観光②
「へえ、ここが装飾品の店"ノワール"か。」
「大きなお店ですねー。」
「でもこれって今日の祭り用に借りた物件らしいぞ?」
「ほへぇ、規模が大きすぎますぅ。」
ギルドから歩いて数分のところにその店はあった。紹介された店はギルドには及ばないが周りの店や家に比べると格段に規模が大きい。アクセサリーを専門に取り扱うこの店では老若男女、職業問わず様々な人々が買い物をしに来るらしい。
開かれた扉の先にあるのは幅広いジャンルを取りそろえた商品の数々。購買層の厚さがこの店の売りなのだろう、アドリブでこんな店を紹介してくれたルルハには感謝だ。店の前で立ったままなのは迷惑になるので早速入ることにする。
「アクセサリー専門店ノワールの出張所へようこそいらっしゃいました。本日はどのようなものをお探しでしょうか。」
店で話しかけてきたのは老齢の男、年老いていながらも背筋はしっかりと伸びており、いかにものやり手な雰囲気を醸し出している。
「冒険者ギルドの紹介で来たんだ。この店にはいいものがいろいろ揃っていると言われてな。」
「左様でございましたか、ではお目当てのものを買いに来たというわけではないのですね。」
男の目がきらりと光る。せっかくの新規客を逃さまいとするような商魂たくましい若い目をしている。普段の買い物ならあまり店員のおすすめは聞かないところだが、今回に限っては贈り物を探す予定なのだ。人の意見はなるべく取り入れた方がいいだろう。
「ああ、特にこれといったものは考えていない。強いて言えば今日はこの子に似合いそうなものをと思ったんだ。」
「私ですか!?」
アイラが驚愕の表情をしている。まあ確かによくよく考えてみれば、会って一日の女の子に物を送ろうとしているとか、なかなかに気味の悪い行為をしているのかもしれない。だが、言ってしまった以上は後に引けない。
「ああ、せっかくだから何か贈り物をしたいと思ってさ、今日は祭りを巡る予定だったんだから、いくらかはお金を持たせてもらっているはずだ。」
「はい、確かに勇者様に不便なく祭りを楽しんでいただくということでセバス様からお金を渡されました。でもそれはあくまでショーヤ様のために使いべきものであって私なんかのためでは決してございません。」
アイラはそれはいけませんと拒否の意を示す。だが、こちらとて引くつもりはひとつもない。
「そのショーヤ様がアイラちゃんのために使いたいって言っているんだから、メイドとしてはどう動くの正解かな?」
「・・・その言い方はずるいです。メイドは主人の言うことを聞くのが仕事なんですから。」
しぶしぶとアイラが頷く。第一段階はこれでクリアだ。ならば次に移ろう、買い物にはお金が必要だ。そして買えるものを選ぶためには予算を知っておく必要がある。
「ちなみにセバスさんからはいくら持たされたんだ?」
「えっと、50000ウロです。」
「それってどれくらい?」
「私のひと月分の給金くらいです。」
「高っ!」
この世界でメイド一人雇うのにいくらかかるのか知らないが、アイラの置かれた状況的に考えるとせいぜい学生のアルバイトくらいではなかろうか。学生のアルバイトの平均月収が大体3~5万円という話を聞いたことがあるからあながち間違ってもいないはずだろう。
「さっきの肉串いくらだった?」
「看板には50ウロって書いてありました。」
「オーケー大体把握した。」
やっぱり大体の金銭感覚はあっていそうだ。ここで感覚がずれているとこの先ろくなことにならないだろうからこういった情報収集も必要だ。
「じゃあ、アイラちゃん。ここで40000ウロ使うぞ。」
「40000も使うのですか!?」
「流石にアイラちゃんだけに40000ウロ使わせるのもあれだから、二人で40000ウロだ。これなら文句ないだろう?」
「ですがそれは・・・」
「どうせ、今日の祭り用に持たされたお金なんだからなるべく使っておくのが正解ってものだろう?」
アイラは数秒悩んだのち、観念して買い物をすることに同意してくれた。これでいい。たまの贅沢は健康にもいいと、古事記にも書かれていたはずだ。
「というわけで店員さん?彼女にいいものを選んで紹介してくれないか?」
「かしこまりました。ではあちらのテーブルで少々お待ちいただけますかな?」
俺たちはテーブルに向かい、置かれた椅子に腰を下ろす。一息つくにはちょうどいいころ合いだろう。
アイラとこの後の予定をすり合わせていると、商品を選び終わった男がこちらへ歩いてくる。
「お待たせいたしました。私がそちらのかわいらしいお嬢様のために選ばせていただきました品の数々でございます。」
男が持ってきたのは、ネックレスやアンクレット、指輪といったあまり目立たないながらも確かな存在感のある商品だった。複雑な造形で魅せていることに加えて、ワンポイントでつけられた赤や緑に輝く宝石がいいアクセントになっている。
「わぁ、きれいですねぇ。」
「ああ、こんなものは初めて見た。」
「お褒めに預かり光栄でございます。こちらの中で何か気になるものはございましたか?」
男がこちらに目配せする。なるほど、候補は絞るから実際に選ぶのは任せるということか。好みを外したくないからといって人に任せきりになるのも良くない。やはり贈り物は自分で選んでなんぼだろう。並べられた商品を見ているとあるひとつに違和感を覚えた。
「すまない、この指輪が気になるのだが。他の物に比べてずいぶんと派手じゃないか?」
男が持ってきたのは基本的には豪華絢爛というわけではないひかえめなものが多かったが、それらの中で一つだけ他と凝りようが異なる。使われている宝石も何やら通常のものと異なるように見える。光を反射するのではなく中から光を放出しているかのように思えたのだ。
「おお、そちらに気が付かれるとは。お客様はいい目をお持ちのようですね。こちらは他よりも派手に見えるように作られております。しかしその実高級な宝石などは使われていないのですよ。」
「じゃあこの石はいったい・・・」
俺がそう口にすると男は待ってましたと言わんばかりに言葉を漏らす。
「こちらに使われているのはすべて魔物の魔石なのです。魔石とは魔物の核であり微量の魔力を含んでいます。そのため外からは淡い光を放つように見えるのです。そしてこのサイズですとFランクの魔石なので価格も抑えられるのですよ。」
「なるほど、それはいい。アイラちゃん、この指輪はどう思う?」
「はい、とてもいいものだと思います。ですが・・・」
アイラの表情はあまりうれしそうに見えない。その顔を見て好みではなかったのかと焦っていると、それを察したのか訂正するようにアイラが続ける。
「違います、決してこの指輪が好きじゃないとかじゃありません。むしろ好きなんです、なんですが、私がそんなに派手なものをつけていると他の方に盗られてしまうのではないかと思ってしまったのです。」
盗られる。その発想が出るということは、経験があるということだろう。幼気な女の子から物を奪うとか、なんと非常なことをするものだ!
「そうか、そういうことならもっと目立たないものの方がいいかもしれないな。」
俺がそういうと、お待ちくださいと男が待ったをかける。待ったをかけた男の顔はどこか自慢げに感じる。
「こちら、実は他も商品よりも目立ちません。むしろ見えないといった方が正しいでしょう。」
「見えない?どういうことだ。」
男が言っていることはピンとこない。そこに見えている物がどうして見えないというのだろう。そう思っていると、男は自分の指を見て何かを外すようなジェスチャーを取る。その瞬間、そこにはなかったはずの同じデザインの指輪が現れた。
「これはいったい何だ。」
「これには隠蔽の魔法がかけられています。次はこの指輪に触れていただけますかな?」
男の言うままに取り出された指輪に触れる。触れた瞬間指輪が一瞬強く発光し、またすぐに元の状態に戻った。その様子を確認すると再度男が指輪を嵌めると今度はその指輪が見えたままになっていた。
「失礼ながらアイラ様、今私の指には指輪が嵌められていますかな?」
「・・・いいえ指輪は見えません。嵌めた瞬間から見えなくなりました。」
指輪に触れていなかったアイラにはさっきまでと同じように指輪が見えていないようだった。だが触れた俺は見ることができる。つまりこれは・・・
「指輪を見る条件がある、そしておそらくは所有者の許可が必要なのが条件だ。違うか?」
「ご名答でございます。こちらの指輪は所有者の許可なしにはその形を捉えることはできません。そういったように作られているのです。これは魔道具、ひそかにおしゃれを楽しみたいという方向けに作られた我が店のオリジナルなのです。」
魔道具。それを見るのは転移後の水晶以来か。魔法を込めた装飾品か。これなら奪われることもない、完璧な贈り物になりそうだ。
「いい、かなりいい。アイラちゃんこれなら受け取ってもらえるかな?」
「本当にいいんですか?魔道具なんてそれこそとても高くて買えるようなものではないですよ?」
アイラが男の方をちらりと見る。男はにっこりと笑ってアイラに向かう。
「ご安心ください。こちらの製法は我流、まだ完ぺきとは言えない試作品なのです。本来はそのようなものをお出しするべきではないのですが、今回に限り試供していただくという形でお安くさせていただきます。そうですね30000ウロなんてどうでしょう。」
男が提示したのは予算を少し下回る金額。まだ俺は相場観が分かっていないが、こちらに合わせてくれているのは間違いないだろう。あとはアイラ次第だ。
「ですが、それでも私は・・・」
「アイラちゃん。アイラちゃんはこの指輪が欲しいと思った?それともいらないと思った?」
俺が突きつけるのは欲しいか欲しくないかの2択。他の要素に囚われてほしくないからあえてきつく言葉にする。
「・・・欲しいと思いました。私この指輪が欲しいです!デザインも華やかですごく好きです。」
「オーケー。店員さん、この指輪買うよ。」
「ありがとうございます。では合わせてあなた様にはこちらはいかがでしょうか。」
男が差し出すのは一つの指輪だった。その指輪には一切の飾りものがつけられておらず、リングだけのシンプルなものだった。しかしそのリングのデザインはアイラに買ったものにも劣らないほど精巧に作られている。
「魔石が付いていない魔法なしの指輪でございます。どうせでしたらお揃いのものがよろしいでしょう?」
「あんた、いい人性格してるな。」
「ええ、自負しておりますとも。」
男とにやりと笑いあう。俺は売り込まれた側だが不快感はなく、むしろいい買い物をしたと思い晴れやかな気分だった。その様子を見ていたアイラも嬉しそうに目を細めていた。
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「では、指輪2つで40000ウロ、確かに頂戴しました。では指輪の所有権をアイラ様に譲渡いたしますのでこちらを指に。」
男はアイラの手のひらに指輪を乗せると、何かブツブツと呟いていた。10秒ほどが経過しただろうか、譲渡は終わったようだ。
「では、アイラ様。こちらの方に指輪を。」
「はっはい。」
差し出された指輪に指を重ねる。その瞬間先ほどと同様に指輪がパッと光り所有者の許可が下りたことを知らせる。その後指輪はアイラが指に指輪を嵌めた状態でもしっかりとその形を見ることができた。
「これでその指輪はお二方だけにしか見えない特別なものになりましたよ。」
「ありがとうございます!すごくうれしいです。ショーヤ様もこんなに高価なものを贈ってくださりありがとうございます!」
「お礼なんていらないよ、所詮は貰い物のお金だからね。喜んでもらえてうれしいよ。」
アイラがニコリと笑ってくれる。これでこれからの生活が変化するわけではないが、楽しみの一つとしてくれたらいいなと、そう思った。
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またのお越しをお待ちしております。
その言葉を背に受け俺たちは店を後にする。アイラは太陽にその手を伸ばしてニコリと笑った。周りから見れば届かない太陽へ手を伸ばす可愛らしい光景だ、しかし隣にいる俺に見えるのは、指に嵌ったたった一つの指輪を愛おしそうに見つめる宝物を得た少女の姿だった。"飾品専門店ノワール"老若男女問わず様々な人が訪れるお洒落なお店。その扉はいつでも必要な人のために開いている。




