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Trash

作者: ゆの

空から女の子が降ってきた。

と、思ったら地面に激突した。


――自棄になって書いた短編小説。こめでぃちっくにしたかった……のに、あれおかしいななんだろうおかしいな。

 夜の三時十一分、空を見上げるとちょうど女の子が降ってくる最中だった。

 また随分珍しいものが落ちてくるなぁなんて思いながら落下してくる少女を茫然と見守り、そして彼女は僕の目の前で「ぐえ」変な声をあげて地面に激突した。

 ……すごい音したけど死んでないよね?

 流石に心配になって、うつぶせに倒れたまままったく動かない少女に静かに近づく。

「あ、あのお嬢さん、生きてる?」

 声をかけると小さくぴくりと反応した。それからがばっと起き上がり、彼女が今にも泣きそうな血まみれの顔で叫ぶ。

「受け止めてよ!」

「そんな無茶な」

 まず受け止められるわけがありません。たぶんそのままアスファルトにプレスされて見事なサンドイッチになると思う。トッピングは真っ赤なアレ。

「薄情だなあもう」

 文句を言いながら少女はゆらっと立ち上がった。夜に溶け込めないぼろぼろの白いワンピースが風に煽られ小さく揺れる。

 よく見ると少女は頭以外にもあちこちに傷ができていた。痣だったり生傷だったり古傷だったり、なんか非常に痛々しい。

 むぅと唸って落下少女は不機嫌そうに呟く。

「またつまらぬ怪我をしてしまった……」

「まったく誰のせいだ」

「君のせいだよ!」

「僕かよ!」なんでだよ!

 落下少女はワンピースのポケットから汚れのないハンカチを取り出すと額の血を拭き始めた。多少の擦り傷だったためか血はもう止まっているらしい。本当、大惨事にならなくて良かったけど。 

「君は、なに、どこから降ってきたの?」

「上から」

 即答だった。

「そうだよね上からだよね地球には引力とか重力とかあるからね」

「そうそう地面が私を呼んでいたの」

 大真面目にそんなことを言う彼女の不思議ちゃんっぷりに少し辟易して、それから大人しく質問を変えることにした。

「飛び降り? 自殺志願者?」

「違う違う。自分で自分殺すような馬鹿なまねはしないよ」

 うんまぁそうだろうなあ。自殺もなにもこの周辺に飛び降り可能な建物なんて一つもないし、つまり彼女は本当に、空から、落ちてきたのだ。

「……で、君は誰なのかな?」

 僕がそう尋ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに胸を張って威勢よく答える。

「空から舞い降りた天使です!」

「うわあメルヘン!」

 この子頭打っておかしくなっちゃったのか!

「君、信じてないでしょ」

「信じるわけないだろ……それに天使だったら降ってきても地面に激突したりしないと思うんだけど。たぶん」

「それは君が受け止めてくれなかったから!」

「また僕のせいかよ!」

 なんだよそんなに根に持たれるくらいなら受け止めてサンドイッチの中身にでもなっときゃよかった!

「私はごみなの」

 唐突に、落下少女がそんなことを言い出した。

「そうかごみちゃんか」

「ちっがーう! 名前ちっがーう! ごみはごみだよ、捨てるごみ」

「……そ、そんなに自分を卑下して楽しいの?」

「卑下してないよ! 事実を言ってるだけだよ!」

 自分はごみだとかどんな悲しい事実だよ。それを平然と言っちゃってるところがなんかもうどうしようもなく哀れ。

「私、捨てられたの」

 突然の台詞に僕は思わず茫然として、首をかしげる。

「捨てられ、た?」

「うん。捨てられた」

 さも当然そうに彼女は言う。

 ……いやいやいや。

「おかしいでしょそれ」

「なにが?」

「人間を捨てるのはその、本来あってはならないというか間違ってるっていうか」

「どうして?」

 不思議そうな声。

「どうして、って、言われてもなあ」

「掃除機や冷蔵庫を捨てるのは正しくて、人間を捨てるのは間違ってるの?」

 ふざけているのかと思ったけどその顔には真剣さが張り付いていて、そう堂々と訊かれると僕はもう答えようがない。

「私は壊れちゃったの。使えなくなったものは捨てるのは当たり前でしょ?」

 あっさりとした台詞。彼女の長い髪がさらりと肩から落ちた。

「……壊れたって、なんだよそれ」

「だって、君もそうじゃない」

 唐突に、少女は言う。

「ある日突然故障して、ここに捨てられて」

「なに、言ってんの?」

「君は忘れちゃっただけだよ。記憶を書き変えられただけ。この世界で生まれてこの世界で育った、ってね」

 記憶を、書き変えられただけ。

 馬鹿馬鹿しいと嘲笑することすらできなかった。僕が知らないだけの、僕の記憶。

「私たちは本当は、上の世界で、すごくすごく、大事にされてた」

「……誰に?」

 質問せずとも、答えはうっすら見えていた。他人の記憶を書き変えてしまうようなやつなんて、この世に一人しかいない。

 異質な空気を纏った彼女はにやりと口端をつりあげ自嘲的な笑みを浮かべ、その名を、告げる。


「かみさまに」


「…………」

「だけど捨てられるのは仕方がないよ壊れちゃったんだもん。私も、君も―――」


「自我なんかに侵食されて。みっともない」


「私たちは、ここで、生きるの」

 もう一度、彼女の落ちてきた空を見上げる。

 星一つない黒の世界がまるで嗤うかのように、小さく揺れた気がした。

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