容疑者宅にテレビとゲーム機
『ただいま、速報が入りました!』
おれはハッと目を覚ました。ソファにもたれたまま、いつの間にかうたた寝していたようだ。気づけば、バラエティ番組が終わり、画面には女性アナウンサーが映っていた。一軒家を背に、硬い表情でマイクを握っている。
『――事件の容疑者宅から、テレビとゲーム機が発見されました! 犯行の動機につながる可能性があるとして、警察は慎重に捜査を進めています』
おれは小さく息を吐いた。くだらない……。テレビもゲーム機も、今どきどこの家にだってあるだろう。
『さらに、アニメのDVDや関連グッズも複数見つかったとのことです!』
今度は深いため息が出た。またか。また“オタク”バッシングだ。マスコミは隙あらばオタク趣味を批判の的にし、悪者に仕立て上げようとする。少しでもアニメやゲームが絡むと、すぐに『異常者』だの『危険思想』だの『現実とフィクションの区別がつかない』などと、決まり文句のようにレッテルを貼る。
アニメなんて、今や誰でも楽しむ普通の趣味だ。なのに、未だにそれを悪趣味扱いしているテレビ業界の感覚こそ、時代遅れで旧態依然とした偏見だ。相変わらず、テレビ関係者は世間とのズレを認識できていないようだ。だから視聴率が下がる一方なんだ。そもそも、このテレビ局だって深夜アニメを放送しているじゃないか。
『さらに、漫画本、フィギュア、ライトノベルなども多数見つかっており――』
おれはソファに深くもたれ、大きくあくびをした。
だからそんなもの、うちにも全部ある。だが、おれは誰にも迷惑なんてかけてない。おそらくメディアは、孤立した人間だったと演出したいのだろう。しかし、あまりにも杜撰な印象操作と言わざるを得ない。偏見が鼻につくばかりだ。
『そして、パンです! 容疑者の部屋から、大量のパンが発見されました!』
「は……?」
おれは思わず身を乗り出した。パン? 今、大量のパンって言ったか……?
『さらに未開封のカップ麺、缶詰など、保存食が多数見つかっており……あ、あっ、現場には今、大勢の人が押し掛けて――』
おれはリモコンを手に取り、テレビを消した。画面が暗転すると同時に、深く息をついた。
資源不足が深刻化した現代。残された資源をめぐって、各地で紛争が勃発した。世界経済は台風のように荒れ狂い、米を筆頭に、あらゆる食品が高騰し、次第にスーパーの棚から姿を消していった。
満足に流通せず、飲料水すらろくに手に入らなくなった。街には飢えと不安が渦巻き、毎日三食きっちり食べる生活なんて、もはや夢物語。
具体的な解決策もないまま、人々はいつかは良くなるとただ信じ、耐え凌ぐ日々を送っている。薄っぺらな娯楽で空腹と現実をごまかしながら。
おれはソファから立ち上がり、押し入れの前に立った。そっと戸を開ける。
「……絶対に隠し通さないとな」
除湿シートの上に整然と並ぶ段ボール箱。その中身は、カップ麺、缶詰、乾パン、栄養バー、保存水、レトルト食品――何年分もの非常食だ。
この騒ぎが本格化する前から、おれは密かに備えていた。長期保存可能な品ばかりで、一人暮らしには十分すぎる量だ。
誰にも渡さない。渡すものか。おれはあの容疑者とは違う。目立たず、黙って静かに暮らしていく。犯罪に手を染めるなんて、馬鹿なやつだ。……ん?
「……そういえば、さっきのニュース、結局あの容疑者は何をやって捕まったんだ? 大量の食料があるなら、おれみたいに目立たず慎重に暮らそうと考えるはずだが――」
突然、インターホンが鳴った。
続けて、ドアをノックする音。そして玄関の向こうから、はっきりとした声が響いた。
「警察です。中にいるのはわかってます。開けてください。開けてくださーい。開けてくださーい」