第2話:悪役令嬢、沈黙せず
断罪の舞踏会は、いったん休憩に入った。煌びやかな大広間は、薄暗い回廊に変わり、貴族たちの囁きが幾重にも重なっていく。
レティシア・エルフォードは冷静な表情を保ちながら、袖の下で握りしめた小さな書類に目を落とした。
「証拠の矛盾が、あれほど露骨に露呈するとは」
側仕えのセリスが静かに呟く。
「今の時点で動揺する者は少数派です。しかし、この後が肝心ですわ。沈黙は死を意味しますから」
レティシアは微笑む。
「戦はまだ始まったばかり。私は、論理の刃で、嘘を次々と切り裂いていく」
回廊の隅、カイル王子が険しい顔で誰かと話しているのが見えた。
「王子様、今は動く時ではありません。令嬢の策略を警戒すべきです」
側近の声も冷静だが、確実に焦りを帯びていた。
レティシアはそっと息をつき、再び大広間へと戻る準備をする。
その時、会場の入口から新たな証人が招き入れられた。
「次の証人、エレノア・セシル嬢です」
純白のドレスに身を包んだ彼女は、穏やかな微笑みをたたえつつも、鋭い眼差しをレティシアに向けた。
「彼女が最も警戒する人物……」と、セリスが小声で言う。
エレノアは静かに語り始めた。
「私は、レティシア様が王子様に送った恋文を見たことがあります」
会場の空気が一変する。
レティシアの眉が僅かに動いた。
「恋文……?」
カイル王子の視線も一層鋭くなる。
「その文面には、強い独占欲と嫉妬が込められていました。まるで王子様を自分だけのものにしようとしているように」
ユーフェミアもくすくすと笑う。
だが、レティシアは冷静に応じる。
「エレノア嬢、その恋文の出所は証明できますか?」
エレノアは一瞬言葉に詰まった。
「……実は、正確な出所は不明です。ただ、私はその文面を見ました」
レティシアは表情を引き締める。
「そうですか。では、文面の内容以外に、何か証拠は?」
エレノアは首を振る。
「それだけです」
レティシアは胸の内で冷静に分析を始めた。
(証拠の乏しい“恋文の話”は、まさに煙幕。だが、このまま受け流せば、疑念が残る)
彼女は側仕えのセリスに目配せし、控え室へと促す。
控え室でセリスが差し出したのは、小瓶に入った香水だった。
「これが、問題の恋文に染み付いていた香りの分析結果です」
「香り?」
「これは、王宮専用の“夜薔薇”の香水です。宮廷外では極めて入手困難です」
「なるほど。では、この香水の香りが、恋文の偽装に使われた可能性がある」
レティシアは確信した。
再び大広間に戻った彼女は、静かに声を上げた。
「皆様、ご静聴を。次の証拠を提示いたします」
そして、彼女は香水瓶を掲げた。
「この香水は、恋文の真偽を判断する鍵となります」
会場の空気が一瞬、凍りついた。
第二の証言と香りの謎。
論破の舞台は、さらに熱を帯び始めた。