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短編集 掌篇  作者: かわ
掌篇
8/26

36-40

便宜上、はじめに数字を振っていますがそれぞれ独立しています。

36


 俺はね、ペットなんだって。

 そう言われた時、心の底から納得した。


 猫だとか、犬だとか、他の何でも構わないけど、そう言うのが好きな奴らは家で専用に愛でる用のを飼っていても道端の同族らをいとも簡単にかわいがるだろ。

 そんな風に、俺も愛でる対象のただ一つでしかないって、そう言われたんだ。俺には何より大切な奴の中で、俺は他の何かで代用のきく存在だと。

 俺には一個体としての価値がないと。


 それからも俺と奴とは変わらぬ距離にいる。

 俺は離れず。奴は揺蕩い。

 けれど中身は…


 俺は離れない。

 一生を懸けてでも奴の中を俺でいっぱいにするために。

 そして俺なしでいられなくなった時にこそ奴から離れるんだ。

 それが俺にできる最高に些細な復讐。


 …復讐なんて忘れるくらい、

 なあ

 俺だけを見ていて…


 俺にはあんただけなんだよ、相棒。





                    (2009/01/21)

*****



37


 私は味方よ、て顔であたしを見るのをやめて

 あんたの顔には偽善しか映っていないじゃない。


 あたしは、あんたの自己満足のための道具じゃない。

 頼むから、あたしに、あんたと同じことをさせないで。


 あんたは気に食わないけど、あんたもあたしのための道具じゃないのよ。だから、あたしの欲求のための道具にさせないで。

 あたしに、醜い八つ当たりなんてさせないで。


 あんたと同じ自己陶酔なんて得られないけど、これ以上の自己嫌悪だってあたしは欲しくないんだ。





                    (2009/03/08)

*****



38


 擦り切れたテープから流れるのは、とぎれとぎれの明るい歌声。

 それが時折掠れるから、なんだかから元気な意地っぱりの歌のようにも聞こえてくる。


 今の僕の心境に、ぴったりだ。


 だから僕は背を丸めて、一人機械に項垂れる。


 この歌を、誰かはいらないと言うだろう。

 塵だ屑だ、時代遅れだと罵倒を浴びせて。


 だけど、だから。

 今日も、大切な愛しいテープに酔いしれる。



 誰かなんて知らない。

 誰かなんて要らない。

 僕にはただ、これが必要なだけ。





                    (2009/03/21)

*****



39


 時々、ひどくこの身が邪魔になる。


 何をしても、何をさせられても俺は他とは一線を画した存在でいた。そんな自分に、俺は少なからず酔っていたのだと思う。

 見知らぬ者からの賛美、憧憬、そう言った好意を一身に受け止めるのが、俺には必要不可欠なものとなっていた。ほんの少しでも思う結果に障りがあれば、それを克服するために人知れず努力はしてきた。けれど、これまでの俺でいるにはそんな面を誰かに知られるわけにはいかなかった。努力なんて地道な物、それを飛び越えていく俺に不似合いな言葉は他になかった。

 そうして俺が俺を演じ続けた結果はいつも同じ、一点の曇りもない、晴れやかな日常があった。現状に満足し、上辺に囚われていた俺には見えないものがあると、どこかでは理解しながら、けれど俺はそれを見えぬふりをし続けていた。その時は既に、もう俺は俺を演じることで周囲との交流を持つすべを知らず、またその方法を手繰ることさえ困難な状況に陥っていたのだ。それは正しく自業自得だった。

 そむけていた眼は、いずれ正面を見据えなければならなくなる時が来る。遅かれ早かれそれは必然。どれほど優れた、そう、神という存在であれ、きっと不可能なことだろう。

 全寮制の高校へ進学した俺は、まずルームメイトの目をいかに搔い潜って俺であり続けるかを模索した。学校へ居残るのは駄目だ。一人で何をしているか疑問を持たれるだろうし、誰かといるなら本末転倒だ。部活という手も、誰も知らないマイナーな部への入部でもしなければ目的は達せないし、第一そんな部へ所属するのは俺ではない誰かだろう。素直に図書館にいると言えばそれが一番だが、いかんせん、ルームメイトは図書委員に所属してしまったらしい。

 考えた末に、俺は校外で家庭教師のアルバイトをする、という口実を使う事に決めた。これなら高速にも、外野への取りつくろいも問題ないし、目的も障害なく達せられる。いざという時の口実ではあるが、土壇場でぼろを出さないためには有効な手段だ。

 午後四時、放校。生徒が散りじりになる合間を縫い、二つ隣の駅近くにある公立図書館へ足を向けた。学校の図書館ほど使い勝手はよくないが、その代わりに様々な資料が並ぶ見知らぬ他人だらけの空間が心地よい。

 途中本屋で物色してきた問題集を片づけていると、直ぐに門限時間になってしまう。けれどそんなことは俺であることをやめることに比べればちりのように軽い問題だ。

 活気づく食堂を素通りし、顔見知りと軽口を交わしながら部屋へ戻るとルームメイトは既に夢の住人となっていた。掛け布団をはいで腹をむき出しにしたその間抜け面をみると落ちるため息を留める手立てはない。

 風邪をひかれても迷惑だと布団へ手を伸ばすと、何の触れもなく、勢いよく部屋のドアが開かれた。

 その時、俺は俺じゃなくなる感覚を、生まれて初めて強制的に体験させられたのだ。


 彼は衝撃的な人柄だった。

 なんてことは全くなく、多少突っ走ってしまうタイプではあるが、根本的な所で平凡な、ごくありふれた、いわば凡人だった。

 そんな彼に何故一瞬でも我を忘れてしまったのかは想像もしたくない。表面にこそ出さずにいたが、内心右往左往を繰り返しながら言葉を紡ぐ俺へ、彼は目を細めて笑みを返した。

 その顔には愛嬌があったが、それよりも一番惹きつけられたのは、瞳だ。

 日本人は茶色い光彩を持つ者が多い中、彼のそれはうっすらと灰色がかって見えた。その澄んだ瞳がこちらを向くと、俺はいてもたってもいられないような、不思議な焦燥に襲われた。

 彼との接触は、その後もたびたび起こった。部屋へ来たのはルームメイトに用事があったらしいが、どうやら友人というわけでもないようだ。けれどそれなら更に遠い位置にいるだろう俺と彼の接触する理由がわからない。校内で彼を見かけるたび、俺か彼か、どちらかが相手に気付き、そうなるとどちらからともなくともに行動するにいたる。一緒にいる時の話題は他愛ないものばかりだったが、俺はその時間が他の多くのものよりも大切に思う割合が増えていっていることに気づいていた。


(未完)





                    (2009/03/24)

*****



40


 どうしたらいいか分からないなら、いっそ放っておいてくれませんか?

 あなたが、というより、目に映る誰かが僕の扱いに困って、どう接していいか分からないでいる、という状況を、僕は散々見てきましたから。その後あなたが取るだろう反応も、僕に見慣れた不快なものなのです。

 困るなとは言いません。戸惑うなとも言いません。

 だから気にしないでほしい、なんて意味のない言葉も口にしません。


 あなたに知られてしまったのは、僕の非でもあるのでしょう。

 互いに非があるなら、僕の要求だけを突き付ける気はありません。

 あなたが今後何を望むか、きっと想像は外れないと思うから、あなたがそれを口にする少し前に僕も僕の望みを言いましょう。


 それまでの長くない期間だけでも、あなたが暴いてしまった僕の過去に…あなたが予想しなかった大事に苦しんでください。

 それは、あなたがしでかした事に対してもたなければいけない、あなたの責任です。


 いいえ。僕はあなたを恨んだりはしていません。人を呪わば穴二つ。僕は自分の墓穴を掘るほど奇特ではありませんので。

 ただ、そうですね。世の中には己の勝手な予想を超えることが存外たくさんはびこっているという事を、知っては欲しいのです。





                    (2009/03/27)

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