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短編集 掌篇  作者: かわ
掌篇
6/26

26-30

便宜上、はじめに数字を振っていますがそれぞれ独立しています。

26


 ずっと、私が守っていこうと思った。


 あなたはあまりに小さくて、弱々しい出で立ちだったから。

 その瞳を一杯に見開いて私を見上げてくれたあの日から、私は、

 何をおいてもあなたを守ろうと、そう決めたの。


 けれど、ごめんね。


 守ってもらっていたのは私の方だったね。

 あなたが支えになってくれたから、私は今ここに立っているんだよね。

 あの日、あの瞬間から。


 ごめんね。

 だからためらってくれてたんだね。心配させてしまっていたんだよね。


 でももう立つから。


 安心して、行っておいで。


 あなたがもう私の目には映らなくても、きっとあなたを感じるから。

 その時、ちゃんと誇れるように。

 自分で立って、歩くから。


 だから今だけ、



 バイバイ





                    (2008/03/16)

*****



27


「雨が降ってきたよ」

 そう、控えめに語りかけても君は視線をどこかへ据えたまま動かない。

 僕はそんな君を見ていられなくてもう一度同じ言葉をかける。

 けれどやはり君は何の反応も返しはせず、居た堪れなくなった僕は思い切って指先で君の腕に触れた。

 サァ…と音を立てて振り出した雨粒が、その指に触れる。

 ポツリ、ポツリと。瞬きの間を空けず君と僕を繋げる指から滴る。けれど…。

 僕は知っている。いや、本当は知らないのかもしれない。目の前で君の何かが砕けたのを僕は確かに覚えている。けれど、君の中で壊れたものがなんと言う名前のものか、僕はきっと、一生をかけても識ることはできない。

「ねえ、雨が降ってきたよ」

 君の視線は、相変わらず何処かへ向けられたまま。

 降りしきる雨に遮られてすら据えられたままの君の視線の先を、僕は知らない。

 草木を打つ雨粒の音が大きくなる。

 空から落ちた水滴は指先を濡らし、君のかんばせを濡らし。そして僕の胸をしとどに濡らす。

 僕がどんなに願っても、この雨は止まない。





                    (2008/08/21)

*****



28


 もう、私にはその死を悼むこともできない。


 私はもうその幸福に疲れ果てていて、それを維持することができなくなったのだ。

 …いや違う。できなくなったのではなく、する気力がなくなったのだ。

 私が自覚を持ったとき、既にそれは皆に深く根付いていて、そうすることが当たり前だと皆が思い込んでいた。それが当然と思えなかった私が異物だということは未熟だった私でも難からず思い至り、どんな結末を呼ぶのかは更に容易く想像できた。

 そして私は仮面を纏った。ひどく精密で精巧な仮面だ。

 頑丈な仮面は常に笑みを纏い、その裏にどんな思いがあったのか、私からすら覆い隠した。

 積もり積もった正誤の歪みは確実に私を蝕んでいた。その確かな痛みすら、仮面に包み守られた私には感じ取ることができなかった。

 気付けば私は何もかもを感じ取ることができなくなっていった。

 この仮面を被らねばならなくなった私の思いも皆との相違も、全てが靄に覆われたようにあやふやになった。

 そうなって気付いた。

 はじめは皆、嘗ての私のような葛藤を抱いていたのだ。そしていつしか磨耗されたそれは新たなそれを生み出すことも、感じ取る昨日すらも麻痺させてきたのだろう。

 それを皆はオトナニナルと言うのかもしれない。

 私は、もうそれに対するいかなる考えも抱くことはなく、ただあるがままに流され感受するだけ。

 もし私が、今目の前にいる子供のように明らかな反発を表していたら、今の私にも嘗てのそれが息衝いていただろうか。

 想像はできる。けれど私にはもう、その感情の死を悼むことは出来ない。





                    (2008/09/08)

*****



29


 はい、と。そうだね、と。

 そして時には微笑んで、あなたは肯定をくれるけれど、

 どうしてそれが、私はかなしいのでしょう。


 みなと笑い合い、陽だまりの中で、とてもあたたかいいとなみが成されているのに、

 あなただけ、どうして別世界のように見えてしまうのか。


 それはきっと、あなたの笑顔が貼り付けられた面のように

 温度のないものだから。

 そう気づいた時、一人、あなたを見失う。


 そしてまた一人、蛾のように引き寄せられていくのでしょう。



 あなたはさびしい人です。

 けれど私たちも、まずしく、さびしい者たちなのです。





  万人に向けられる無条件の笑みは壁のような無表情と同義だ。

  その壁を突き崩さねばならないのは、外の側か、それとも内の側か。





                    (2008/10/15)

*****



30


私のこの頬を伝うのは、涙などではありません。

これはひとえに

少しのたんぱく質と血と、苦しみの混じった

たんなる水です。


私は決して悲しみません。

私は常に貫くのです。


だから私は、涙などと まみえることはないのです。





                    (2008/10/19)

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