたからだ。
「おーい」
「何だよ、キノコ」
ドタドタと慌ただしく走り込んできたキノコはスーパーのビニールを大切そうに抱えている。ああ、そういえばハヤシライスを置いてきたような気もする。
「はい、これ」
息を整えたキノコが差し出してきたのはビターのチョコだった。今は何を食べても傷に染みるので、それはもう黒い悪意の塊のようだった。
「ありがと」
貰ってしまったので仕方なくお礼を言うとキノコは満足してくれた。鼻歌は恥ずかしいのでやめて欲しい。
「由理子」
「え?」
キノコこと木野由理子は少し頬を赤らめてこっちを見ている。仲間にはしないぞなんて心の中でも言えそうになかった。ハヤシライス計画は前倒しにしてしまおう。
「久しぶりにさ、キノコの手料理が食べたいなと思ってさ」
右手のビニール袋を顔の辺りまで持ち上げてハヤシライスのルウをキノコに見せた。
「まぁいいけどさ」
斜め下を見て、少しいじけたキノコは乱暴に僕の右手ごとビニール袋を掴んでいた。
「早くしてよ」
「分かってるよ」
やっと僕がキノコの白い手に引かれながら歩きだす頃には、空のオレンジ色が鈍い藍色に染まりかけていた。