訪問
夢を見た。子供の頃の夢。俺は公園で一人遊んでいた、周りには同級生も多かったが誰一人として俺を見る人はいなかった。邪魔が入ることのない砂の城づくり、その渇きを潤すものは何もなく積み上げては崩す、その繰り返し。つまらない、でも繰り返す。それしかすることがなかったから。遠くから声が聞こえる。「あっちで遊んできなよ、みんな楽しそうにしているよ」と。その声は俺を引き付けるのではなく見えないところまで追いやろうとした。くだらない。親切にしているつもりだろうが自分の負担になることはしたくないという心が見て取れる。結局日が落ちるまで俺はその場に居続けた。楽しそうに騒ぐ音はもう聞こえず、吹き付ける風の音だけが響く。積み上げた城は風に煽られその形を徐々に崩していく。堕ちかける太陽が映し出すのはモノの影。入り組んだ遊具も、座られていたベンチも等しく影を落とす。俺は目の前にいる昔の自分に対して声をかける。
「日が暮れているぞ、帰らなくてもいいのか。」
返事はない。所詮はただの夢だ、ここで見ているのは妙に現実感のある夢。向こうにいる俺から言葉が返ってきたとしてもそれはただの一人遊びに過ぎない。
・・・いい加減に目が覚めてほしい。いったいどれだけの時間をこんなところで過ごさなければならないんだ。起きたら、知らない天井を見るために目を開けてパレードに繰り出さなければならないというのに。イラついた俺は、俺自身に告げた。
「おい、俺は戻るからな。これからイベントが盛りだくさんなんだよ、早く起きないとまともに準備もできないじゃないか。じゃあな。もう会わないけどな。」
夢の中の出来事、再会はなく、ただ忘れ去られる出来事。立ち尽くした俺のを背にその場を立ち去ろうとする。
「またね、僕。また会おうね」
突然の声に振り返るとそこには誰もいなかった。そこにあったのは、先ほどまでの光景と堕ちた太陽によって姿を現した自分の足元から伸びる影だけだった。
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「...ヤ様!ショーヤ様!起きてくださいよお!これ以上は遅刻になってしまいます!」
目を覚ますと太陽の光が目に刺さる。いつもならこの光から逃げるようにもうひと眠りするところだが、先ほどまでの夢を覚えているせいで何となく眠る気は起らなかった。
「おはようアイラちゃん、メイドさんに起こしてもらえるなんて最高の一日なりそうだよ。」
「・・・そんなことを言っても私が10回も声をかけた事実はなくなりませんからね。」
「そんなにか、それは申し訳ないことをしたな。すまなかった。」
アイラに軽く謝罪の言葉を告げ、そのまま朝支度を始める。アイラが朝食にと持ってきてくれたサンドイッチと水のおかげで空腹感と喉の気持ち悪さは解消された。渡された衣装は昨日のものよりもさらに豪華になっていて、パレード用の勝負服であることが見て取れた。
「これを人数分用意するなんて大変だったんじゃないか?サイズ感も普段来ているものに近いし。」
「お城ですから、これくらいはできて当然です。服の方は昨日着替えたときに預かったものに近い大きさのものを用意させてもらいました。」
「流石、城仕えのメイドさんは優秀だなあ。」
それほどでもぉと照れ隠しをしながらも、くねくねと体が揺れている。褒められなれていないのだろうか、昨日からオーバーなリアクションをしている。そんな光景を横目にさっと着替えて外出の準備を整える。
「準備完了だ。いつでも行けるぜ?」
「わかりました!では集合場所へ案内しますね!」
部屋を出て長い廊下を進み、城の入り口へ向かった。到着したころにはほとんどのクラスメイトが集まっており、あと少し寝過ごしていたら遅刻していたのは間違いないだろう。
アイラに心の中で感謝していると、慌ててきた最後の生徒が到着した。遅れてきたことを詰められている生徒は勇崎のフォローを受けてなんとかやり過ごしたようだ。
全員が到着した数分が経過したころ、セバスが光り輝く宝石や絹のようなもので装飾された豪華な馬車を複数台引き連れて俺たちの元へやってきた。やたらめったらに散りばめられた宝石は権威を見せつけるようでなんだか下品だと感じつつも、普段は拝むことのできない高級品の数々に心が躍る。
よくよく見たら俺たちが今着ている服は装飾に使われているものと同じ素材であることに気が付く。結構な量を使っているが財政は大丈夫なのだろうか。
「みなさまお待たせしました。お乗りいただく馬車の方をご用意させていただきましたので、お呼びしましたらこちらにお越し下さい。」
セバスが名前を順番に読み上げる。一人、また一人とメイドに案内される形で馬車へと移動していく。メイドが同乗しないのを見るに、俺たちのお披露目目的なのは本当なのだろう。耳を澄ませると遠くの方で人がざわざわしている音が聞こえてくる。城下側にもいろいろ準備があったかもしれないのに召喚の翌日でよく情報が広がるものだ。
「では最後にサカイ様こちらへどうぞ。」
「行きましょうかショーヤ様。」
アイラに手を引かれて馬車へと向かう。アイラはパレードが終わった後、町の広間で合流することになっていて、散策に必要なものは一式支給されているらしい。お祭りムードが漂うこんな日だから、これから世話してもらうことの前借りでアイラには今日を精一杯楽しんでほしいと思った。
俺が馬車の席に着いたのを確認したセバスは、御者に街へ向かうように指示をすると、こちらを向いて一瞥した。
「それでは行ってらっしゃいませ。今日がいい日となりますように。」
ガタガタと揺られながら街へと向かっていく。俺たちが乗っている馬車は天井が開いているため、遮るものが何もなく周りがよく見える。ゆったりとした風が体を通り過ぎていく。前方を行く馬車から後方の馬車まで、クラスメイトの期待を孕んだ声が聞こえてくる。
「あのさ、異世界の街ってどんなところなんだろうね~。」
「さあね、よく見る感じのやつなんじゃないか?」
「ええ~?それだったら私笑っちゃうかも~。」
「割と落ち着いてるな、慣れてるのか?」
「パレードの慣れってなによ~、こういうときこそ普段通りでしょ?の~ぷれっしゃ~。」
話しかけてきたのは幼馴染の赤津花音。ゆったりとした性格が外見に現れているかのような柔らかなウェーブの髪を風で靡かせている。元居た世界で花音は様々な楽器を一流レベルに弾きこなすいわゆる天才だった。聞こえてきた話では水晶に触れたときに得た職業は楽師らしい。今までの経験も職業に反映されるとするならばこいつの楽師は納得以外の何物でもない。
「そこで普段通りになれるのはお前ぐらいだよ、周り見てみろよ。そわそわしっぱなしだろ。」
「ええ~?それ翔也が言っちゃう~?テンションぶちあがりの癖にこのこの~。」
「ダルがらみノーセンキュー。」
「釣れないな~、楽しみならいいなよ?一緒に乗ったげるから。」
なんてことはない会話を続けているといつのまにか街がかなり近くなっていた。聞こえてくる音にもだんだんと熱を感じるようになる。そんな音に向かっている最中でも緊張に身が引き締まる。
閉まった門の前で馬車が止まり、解放の時を待っている。一枚の扉を挟んだ向こう側では笛のような音まで聞こえてくる。
「みなさん、到着しました!あそこがビフレスト王国の世界有数の城下町、ファーヴです!」
御者の声とともに門が勢いよく開かれる。その瞬間、
「「「「「ようこそ!!!!!!!勇者様!!!!!!!!」」」」」
鼓膜を破る勢いで歓声が響き渡る。見えるだけでも数百人の人だかりが目の前にできている。圧巻の光景にあんぐりと口を開いたまま空気だけを漏らして体が動かない。そんな状況で真っ先に動いたのはやはり勇崎だった。勇崎は止まった馬車から飛び降りて、集まった人々の元へ向かっていく。距離にして約10m、勇崎と観衆が相対する。
「今日は、俺たちをこんな豪華に迎えてくれてありがとう!俺は勇崎友!異世界からの転移者にして勇者の職業を得たものだ。まだ右も左もわからない情けない俺だが、一日でも早く君たちのためにこの力を揮うと約束しよう!!!」
「「「「うおおおおおおおおお!!!!!ユウザキ!!!!勇者ユウザキ!!!!!!!!」」」」
歓声のボルテージがまた一段階上がる。勇崎の挨拶を聞いた観衆はまるでアイドルを見たかのようなリアクションを取っていた。手を振って観衆と距離を取るとその足で御者の元へ向かっていき、何かを話していた。
「ヒュ~勇崎君たまんね~沁みるわ~。」
「まあ流石勇崎って感じだなああいうのは。」
同乗していたクラスメイトもうんうんと首を縦に振って同意する。流石の行動力と胆力だし、何よりも欲しい言葉を外さないのは勇崎の才能とも呼べるものだろう。天は二物を与えないというが、勇崎には二物どころか10物くらい与えられているのではないのかと思っていた。いわばカリスマ、先導しつつ自らも最高レベルに動けるのはズル過ぎる。感心と嫉妬が入り混じる中、御者が順番に馬車を巡り何かを話している。そして、その御者は俺たちが乗っている馬車までやってきた。
「ええーユウザキ様の提案でですね、本来は中心をぐるりと馬車で回る予定だったのですが、ルートを変更しまして一気に広間に向かう運びになりました。曰く、「上から見下ろす形よりも、直に触れ合った方がお互いに楽しいだろう。自由時間も増えて一石二鳥じゃないか。」だそうです。」
「俺たちとしてはうれしいですが、急に変えていいんですか?王様関係の予定じゃないのか?」
「ええと、本来はそうなのですが、セバス様に責任は持つので勇者様の提案は受け入れるようにと言われましたもので。」
「・・・そりゃずいぶんと用意周到なことで。」
セバスも一歩先を読む有能だったか。流石、セバスの名前に恥じない行動だ。あまりにすんなりと事が運ぶものながら最初から全て計画されているようにも感じられた。
その後、馬車は御者の言った通りに噴水が設置された街の中心の大きな広間まで移動した。そこには俺たちを見送ったはずのメイドたちが待機しており、割と直線的に来たのにどうしてだと思っていると、現れたセバスがこちらを見て小さく微笑む。・・・本当に予測して動いてたのかよこいつ。
「ショーヤ様!馬車での移動お疲れさまでした。この後は、自由散策だと聞いていましたが間違いないですか?」
「ああ、問題ないね。問題を起こしたのに問題になっていないのが非常に不服ではあるが。」
「・・・?」
そんなやり取りをしているとメイドと合流したクラスメイト達が広間を離れて街の各所へ移動していく。到着した段階で自由行動は始まっているらしい。うきうきした様子で街に繰り出していく様子は見ているだけで楽しいものがある。
「ではショーヤ様、私たちも向かいましょうか。どちらに行かれますか?」
「そうだなー・・・」
アイラの言葉を聞いて悩むように顎に手を添える。しかし、当初の目的通り今日はアイラが行きたいところに行くつもりだったので、
「本当は街を回っていく中で決める予定だったけど、一直線にここまで来たから特にないかもな。アイラちゃんが行きたいところに案内してくれないかな?」
「わっ私が行きたいところでよろしいのでしょうか?」
「全然オーケー。逆に行きたいところないの?従者として期待に応えられないのかな~?」
「ありますよお!私お祭りごとは大好きなんです!行きたいところのひとつやふたつポンと浮かびますよ!」
「おっとそれは頼もしい。じゃあ案内よろしくね、アイラちゃん。」
「はいっ!お任せください!」
スキップをしながら進むアイラの後をついていく。まだ行く先を決めあぐねている人たちを後にして俺たちは広間を後にする。勇崎はとっくに姿を消していた。しかし、遠くで聞こえる歓声が勇崎の居場所を伝えてくれた。祭りの中心から少し外れたところから声が聞こえるのを、勇崎からのゆったりと祭りを楽しんでくれという言外のメッセージと捉えるのは考えすぎだろうか。どちらにせよアイラがより楽しめるなら願ってもないことだ。勇崎には感謝して街散策を始めるとしよう。今日は長い一日になりそうだ。




