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オルアディア戦記シリーズ

オルアディア戦記~王国の動乱・中~

作者: マルク

 

 エルガディア王国西部の街、レフステンド――この街は現在盗賊団に支配されていた。

 街を支配する盗賊団の名は無い。王国各地からやって来た少数勢力の盗賊団が手を組んで生まれた集団だからである。しかし、敢えて呼ぶとすれば中でも最大勢力の盗賊団であり今回の襲撃を画策した盗賊団の名を借りて暁旅団と呼ぶべきか。

 暁旅団はまず街を陥落させた後、街を本拠地とし復旧作業を始めた。またそれと同時に自らの目的を掲げ各地に点在する少数勢力の盗賊団に傘下に加わるよう手配した。

 彼らの目的は単純にして明解――悪政に耐えかねた民衆の蜂起を名目とする王無き王都の陥落。実際多くの盗賊団がその目的に賛同し傘下に加わった。日に日に増えていく仲間達。気付けば当初四千程だった勢力がその倍にまで増えていた。

 暁旅団の頭目――『隻眼の鬼』の異名を誇るガレス=ヴァンデウスはその一大勢力を目の当たりにし、王都陥落を確信していた。

「お頭、面会です」

「おう」

 今日もまた新たな盗賊団が傘下に加わるべくガレスに面会を要望していた。

 場所はレフステンドで一番の屋敷。かつては貴族の屋敷であったこの屋敷も今やガレスの物だった。だが気に入ったからではない。単に頭目としての面子のためだ。とは言え居心地は最悪。そこかしこに誂えられている調度品を見ると吐き気さえ覚える。この全てが自分たちから搾取された物でできていると思うと腸が煮えくり返るようだった。

 そんな屋敷に部下に促され一人の男がやって来た。顔は精悍、体は大きく髪は蒼い。何より若さ故の瑞々しさが体の端々から窺える。しかしその衣服は泥に塗れたように汚れていた。男は居間に通されるなりガレスに挨拶をすることなく大きなソファに体を沈める。なかなか太々しい奴――それが第一印象だった。だが盗賊という稼業に就いている者なら当然であり、逆に好感が持てると言えた。

「お前の名前と一味の名前を教えろ」

 ガレスもソファに悠々と座り、真向かいで尊大に居座る男に問い掛けた。

「あんたがガレスか?」

「俺が聞いている」

「…………」

「答えろ」

「…………」

 返事が無い。おまけに明後日の方角に目を向ける。こういう事はままある事で珍しい話ではない。むしろある程度胆が座っていることが理解できて好都合だ。しかしここでの掟を相手に知らしめなければならない。

 ガレスは一息に腰の短刀を抜くとその巨躯からは想像も出来ない程の軽やかさでテーブルを飛び越え、瞬く間にそれを男の頸に添えた。一瞬の早業。齢五十を越したとは言え『隻眼の鬼』の異名も伊達ではない。

「そう粋がるのもいいが、ここでのルールは俺だ。ルールには従え。従わないなら死ね。わかったか小僧」

 しかしそれでも男は口を開こうとせず、澱み濁った瞳は沈黙を貫いていた。ガレスは知っている。この眼は自分の命を含め命そのものを何とも思っていない眼だ。ガレスは顔を崩しはしなかったが益々目の前の男を気に入った。最近訪れる輩が途方もない男ばかりだったかもしれないが。

「そんなに死にたいか?」

「フン、そもそも生きていると思ったことなんざ一度もねぇよ」

「やっと口を開いたと思ったら……ククク、若いくせに悪くない。いいだろう、合格だ」

 ガレスはいよいよ相好を崩す。久しぶりの悪餓鬼に胸が弾まずにはいられなかった。そして元の位置に戻ると短刀を納めた。

「合格? 随分と上からの物言いじゃねえか」

「ハハハ、そうカリカリすんな。俺達は今から仲間なんだからな。ま、気ィ悪くしたなら許してくれ」

「ハッ、天下の大盗賊が俺みたいな小僧に謝るとはね」

「上に立つならくだらねえプライドは捨てる――それが俺の哲学だ。まあそれはいいとして、ここ最近集まる連中の質が悪くてな。兵隊集まんのはいいんだが、ぶくぶく膨れ上がっていざとなったら動けねえ、なんてことになったらどうしようもねえ。仕方無えから一応は話しをするが帰ってもらうことが多かったんだわ。だもんで思わず合格なんて言っちまった。ハッハッハッハ! しかし久しぶりにお前みたいな奴に会えて嬉しいぜ」

 ガレスは大口を開けて笑いながら話した。

「そりゃあ光栄だな」

「で、お前の名前は何だ? もういい加減教えてくれてもいいだろう」

「…………」

 ところが男は再び口を閉ざした。しかし先程のような太々しさは鳴りを潜め、代わりに哀愁を漂わせるような表情を見せる。それを見てガレスはようやく得心が行った。

「――お前、名も無き者(ノスタシス)か」

 男は僅かに顔を俯かせる。まるで肯定したかのような仕草に見えた。

 混迷を究めるこの時代、戦争孤児は珍しい存在ではなかった。そしてその中には自分の名前も知らないで育った者も少なくなかった。もちろん名前を授かる前に親と別れても同じ事だが。

 実を言うとガレスもそうだった。戦争孤児――記憶も無い幼い頃に親を無くし、自分の名前を知らないまま盗賊団に拾われた。拾われた時の記憶など無いが、何時しか周りが自分を『ガレス』と呼ぶようになった。この名はその時の頭目が付けてくれたものだったか。ともあれ単なる文字であり記号でしかないが、名前を貰えたのは幸運だったかもしれない。

 極稀に『餓鬼』や『小僧』で呼ばれ、結局名前を持たないで生きてきた者がいるのだ。今目の前にいる男が正にそれだった。人が生きる上での最低限の身分証明すら持たない存在、人としての尊厳を持つことが出来ない存在、生きているのに死んでいることを宿命付けられた存在――それが名も無き者(ノスタシス)だった。

「そうか、すまなかった」

「フン、まあいいさ。それと、先に言っておくがウチの一味に名前は無い。頭が名無しなのに一味に名前があったらおかしいだろ?」

 男は肩を竦めおどけて見せた。

「クク、まあな。ところでよ、呼び名が無えってのは不便だ。これからお前を何て呼びゃあいい?」

「……マルクス――仲間からはそう呼ばれている」

「ほお、騎馬の神(マルクス)――いいな。よし、付いてこい。街を案内してやる」

 言ってガレスはマルクスを連れて屋敷を出た。

 屋敷の外は荒れた街をせっせと修復する盗賊達で溢れていた。本来街を破壊することが目的のはずの盗賊が街を修復するとは見るに滑稽である。

「そういやお前のツレはどこにいる?」

「あそこだ」

 マルクスが指差す先――平穏な街だった時は人々の憩いの場となっていたであろう場所に百人程の集団がいた。集団が二人に気付くと直ぐ様鋭い視線がガレスに集中した。

「ほお、ツレもなかなか良い面構えしてらあ。しかしあれだな、お前もそうだがお前ンとこの連中は若いな」

「若い方が動けるからな。ジジイは鈍くていけねえ」

「ハッハッハッハ、そりゃあ俺に対する皮肉か?」

 と、散々笑ったところでガレスはあることに気付いた。

「お前のとこには女もいるのか?」

「女? ンなモンいねえよ」

「じゃあ何だあのヒョロっちい奴は」

 言ってガレスは一人の男を指差した。その先に他の連中に比べ明らかに体格の劣る男がいたのだ。それこそ女と見紛う程の細さだった。

「ああ、あいつか。あいつは俺たちのここだ」

 マルクスは指で自分の頭を指し男を呼び付けた。すると男は面倒くさそうに二人に向かって歩いて来た。近付いてくるにつれその姿がはっきりとしてくる。そうするといよいよ女と見えてしまうから不思議だった。

 身長こそ低くはないが、顔は中性的で体は細く、髪は淡い栗色で腰辺りまで伸びている。これが男とは――ガレスは驚きを隠せずにはいられなかった。

「何だいマルクス」

「ああ、暁旅団の頭目がお前をご指名でな」

「チッ、気色悪い。冗談じゃねえや」

 男はガレスをキッと睨み付ける。だがそんなことで動じるガレスではない。スッと視線をマルクスに移し問い掛けた。

「こいつが、お前らの?」

「ああ、基本的にこいつが全部作戦を練ってくれる。お陰で一度も仕事に失敗したことは無い」

 一度も失敗したことが無い――正直それを確かめる術は無い、がマルクスが自信有り気に言う様子からあながち嘘にも思えなかった。

 とすればそれは驚くべきことだ。ガレス自身長い盗賊生活で失敗したことは一度や二度ではない。しかし言い訳ではないが盗賊という稼業は何度も失敗を重ねることで経験を積んでいくものと考えているのでそれが恥ずかしいことだとは思っていない。

「つかお前ら仕事すんのに一々作戦なんて立ててんのか?」

「当たり前だろう。ウチは他より人手が少ないからな。一回の失敗が命取りだ。だから綿密に作戦を練って確実に仕事をこなす――それが俺たちの流儀だ」

「ハハハ、何だか王国騎士団みたいだな」

「あんな奴らと一緒にするんじゃねえ!」

 マルクスはガレスの胸ぐらを掴み躙り寄った。

「そう熱り立つな。冗談じゃねえか――それより、作戦立てるってのはいいな」

「あン?」

「お前らも聞いているだろうが今回は大掛かりな仕事だ。こっちもそれなりの準備が必要だろう。前々から頭のキレる奴が欲しかったんだがなかなかいなくてな。どうだ、いっちょやってみねえか?」

「何をだ」

「おいおい察しろよ流れで。いいか、作戦立てんだよ。そいつを先頭に立ててな」

 言ってガレスは男を見る。男は怪訝そうな表情を浮かべガレスを見返した。マルクスはというとガレスの胸ぐらを掴んだまま男に目を遣る。

「どうすんだ?」

「あ、ああ――お前がやれって言うなら別に構わないけど……」

「だとよ、マルクス」

「チッ、勝手にしろ!」

 マルクスは不貞腐れるようにガレスから手を離した。しかしガレスもわかっている。マルクスは馬鹿ではない。これは作戦の必要性を理解している彼なりの了承の意思表示なのだろう。

「ククク、交渉成立だな。おい、お前何て名前だ?」

「――ミラス」

智恵(ミラス)か――らしい名前だ」

 ガレスは納得したように頷くと小さく笑った。そして二人に街の案内をすると作戦を立てるべく二人を連れて屋敷へ戻ったのだった。


「何だこりゃ?」

 普段目にしないような紙束が目の前に積まれている。作戦会議のつもりだが何故こんなものが出されたのか。ガレスは不思議でしょうがなかった。

「何だ、じゃねえよおっさん。これは俺たちが調べた王国軍の内情だ」

 マルクスは半分呆れた様子で紙束を指差す。

「――ナ、ナイ?」

「あああ、ったくあれだ。とりあえず敵の数とか書いてあんだよ」

「何で? 予想でもしたのか?」

「馬鹿かッ! ンなわけねえだろ! つか今調べてきたって言ったばっかだろ!」

「へえ、いずれにしろすげえじゃねえか。これがありゃ恐いモンは無えな」

 ガレスは感心したように頷くと一番上の一枚を手に取り中身を読み始めた。兵の数から兵糧、武具の数まで事細かに書かれている。先程聞いた失敗したことが無いという話もいよいよ真実味を増してきた。

「いや、それだけあってもダメだぞ」

「え? 何で?」

「……アンタ、よくそれで今まで頭が務まったな。その情報を元手にこれから作戦会議やんだろうが」

「おお、そうか。ハハハ、今までこんなンやったことなかったからよ。よし! で、どうする?」

 言ってガレスは膝を勢い良く叩く。パンと小気味良い音が居間に響くが真向かいに座るマルクスは「ハァ」と溜め息をつくしかなかった。

「まあいい。ミラス」

 そうマルクスに促されミラスが口を開いた。

「俺達が調べたとこによると敵の数は四千。対してこっちは八千――数では間違いなく圧倒している。だが、向こうは正規の軍人。こっちは民間人に毛が生えたようなモン。質ではあっちが圧倒的だ。けどまあ量と質でトントンってとこだろう。そんで情報によれば奴らはわざわざこっちに来てくれるらしい。これは願ったり叶ったりだな」

「どういうことだ?」

「向こうとしては俺達を殲滅することも大事だけどこの街を解放することも大事なのさ。アンタが何を思ってここに住んでる奴らをそのままにしているかは知らないけど、王国軍はそいつらを助けに来るんだよ。そんでもってそれが大事なんだ。奴らがこっちに来るってことがな」

 ガレスは首を傾げる。頭の上にはいくつもの疑問符が浮かんでいた。

「いいか、俺達の目的はあくまで王都――けど王都に本気で乗り込むつもりなら正直今いるだけでは足りないだろう。何せ王都は奴らの庭だからな。だとすればやっぱり戦うのは敵の庭よりレフステンド(こっち)で戦った方が断然有利だ。んでもって奴らをここで捩じ伏せれば王都には誰もいない。あとは堂々と乗り込むだけ――どうだ?」

 ガレスは反応出来なかった。今だかつてこの様な作戦を立てたことが無かったというのはもちろん、聞いているだけで王都を陥とすことが出来るような気がしたからだった。

「あれ? 何か問題あったかな」

「いや、特に無えよ。単に驚いてるだけだろう」

 言ってマルクスはガレスを一瞥する。するとややあってからようやく反応があった。

「おいおいおいおいおい! スゲエなおい! 完璧じゃねえか! もうあれだな! 勝ったな!」

「いや、さすがに喜びすぎだろ」

「今日はもう宴だな!」

「落ち着けおっさん!」

 マルクスはその巨躯からは想像も出来ない程の軽やかさでテーブルを飛び越え、ガレスの頭に拳骨を振り下ろした。一瞬の早業だった。

「イッ――ったく。ちったあ歳上を気遣え小僧」

「そういうことは貴族にでも言ってくれ」

「ククク、それもそうだな」

「まあそうやって笑っているのもいいが、気ィ抜いてもいられないぜおっさん」

「……来るのか?」

 ガレスの眼が一瞬にして変わる。陽気だったそれは何時しか殺気を孕んでいた。

「ああ。俺の勘じゃ――明日、だな」


 翌日――と言っても日付が変わったばかり、天高く舞い上がった月が煌々と世界を照らす深夜のこと。

「敵襲ーーッ!」

 突如として街の東にある物見台から敵襲を告げる報が上がった。それは直ぐにガレスの耳にも届いた。

 来た。マルクスが予想した通り、来た。ガレスは昂る気持ちを抑えながらベッドを出るとその脇に立て掛けておいた愛剣を手に取り玄関へ向かった。玄関には既にマルクスとミラスの姿があった。

「ぐっすり寝てたらしいじゃねえかおっさん」

「フン、戦いは体力勝負だからな。しっかり寝ないと動きが鈍る。で、敵は?」

「敵ならミラスの予想通りだ」

 ミラスの予想――レフステンドには東西南北にそれぞれ門があるが、王国騎士団はその戦力差から部隊を分けることはせず、東門から一気に攻めてくるだろう、というものだった。

「よし」

 言ってガレスは二人を連れて東門へ向かった。そこは既に盗賊達の怒号が飛び交う戦場となっていた。

 篝火(かがりび)やら火矢で燃えた街の外壁では敵を登らせまいと必死にその侵攻を食い止めようとする盗賊の山が出来ていた。が、やはり一人一人の力量に差があるせいか次々と盗賊達は倒れていった。しかし暁旅団は依然として数的に有利である事に変わりはなく敵は未だ街への侵入に到っていない。これもまたミラスの予想通りであり、それこそ五分五分の戦いと言えた。

 ミラスの作戦は実に単純だ。先程述べた通り敵は東から来てそのまま門を攻め始めたようだが、敵が何処から現れるにしても街に籠り徹底的に抗戦するというものだった。

 本来相手が立て籠る場合――例えば籠城する敵を攻める時は、その籠城している敵兵力を遥かに凌ぐ兵力を以て攻めるべきとされている。それは攻撃する側よりも堅固な防御壁を持つ守備する側の方が圧倒的に有利であるからに他ならない。

 今回にしてみれば守備する側である暁旅団が圧倒的兵力を有し、更には街の防御を完璧にしている。すなわち、これで負けることは無い――ミラスの締めの言葉だった。

 ガレスはそれを全面的に採用し部下をその通りに実行させた。そして結果はミラスの思い通りに進んでいる。ガレスは勝利を確信しつつも自分の目で戦況を確認しようと物見台へと駆け上がった。

 東門の前では真新しい鎧を装備した無数の騎士達が群がっている。後方からは矢による援護も激しい。それでも固めに固めた門は敵の前に毅然と聳えていた。いつも見上げる者だった自分がこうして王国の犬共を見下ろすような時が来るとは――ガレスは愉悦に顔を歪ませた。

「おい、いい加減降りてこないと流矢に持ってかれるぜ?」

 下からマルクスの声が聞こえる。ミラスが立てた作戦に自信があるのかその声色は余裕に溢れているようだった。

「ハハハ、こんな面白い見世物なんざなかなかお目に掛かれねえんだ。お前も来い、最高だぜ!」

「……遠慮させてもらう。王都に行けばそんなんよりよっぽど面白いモンが待ってるんだ。こんなとこでそんな危険は背負いたくないね」

「ヘッ、確かにな……」

 ガレスはそう零すと物見台を降りようと階段に足を掛けた。しかしその時、ざらついた感覚が首筋を走った。長い盗賊稼業で度々感じる違和感。果たしてその全てが危険を告げるものだった。ほとんど本能と言っても過言ではない直感に従い門に群がる敵に目を遣った。そして大まかながらその数を数えてみる。確かミラスの報告によれば敵の数は四千だったはず。

 ところが――。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……ん? 少ねえのか?」

 月が煌々と照らしてくれてはいるが如何せん夜。敵軍の全容ははっきりとはわからない。それでも四千という数字を聞いた上で見てみる限りそれよりも少ないようだった。

「おいマルクス!」

「あン?」

王国軍(奴ら)の数は四千て言ってたよな?」

 マルクスは「何を当たり前のことを」と言いた気に呆れた様子で頷く。

「おっかしいな。何となく少ない気がすんだよな……」

「――気がするだけだろ」

「いや、おかしい。別にお前らを信じてないわけじゃないが、俺は俺も信じてるんでな」

 そう言うなりガレスは手近にいる部下数人に他の門を見てくるよう指示を出した。そしてようやく物見台から降りた。

 戦闘が始まってどれだけ経ったか。初めは無かった風が出始めた。じっとりと湿気を含んだそれは盗賊達を舐めるように吹き抜ける。いつの間にか空に浮かぶ月に薄雲がかかっていた。何かが変わろうとしている――ガレスの本能がそう告げた。

 程無くして一人の部下が息を切らして戻って来た。

「お、お、お頭ッ!」

 部下は慌てた様子でガレスの前に躍り出る。

「……何だ?」

「み、南門から敵が!」

「――チッ」

 自然と舌打ちが溢れた。やはり全軍で東門を攻めていたわけではなかったのだ。すると矢継ぎ早に二人目三人目と帰ってくる。

「北門から敵がッ!」

「西門はまだ突破されてませんでした!」

 つまり敵は部隊を三つに分けたということか。普通に考えれば少数の兵力を更に分散してくれたのはありがたい。しかしこの現状が問題だった。

 初手、敵は東門を攻め立てた。その時、ミラスの作戦で動いていた暁旅団はそのほぼ全員が東門に集中した。皆馬鹿正直に街に立て籠る意識が強かったのだろう。それに盗賊達に持ち場という概念を植え付けなかった結果とも言えるが、何にせよ兵力が東に集中してしまったことに変わりはない。そして街全体を俯瞰で見ると暁旅団が前につんのめった所を背後から攻撃されるということになる。

 仲間は皆東に神経を注いでいた。にも拘らず思いもよらない方向、すなわち背後から突然攻撃されたとしたなら――まともな戦闘訓練を積んだことの無い盗賊風情など一瞬にして烏合の衆となるだろう。ほんのわずかな予定外の事実で、いとも簡単にバラバラにされる指揮系統――正直火を見るよりも明らかだった。

 とは言え自分の目的に賛同してくれた仲間をみすみす見殺しに出来るほど非道になりきれないガレスである。打開策を必死に考えた。長年の経験から何かを生み出そうとする。しかし彼自身、八千もの大軍を率いたことが無かった。故に答えは全くと言って言いほど見つからなかった。

 するとそんなガレスを見ていたミラスがそっと耳打ちした。

「敵は幸い大通りから来てない。あそこを通れば西門から街を抜け出せるはずだ。あとはフェスビオ大河を渡って次の機会を待とう」

「ああ、そ、そうだな。わかった。でもここはどうする?」

「あいつらが耐えてる内に逃げるんだ」

「そ、そんなこと出来るわけねえだろッ! あいつらがどうなってもいいのか!?」

「そうは言ってない! けど、仕方ないだろ! ここを突破されたらいよいよ包囲されちまう! こんな密集した状態で包囲なんてされてみろ、こっちは身動き一つ取れなくなるんだぞ!」

 ミラスは珍しく声を荒らげていた。とは言え彼の言い分はよくわかる。そもそも「ぶくぶく膨れ上がっていざとなったら動けねえ、なんてことになったらどうしようもねえ」と自分自身で言っていた。

 しかしそれでも――ガレスは仲間を見捨てることは出来なかった。

「すまねえミラス! おいテメェらッ! とっととずら――」

 かるぞ! そう言い切る前に南北の門からやって来た騎士団の攻撃が始まってしまった。辺りは瞬く間に混乱し始める。正に征服だった。逃げ惑う盗賊達――中には騎士団に反撃を試みる者もいたが見事に返り討ちにあっていた。まともに正面からぶつかれば当然そうなることはわかっているはずなのに。やはり皆正気を失っているようだった。

「ここはもう手遅れだ! とりあえずおっさんだけでも逃げろ! 俺達も後から行く!」

 マルクスの声が背後から聞こえた。ガレスは肩を震わせ西門へ向かって走り出した。ただ、せめてという気持ちで腹の底から声を張り上げた。

「西門へ向かえ!」

 後は一心不乱だった。街の東西に走る大通りを必死に駆け抜ける。そんなガレスを逃すまいと道中敵が襲い掛かって来るが最小限の行動でそれらを回避していった。相手にしている時間など無かった。いや、出来ることなら後続のためにも敵の数を減らしてやりたいのだが、それをさせてくれるほど王国騎士団は弱くなかった。すれ違い様に馬を仕留めて敵の侵攻速度を落とすことぐらいが精一杯だった。

 もし正々堂々と向き合っていれば彼自身渡り合える自信はあるが、目的はあくまで逃げること――今は何が何でも逃げなくてはならない。引き際は心得ている。

 敵と敵の間を潜り抜け、人と人をかき分けやっとの思いで西門に到着した。こんなに汗を流したのは果たして何時以来だろうか。肩でする呼吸は浅くて早い。空気を求めて大きく開けた口には血の味が広がる。枯れた喉は水分を求めてカラカラと悲鳴を上げた。ともあれ残すはフェスビオ大河を渡るだけだ。僅かに遠のく意識を手繰り寄せる。だがそれよりも大事なのは仲間の事。道中後ろを気にしていられる程暇ではなかった。後ろには一体どれだけの仲間が追いついて来てくれているか――ガレスは心に不安が残る中そっと後ろを振り返った。

「ヘヘ……よう、おっさん。アンタ脚はえーな。驚いたぜ」

「……フウ、あの中でよく生き延びられたね。悪運強いんじゃないのか?」

 そこにはマルクスとミラス、そして二人の仲間の姿があった。数こそ十人程度しかいなかったがやはり彼らは違った。少数ながらも皆精鋭なのだろう。その心強さにガレスは頬を緩ませた。

 仲間はまだ残っていた。しかし、考えたくないが、おそらく他の仲間はもう手遅れなのだろう。ほんの数分でも待ってみたが遅れてやって来る者はいなかった。

「――仕方ない。行くぞ」

 ガレスは西門の閂を取り外し、全身を使って門を押し開けた。門はギギギと、まるで抵抗するかの様な音を立ててゆっくりと動く。

 そしてようやく開放された門の先、ガレスの眼に飛び込んで来たのはフェスビオ大河――ではなかった。

 その双眸が捉えたのは白金の甲冑を纏う騎士の姿だった。

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