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不、飼主

作者: 泉田清
掲載日:2026/09/14

 飼えるかどうかはともかく、姪がイヌを見に行きたいというので、ペットショップに連れて行った。

 姪がイヌのケージに齧りついているあいだ、私はヘラクレスオオカブトの虫カゴにくぎ付けになった。憧れのヘラクレスオオカブトが売られている!隣にはコーカサスオオカブトまで!少年時代、図鑑で穴の開くほど眺めた昆虫たちが店先で並べられているなんて。12000円、9000円。手に入れるのはそんなに難しくない。問題はそれらをどう扱うかだった。姪の父親がペットを飼う事を了承しない気持ちが良くわかる。飼育は決して簡単ではない。

 小一時間ほどで店を出ると「あーあー」姪が嘆息する。彼女の家にペットがやってくるのはまだ先になりそうだ。私はある可能性について考えていた。昆虫ならではの、動物とは違った、飼育以外の可能性。それは標本である。寿命の短い昆虫は死後、標本として手元に置けるではないか。


 月一程度、親の代わりに伯父の家に野菜を届けに行く。いつも留守で玄関に書き置きと野菜を置いていく。

 いかにもカが湧くような、ジメジメとした広い庭にマイカーを停めた。そこには5、6頭のシバイヌが繋がれている。いたるところ糞だらけだ。伯父はイヌのブリーダーをやっていたらしい。

 シバイヌたちは番犬として吠えることもなく、落ち着きのない様子で、こちらをジロジロ見つめるばかり。ここを我が家と考えてもいなければ、伯父を飼主とも思っていないようだ。恐らく半年ほどでイヌたちは入れ替わっている。辞めたとは聞いていたが、いまもブリーダーをやっているのかもしれない。ここに繋がれているイヌたちを不憫に思う。彼らの借りてきたネコのような挙動がなんとも傷ましい。マイカーに戻る。プーーン、耳元で蚊の羽音がした。中に入り込んでしまったのだ。思わず両手を振り回した。何の有効打にもならなかったろう。


 「ヘラクレスオオカブトが売られていたんだ」昼休み、休憩室で同僚に話した。「12000円は高いなあ」彼は言った。話をするうち、彼の子供が昆虫好きである、標本づくりを何度か手伝ったことがあると教えてくれた。これはいい機会と標本づくりについて聞いてみる。彼は快く教えてくれた。要約すると以下の通り。1カビが生えないよう消毒液で体をふき清める、2ぬるま湯をかけ死後硬直を解く、3虫ピンで身体、肢を固定する、4乾燥させる、である。

 何だか不快感を覚えた。特に3の説明で「いかにカッコよくポーズをとらせるかが大事なんだ」と言った彼の、ニヤついた顔に背筋が凍った。まるで死骸をいじくるマッドサイエンティストではないか。標本づくりそのものが生体実験のように思えてきた。「ん、カがいるな」と彼。カの羽音でも聞いたらしい。


 駐車場に戻る。マイカーの、隣の車の後部座席にイヌらしき顔を認めた。ミニチュア・シュナウザーかヨークシャー・テリアのような毛むくじゃらの。思わず顔をしかめる。ここはパチンコ店の駐車場。少なくとも2、3時間、下手すると丸一日この小型犬は車内に取り残されることになる。飼い主のエゴイズムに気分が悪くなった。

 車内を覗き込む。車内は空だった。毛むくじゃらの顔らしきものは、フロントガラスに映った雲だったのだ。雲が次第に分散していく。「取り残された小型犬」に見せた者の正体は、飼い主のエゴイズムを咎めようと手ぐすね引いて待っていた、私のエゴイズムだったのだ。この調子だと「飼主」にはなれそうもない。


 マイカーに乗り込む。手にチクリと痛みがあった。ハンドルを握る手の甲にカが縋っていた。パチン!今度こそ手ごたえあり。そこには潰れたカの死骸と、飛び散った血液があった。私のものに違いない。何と不快なことよ。自分の血が飛び散る様は。

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